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姫は猫、魔法使いは大男  作者: 黒森 冬炎
第三章、虹色のブローチ

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23/80

23、プリムローズは魔法使いの実態を知る

 16年の人生で、一体何があったのだろう。家族はどうしているのだろうか。


(でも、いま聞くことじゃないわね)


 フォレストの中で葛藤が強く渦巻いているのが見てとれる。プリムローズは、その白く透き通った指先で、そっとフォレストの硬い手に触れた。薄く形の良い爪は活発な姫らしく短く整えられている。フォレストの菫色の瞳に、優しい爪の薄桃色がちらちら揺れる。


「悪ぃ」

「婚約者、その日のうちに決めるのよ?」

「はっ?」

「お誕生日パーティーで顔合わせして、すぐ」

「えぇ?」

「他の国じゃ、結婚式まで手紙もなければ顔合わせもない、突然決まるなんてこともあるらしいわよ?」

「そうなのか」

「そうなのよ」


 2人は沈黙した。しばらく口をぎゅっと閉じていた銀色の魔法使いは、ようやく口を開けたかと思ったら、こんなことを言った。


「なあ、もうさっさと一緒になろうぜ?」


 考えるのに飽きたらしい。


「レシィ」


 プリムローズに怒られた。


「お父様には、それ言わないでよ?」

「チッ、めんどくせぇなぁ」


 フォレストは口を曲げ、プリムローズはフフッと笑う。2人は目と目を合わせて久遠の空に想いを馳せた。



 そこへ、緩んだ空気をさらにフニャフニャにするような声が上がって来た。


「おはよー!レシィ!プリムちゃんも来てるー?」

「チッ、なんだよ、また来やがった」


 フォレストはプリムローズから離れて、乱暴に階段へのドアを開ける。ドカドカと階段を降りる大男の後ろから、今日もプリムローズはついてゆく。華奢な背中に豊かな巻き毛が金色に揺れる。


「おい、ティム!今度はなんだよ!暇だな!」

「うん。暇なんだよねー」

「チッ、何言ってんだ」

「ティムおはよう」

「あっ、プリムちゃんおはよー!今朝も可愛いねっ」

「チッ」

「また何かあったの?」

「別に?暇だから遊びにきたよー」

「お前、今年は飾り屋台ださねぇのか?」

「定番はストックから出すし、限定品は材料が届くまで仕上げにかかれないんだよね」


 ティムは始源祭に装身具の屋台を出すらしい。


「人形専門ではなかったのね」

「いや?人形専用のだよ?」


 人形用の装身具だけを扱う屋台だという。星乙女人形と合わせて買ってゆく人が多い。星乙女人形の髪飾りを納品している縁で、屋台は隣同士だ。


「幸せの魔法はかけてないけど、ちょっとしたサービスはあるよ」

「どんな?」

「プレゼントにする場合には、贈る相手の瞳の色に変えてあげるんだー」

「まあ、素敵ね」


 プリムローズが頬を染める姿を見て、フォレストは面白くなさそうに鼻に皺を寄せた。



「その魔法の定着に使う材料がね、ちょっと特殊なんだよ。手に入る日が限定されてるんだー」


 ティムは嬉しそうに魔法細工のことを話す。


「手に入る日が決まってるなんて、幻想的ね」

「あっ、プリムちゃん、解ってるなあ」

「何がだよ」

「ねえ、プリムちゃん、レシィって面白いよね」

「チッ」


 プリムローズはキョトンとする。


「繊細な魔法を軽々と使うくせに、色んなことに無頓着だよねぇー」

「そうかしら?」


 プリムローズは、フォレストを細やかな人間だと思っている。


「大魔法使いって、無頓着ではいられなさそうよ」

「卓越した存在の孤独と悲哀ってやつぅ?」

「何だよそれ」

「そこまでじゃないかなあ」

「プリムちゃん、それはそれでちょっと酷い」


 ティムはにこにこしながら茶化す。


「ちゃんと自立して、家族とか友達とかに迷惑かけないようにしてる割には、お人好しすぎて不用心なとこあるよねー」

「チッ、うるせえよ」

「あ、解りますわ!怪しい野良猫を助けたり!」

「それッ、オイッ」

「へえ?それ知らないなぁ。何やらかしたの?」

「いいだろ、なんでも」


 フォレストは青くなる。姫様猫化事件は、お城に関わる魔法犯罪だ。無難に解決したので秘密ではないが、吹聴することでもない。


「え、気になるー」

「フフッ、高貴な迷い猫でしたのよ」

「へえ。あ、プリムちゃんとの馴れ初め?」

「チッ」

「何か悪い物だったらどうするのかと思いましたわ」

「そうなんだあ。プリムちゃん、猫飼ってるの」


 ティムはプリムローズの方に屈んで顔を覗き込む。


「あっ、プリムちゃんの目、ちょっと猫みたいだねぇー」

「あらそう?ティムの目は空みたいね」

「よく言われるー」

「やっぱり?」

「チッッ離れろ」


 フォレストはティムの肩を掴んで乱暴に引く。


「痛いなぁ、もうー」


 ティムは全く意に介さない。細身に見えるが、職人の肩は逞しい。へらへらしながらフォレストを見上げる。


(ヤキモチかしら!)


