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姫は猫、魔法使いは大男  作者: 黒森 冬炎
第三章、虹色のブローチ

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21/80

21、プリムローズは婚約者選びを断る

 エイプリルヒルは長閑な国だ。暮らしやすさが評判となり、魔法使いも他の国よりはたくさん住んでいる。各国がこぞって呼びたがる有能な魔法使いが、次々に移り住んでくるのだ。諸外国からはかなり羨ましがられている。


「王様、魔法の部屋にお越し下さい」

「はぁ、またか」


 王様は疲れたように扉をあける。魔法使いは変わり者が多いのだ。ほとんどの魔法使いが魔法にしか興味がない。自分の魔法と関係がないことをさせられるのを極端に嫌う。生活手段と考えているタイプも、魔法そのものにのめり込むタイプも、この点は同じだった。


 魔法使いたちは稀少で有用であるため、どの国も無碍にはできない。だが、勝手気ままにされても困る。


「そち、何をした?」

「えっ、名前も聞かねぇの?」


 魔法使い専用の拘束室、別名魔法の部屋では、ほとんど途切れることなく軽魔法犯罪の取り調べが行われている。連れてこられる魔法使いの殆どが常習犯なのも、王様にとって頭の痛い現実だった。

 国内の魔法使いは、だいたい魔法省が担当する。だが、外国籍の魔法使いと王城内での犯行の場合には、王様自ら対応する決まりになっていた。


「そんなもの、後で良いわ。何をしたのだ。早く言え」


 王様は疲れ切っている。旅行中の暇な魔法使いが王城でなにかしらやらかすのは日常茶飯事なのだ。


「厨房でつまみ食いしました」

「え」

「間違いありません」


 後ろに控えていた魔法省の担当官が、書類片手に肯定する。


「つまみ食い」

「はい、外国籍の魔法使いでしたので国王預かりとなりました」

「つまみ食い」

「はい」

「はあ、つまみ食い」

「悪かったよ」

「現行犯です」

「準軽魔法犯罪扱いで即決裁判とする、1日厨房手伝い、以上。行ってよし」

「え、俺まだ名前も言ってないんだけど。酷くね?」


 王様は最早溜息もつかずに出ていった。



「甘いものを頼む」

「かしこまりました」


 ティールームに移動して、王様は束の間の休憩を楽しむ。


「あ、いた」

「おお、姫、ちょうどいまオヤツが来るぞ」


 目に入れても痛くないほどに可愛がっている末姫プリムローズがやってきた。


「いえ、オヤツよりお願いがございましてよ」

「なんじゃ」


 王様はやや警戒する。昨日の朝も同じような状況で突拍子もないことを言い出した姫である。


「わたくし、お誕生日パーティーでは婚約者を選びたくありませんの」

「姫、そればかりは通らぬぞ」

「でも」


 姫は悲痛な顔をする。


「パーティーはもう一月足らずじゃ。遠国のお客人は既に到着済みだぞ」

「パーティーをしたくないのではなくってよ!」

「何れは選ぶのだぞ」

「選べるのなら、選びたいお方が」


 王様は、嫌な予感がした。昨日は姫が大魔法使いになると言い出して、まんまとフォレストの弟子になってしまった。姫には予想外の才能があったので、王様としては認めるしかない。しかも目の前で猫になった。面白くはない。


「誰のことじゃ」


 姫はゴクリと唾を呑む。


「フォレスト師です!」

「左様か」

「はい」


 王様が悲しそうに眉を下げ、プリムローズは決意を固めて眉を上げる。


「魔法便利屋は、そのことを知っておるのか?」

「はい!」

「奴は受け入れておるのか?」

(失礼ね!わたくしが無理に追いかけ回していると思し召されておられるのだわ)

「同じ気持ちですわ!」

「いつ知り合うたのじゃ?」


 王様の記憶では、2人は一昨日出会った。王様が姫君誘拐事件の調査依頼をしたのがきっかけだ。だが、王様は、プリムローズにはたくさんの知り合いがいることを知っている。あちこち城の中をうろつきまわる姫である。王城の仕事でたまたま来ていたフォレストと出会っていてもおかしくはない。


「4日前でしてよ」

「猫にされた当日か?」


 王様が怖い顔をする。プリムローズは一瞬怯む。しかし、深呼吸をひとつして、ここぞとばかりに捲し立てた。


「はい、あの日は散々追い回され、逃げ回り、怖い思いを致しました。火かき棒、槍、剣、石、網、カラスに馬車に。本当に必死でした。死に物狂いで逃げまわりましたの。雨に降られて死にかけたその夜、あの方に救われたのでございます。姫とも知らず、ご自分が濡れてしまうのも厭わず、ずぶ濡れの屍のような野良猫を、それはもう心を込めて、嵐の街から助け出してくださったのですわ」


