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姫は猫、魔法使いは大男  作者: 黒森 冬炎
第三章、虹色のブローチ

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22/80

22、姫と魔法使いは婚約について考える

 フォレストとプリムローズの調査は、午前中いっぱいかかってしまった。怪魚の丘から街に戻って来た時には、すっかり昼時を逃した時間だった。ティムは午前中から相談所でずっと待っていたらしく、昼を抜いていたようだ。


「そういえば食ってねぇな」

「え、レシィたちも?」

「食ってねぇや」

「えぇー」


 ティムはフォレストに咎めるような上目遣いを送る。フォレストたちも昼を食べてないと聞いて呆れ返ってしまった。


「プリムちゃん可哀想ー。ボスが雑すぎて哀れー」

「何だよ」

「プリムちゃん女の子だよ?」

「知ってる」

「レシィとは違うんだよ?」

「当たり前だろ」

「わかってないよね?」

「何をだ」


 ティムの軽蔑した言葉に、フォレストは苛立ちを増してゆく。


「プリムちゃんはさ、確かにしっかりしてるし、元気だけど、ちっちゃくて、細くて、可憐でか弱い女の子なんだよ?」

「弱くはない」

「いや、そういうこと言ってるんじゃなくて」

「弱くはないぞ」

「あー」


 ティムは笑顔ながらも疲れた様子を見せる。


「レシィさあ」

「何だ」

「そういうとこ、あるよね?」

「チッ、何だそういうとこって」

「優しいんだけどさあ」

「けど何だよ」

「わりと自分基準だよね?」

「お前よりはマシだぞ」


 レシィは不愉快そうに答える。魔法使いはだいたいが自分基準(マイペース)だ。


「いいよ、僕のことは」

「何が言いたい」

「プリムちゃん、お腹減ってたと思うよー?」


 フォレストは、あっと目を剥く。一昨日も苔桃谷を目指していた森で、姫の疲れに気付くのが遅れたことを思い出す。実際には、プリムローズは疲れてなどいなかったのだが。快適な風の繭籠で運ばれていたので、むしろ元気一杯だった。


 ただ、姫があれこれ考えて気落ちする度に、フォレストはペースを考えずに負担をかけてしまったと気に病んだ。今日も、廃墟の調査に気を取られて姫の空腹を見過ごした、と悔やむ。


「思い当たる節、ありそうだねぇー」


 反省して落ち込む大男を、ティムがにこにこと追い詰めた。


「おうちの人も心配したかもぉ?」


 フォレストは銀色の眉を荒々しく寄せる。


「チッ」

「あー、もう、怖いって」


 ティムは声を立てて笑う。フォレストは自分の鈍さに舌打ちする。プリムローズはこの国の王女様である。お城で豪華なお食事が用意されていたに違いない。夕飯にはわざわざドレスを着替えて正装するような生活を送っている。仕事の都合で食事を抜いてしまうような庶民とは違う。


「あはは、今度から気をつけなよー」

「チッ」

「あ、ここ美味しいんだよ」


 ティムは通りかかった定食屋をお薦めする。最初は、時間的にティータイムを誘って、自分は軽食を摂ろうと思っていた。だが、フォレストもお昼がまだだと聞いて、ガッツリ食べられる男性向けの店を選んだのだ。


「定食屋か?」

「来たことある?」

「いや」

「量も多いから、レシィでも満足すると思うよー」


 空腹を抱えた食べ盛りの青年たちは、いそいそと定食屋のドアを潜った。




 プリムローズは、王様から焼きメレンゲをご馳走になったあと、厨房に出かけていった。


「お腹空いちゃったわ」

「姫様、魔法修行もほどほどになさってくださらないと」

「今日は調査だったから、仕方ないわよ」

「マルタも心配していたようですよ」

「ちゃんと助手になったこと言ってあるのに」

「今度からは、お弁当をお持ち下さいね」


 料理長は魔法使いなので、理解がある。修行中に時間が不規則になりがちだったり、食事をうっかり抜いてしまうのは、見習い魔法使いたちにとっては良くあることなのだ。


「お弁当!」


 プリムローズは嬉しそうに手を組み合わす。


「いいわねえ、それ」

(レシィと2人で、お昼。川辺でお魚を食べた時みたいに)


 あの時は不安もあったし、行先もよくわかっていなかった。だが今はもう不安は無い。万魔法相談所のカウンターに並んで食べるお昼を思い浮かべる。


(椅子を用意しなくちゃ。あ、並んで立ったまま食べるのも素敵)

「明日からお願いするわね」

「何かご希望はございますか?」

「お魚」

「はい、では明日手に入った一番いいもので美味しいお弁当をご用意致しますよ」

「ありがとう!楽しみだわ」

「ええ、楽しみになさって下さいね」


 料理長は、喋りながら簡単な食事を振舞ってくれた。ハーブと果汁を練り込んだ粉を小さく丸めて茹でたものだ。いくつかは星やハート、木の葉などの形にしてくれた。


 プリムローズ専用の桜草柄がついた緑色の深皿に盛り付けられて、立派な食事になっている。上からシンプルな果実オイルをかけ、たっぷりの生野菜やナッツを添えた華やかなひと皿である。


 プリムローズは、料理長特製のフレッシュレモネードを飲みながらぺろりと一人前を平らげる。


「いつもながら、気持ちのいいお召し上がりようですね」

「あら、姫に申す物言いじゃあなくってよ」

「これはとんだご無礼をいたしましたなあ」


 姫と料理長の忍び笑いが午後の休憩室に響いた。プリムローズに出される秘密のおやつは、いつもこの休憩室で作られるのだった。



 翌朝は、特に急ぎの調査もないので、プリムローズは遅めに出かけた。フォレストの朝は遅いからである。


(あのぼんやりした様子、見たい気もするけど、はしたないものね)