 プリムローズはワクワクした。


(ひゃあー、かっわいいー)


 フォレストを見上げれば、顔色が悪い。怒りで青褪めているようだ。



「仕事行くぞ」


 不機嫌を紛らすように、フォレストは勢いよく表のドアを開ける。


「えっ、依頼あったのー?」

「ある」

「ごめーん、暇かと思って」

「どんな仕事?」

「魔法道具の定期検査だ」


 魔法道具にも色々あった。作った人が売っている場合、アフターサービスがつくこともある。だが、魔法商人や旅の魔法使いから購入した珍しい道具だと、メンテナンスは難しい。魔法道具は、壊れて恐ろしい事故が起きる場合もあり、放置するわけにはいかない。


「今日は果物屋の冷却装置を点検して、あとは街路の魔法灯チェックだな」

「え、魔法灯の点検って、レシィの仕事なの?」

「月次調整があんだよ」

「魔法灯係のおじさんがなさるのかと思ったわ」

「毎日のチェックは王城担当だけどな」


 灯には魔法の火を入れる。魔法の火は、普通の火より安全だ。しかし、道具の故障で高熱を出す場合もある。それどころか、火ではなくて何故か騒音が鳴り続けたこともあった。壊れておかしな回路が繋がると、思いもよらないものが飛び出す。それが魔法というものだった。


「今日は木工通りを終わらせるから、ついでにボブさんとこ覗こう」

「あ、なら僕も行こうー」

(え、待って、今日は?木工通りを終わらせる?他の日に別の地区をやるってこと?ひとりで?城下町全部の魔法街路灯の点検をするの?月に一度だってかなり大変よ?)



 お城の魔法灯係によれば、つける時にはある程度の範囲内にあるものをまとめて点灯することができるという。王族の部屋周辺などは、丁寧にひとつひとつ点けてまわる。だが、点検はどうやら、どんな場合でも一つずつ丁寧にチェックするらしいのだ。


(ちょっと前までは、それ全部ボランティアで?)


 街路清掃員の同僚が教えなければ、まさしく搾取されていたと言えよう。街路清掃の常勤の他に行うボランティアにしては、ちょっとあり得ない労働量だ。


「レシィ、魔法街路灯の点検て、どこからの依頼?」

「魔法省民間連携部の路上魔法機器管理課からだ」

「民間連携部?」

「要するに、お城で手が足りないとかメンドクサイことを、僕たち在野の魔法使いに丸投げよろしくーって部署だねえ」

「酷いわ!」


 プリムローズは憤然とする。フォレストは、自分のために怒って貰って嬉しそうに目をきらめかす。


「プリムちゃん、もし貴族なら魔法大臣になれるかもよ?そしたら制度変えたらいいよー。魔法省は魔法使いの権利が適用されるからねえ、大臣の決定は王様でもなかなかダメって言えないんだってー」

「なるわ!大臣!どうしたらなれるの?」

「チッ、やめとけ」


 意気込む姫にフォレストが待ったをかける。


「何でよ?魔法使いは便利な道具じゃないわよ!」

「リムは大魔法使いになるんじゃねえのか?」

「そうだけど。大魔法使いは大臣になれないの?」

「大魔法使いが国なんかに縛られてんじゃねえよ」

「え?」

「俺はやりたい事をやってんのさ」


 ティムは澄み渡る青空のような目を大きく見開く。


「ええー?つまり、嫌なら辞めるってこと?」

「やめる」

「もしかして、そのうちエイプリルヒルを出て行くかもしれないのー?」

「そうだな」

「ええーっ?」

「リムも虹色以外は認定試験受けなくていいからな」

「リム?さっきもリムって言ったぁ?昨日は様ついてたよねーぇ?え?1日でー?レシィ案外図々しいねー」

「チッ、ほっとけ」

「すーぐそうやって舌打ちするーぅ」


 ティムの揶揄いを聞き流し、プリムローズは質問する。


「認定試験って?」

「受かると魔法使いとして登録される」

「魔法使いの権利が適用されるためにはね、どこかの国で魔法使い認定されてないと、ダメなんだぁー」

「前から思ってたんだけど、魔法使いの権利ってなに?」

「魔法使いは自由だってことさ」

「レシィ〜、まあ、そうなんだけどさぁ」


 そうこうするうちにボブの工房に着き、星乙女人形のその後の様子を聞く。工房のある木工通りの出口は、人通りの少ない袋小路の入り口である。ここでティムと左右に分かれる。



「プリムちゃん、始源祭、僕の屋台にも遊びに来てよー」


 プリムローズは一瞬答えに詰まる。


「え?どうしたのー?」

「リム、始源祭までに虹色ブローチとれよ」

「え?」

「そしたら、王族の縛りなんかなくなるぜ」


 フォレストがフッと笑う。プリムローズは、今まで話していたことが全部吹き飛んでしまった。


(きゃああーっ!素敵っ!好きっ!この表情っ)


 ティムは、プリムローズが呆然と朱くなっているのを見落とした。それよりも衝撃を受けたことがあるからだ。


「はっ?はえーっ?お、おう、ぞ、くぅーっ???」

「あ、やべ」

「いいのよ!レシィ。隠してないし」

「あっ、えーとー、とんだご無礼をー」


 ティムは笑顔に焦りを混ぜておらおろしだす。


「いいったら」

「落ち着けよ、ティム」

「そっかぁー、じゃあ、認定受けたら、お祭りにおいでねー」


 エイプリルヒルの王族は城下町のお祭り見物など出来ない。出来るのは、護衛を引き連れての視察だけ。しかし魔法使い、とくに虹色ブローチを賜わる大魔法使いなら、話は別だ。犯罪を犯さない限りは、自由に往来できるのだ。


「ええ、そうするわ」

「じゃあねぇ、応援してるよー」


 ティムはすぐに驚きから立ち直り、呑気な笑顔で立ち去った。


「チッ、ティムのほうがよっぽど図々しいぜ」

「うふふ、何だか気が緩む人よね」

「チッ」


 プリムローズが眩しい笑顔でティムを見送る。当然フォレストは気に食わない。大男の不服そうな様子を見て、姫の心には柔らかな火が灯る。プリムローズは、密やかな笑い声を立てながらフォレストの手の甲に触れた。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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