 フォレストが白いワンピースタイプの寝巻(パジャマ)を着て、のそのそ起き上がる様子は面白かった。仔猫の姿で床の上から見上げていたので、余計に愉快な光景だった。何か銀色のもしゃもしゃが乗った巨大な白いケーキのようなものが、もわもわと頼りなく現れる感じだった。


(ちょっと可愛いのよね)


 フォレストは比較的周りのことに気を配るタイプだが、起き抜けは無防備だ。菫色の瞳に鋭さは微塵もなく、穏やかな春の陽だまりみたいに凪いでいる。


(得体の知れない野良猫を拾っちゃうくらい不用心だけどね)


 この数日間に体験したことから考えると、大魔法使いは悪い奴に狙われてもおかしくない。利用されたり、逆恨みで命を狙われたり、色々な危険がありそうだ。


(初めて会った日にも思ったけど、実力が高すぎて却って隙が出来るんじゃないかしら)


 今日も城外に出るとすぐに物陰で猫となる。ドレスを町娘風に変える練習もしたのだが、プリムローズは猫が気に入っていた。



「おはよう、レシィ」

「またぁ。猫でもいいから、ドアから入ってこいよ」


 フォレストは、窓から飛び込んで来るマーマレード色の仔猫に苦笑する。


「せっかくだから猫らしいこと、したいじゃないの」


 フォレストは特に猫の生活を羨ましいとは思わない。プリムローズの仔猫姿は可愛いが。


「それよりレシィ、今日はティータイムにお城に来てよ」

「ん?何かあったか?」


 フォレストは心配そうにプリムローズの瞳を覗き込む。


「あら、違うのよ。お父様とお話するの」

「俺も?」


 フォレストは首を捻る。


「あのね、婚約者選びは嫌ですって、申し上げたのよ」

「そうか!」


 菫色の瞳が幸せそうに輝く。


「それで、選ぶならレシィを選びたいって、お父様に」

「ありがとう」


 フォレストは姫のほっそりした手を取る。姫ははにかんで上目遣いになった。


「そしたら、お父様が、お話しましょうって」


 だいぶ省略されたが、一応は王様の意向が伝えられた。フォレストは喜んで応じる。


「リム、俺を婚約者に推薦してくれるのか?」

「勿論よ」


 だが、菫色の瞳にふと影がさす。


「まだ出会って間もないぞ?」

「あら、そんなこと」

「大魔法使い同士なんて前代未聞だし」

「そうなの?」

「聞いたことねえな」


 確かに、我の強い大魔法使い同士が家族になるのは考えにくい。


「そういえば、ストーンさんも水晶宮のお爺ちゃんも、独り身みたいねえ」

「そうだな」

「料理長には家族があるわよ?」

「普通の魔法使いだろ」


 プリムローズは瞼を伏せる。美しい緑色の瞳を、カールした金色のまつ毛が悲しげに隠した。


「ごめん」

「いいのよ」


 フォレストは、その凛とした美しさに見惚れた。思わず姫の華奢な肩を抱き寄せる。


「なあ」

「なに?」

「廃墟の王様、どうしてるかな」

「え?」


 フォレストはじっと考え込むように眉間の皺を深める。


「廃墟の、鏡の迷宮に住む、王様」


 プリムローズは一言ずつ区切って言う。


「お妃様の髪房を今でも大切にお待ちだったわ」


 フォレストのがっしりとした腕がプリムローズを包み込む。フォレストの前職、街路清掃員は肉体労働者なのだ。ふとそんな事実が脳裏を過ぎり、プリムローズは迷宮の王様のむっちりとした白い手を思い出す。フォレストは遠くを見ている。



「何百年も」


 プリムローズは穏やかに続ける。


「私も、きっと」


 フォレストが静かに姫を見た。


「そうだな、俺たちも」


 金色の長い巻き毛がフォレストの腕にも胸にもきらきらと流れ落ちる。


「不思議ね。解るの」

「そうだな」


 フォレストの目元が優しく下がる。


「王様はなんて?」

「話は聞くって」

「チッ、そりゃすぐにはなあ」


 フォレストは口をお得意のへの字に曲げる。


「そうかしら?」

「リム、俺たちは知り合ってほんの数日だし」

「お誕生日にいらっしゃる王子様方のほとんどは初対面よ?」

「俺は王子様じゃねえよ?俺とリムが結婚しても国に良いことは特にねえぜ」

「大魔法使いよ!」

「大魔法使いなんざ、なるべく身内には欲しくねえもんだぜ?みんな力は借りたがるけどな」


 プリムローズは、自分の知る3人の大魔法使いを思い浮かべる。派手好きなお爺ちゃん、子供じみた嫌がらせをする年齢不詳の女性、そしていつも不機嫌な青年。


「身内にいたら、苦情の対応で大変かも」

「大魔法使いに身内なんざいねぇほうがいいのさ、ほんとはな」


 フォレストは吐き捨てるように言った。大魔法使いという存在は、普通の人間とは違う。水晶宮の老人やストーンは、見た目からして人ではない。


 フォレストの姿は人間だし、隣人ともうまくやっているように見える。だが、桁外れの魔法は、明らかに人間の域をはみ出している。唯我独尊のような態度で暮らしているが、世間の風当たりも強いのだろう。その魔法には頼られるのに。


「レシィ」


 プリムローズは細い眉を寄せる。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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