 王様はえへんと咳払いをする。


「あやつがその猫を姫だと知ったのはいつじゃ」

「次の日、わたくしの捜索依頼を受けたのちです」

「では、知り合うて3日じゃな」

「いえ、4日です!」

「あちらは姫を猫だと思っておったのであろ?」

「そうですけれども」


 姫は言い淀む。


「やはり姫の片恋なのではないか?」


 王様は期待を込めて質問する。姫だけの思い込みなら、王族の義務を優先させられるからだ。この国では王様の決めたことは絶対である。王様がダメと言えばナシに出来る。しかし、王様はプリムローズにとことん甘い。だから、もし相思相愛ならば引き離すのは可哀想で出来ないのだ。


「今日の午前中、気持ちを確かめ合いました!」

「まだ3日だぞ?」

「それでもです」

「一生のことだ」


 王様は姫が軽率だと心配した。


「わたくしたちは、魔法使いです」

「姫は見習いだがな」

「逸材だって、すぐに師匠を追い越せるって、仰っていただきました」

「褒めて育てる師匠か。良い事じゃ」


 王様は、話題が変わったかと思ってほっとする。


「大魔法使いが長生きなのはご存じでしょう?」

「うん?急に何じゃ」

「わたくし、夫を見送った後に長すぎる老後を送るのは嫌ですわ」


 話題は変わっていなかった。


「わたくしも大魔法使いの素質があるようなのです」

「そうか」

「フォレスト師となら、夫の死後長く寂しい時を過ごす心配はございませんもの」

「それだけではなあ」

「気持ちは確かめました。申し上げましたわよね」

「ううむ、しかし」

「わたくしたちは、2人で、永劫の時を共に歩んで参りますわ!」


 姫は胸を張る。そして鼻息も荒く宣言する。王様はがっかりして背中を丸めてしまう。


「では、明日2人で来なさい。話だけでも聞こう。おお、ちょうどお菓子が来た。食べてゆくがよい」

「あら、今日は焼きメレンゲなのね!いただくわ」


 王様はちっとも休まらなかったオヤツの時間を終えて、日々の国務に戻っていった。




 ジルーシャはフォレストの道具で魔法の影響を取り除いて貰った。調子が戻って、早速仕事に取り掛かろうとしている。フォレストは追加料金を受け取り、ダメになったマントを元の状態に戻すことにした。マント本体の縫い直しが必要なくなり、刺繍を急げば始源祭に間に合う希望が見えてきた。


「マントを引き取りに行こうー」

「そうだね」

「あのさ、ジルーシャさん、謝ったほうがいいよ」

「わかってるさ、あたしのせいだからね」


 ジルーシャとボブが和解した瞬間、人形たちは星乙女の哀歌をハミングするのをピタリとやめた。



 刺繍工房の事件が解決し、姫がオヤツの時間で王城に帰ったあと、フォレストとティムもティータイムを楽しむことにした。


「ジルーシャさんも行かない?解決祝いで奢るよ?」

「何言ってんだい、ティム坊。悠長にお祝いなんぞしてたら、納期に間に合わなくなっちまうだろ」


 ジルーシャは引き取って来た星乙女人形のマントを奥の作業室に持ってゆく。


「はあ、とんだ出費だよ」


 今回の騒動が壊れた魔法道具のせいとは言え、怪魚の丘に出かけたのはジルーシャの私用である。縫製師のミシェーリや人形職人のボブには何の落ち度もない。調査費用はボブとティムで折半だが、マントを元に戻す代金はジルーシャ1人の負担となった。


「災難だったよねえ」


 ティムは魔法職ゆえ、暮らしに余裕がある。


「ほんとに出さなくて大丈夫?」


 ティムがマントを元に戻す費用の援助を申し出たが、断られた。万魔法相談所の仕事は人助けである。出発はボランティアだったのだ。代金は仕立て屋の工賃より安かった。弁償となればいくらかかったことか。


「いらないよ。弁償しなくて済んだから、払える範囲だったしね。気持ちだけ貰っとくさ」

「そう?じゃ、こんど美味しいお菓子でも持って来るね」

「そんな気も遣わなくていいんだよ」

「そう言わずにさ」


 気遣うティムに遠慮して、ジルーシャはわざと強い声を出す。


「ほら、でかい図体して邪魔だよ、早く出ていきな」

「じゃあ、これで」

「僕、そんなに大きくないよぉ〜?」

「いいから帰んな!こっちは特急仕事だよ」

「はいはい、じゃあまたねぇー」


 押し出されるように刺繍店から出た2人は、表通りへと向かう。ティムもそれなりに背丈はあるが、フォレストは小山のような大男なので、肩を並べて、とはいかない。話をするには見上げる形になった。


「ねぇねぇ、レシィ、プリムちゃんとはいつ知り合ったのー?弟子にしてください、って来たの?」

「チッ」


 フォレストはギロリと見下ろした。


「怖いよ」

「うるせえ」

「プリムちゃんはっきり言うタイプでしょ?でも愛嬌があって可愛いよねえ」


 ティムはほんのりと目尻を染める。


「お弟子になりたくて押しかけてきたとか?グイグイ来そうだよねー?可愛いー」


 にこにこと話しかけるティムから目を逸らし、フォレストは憮然として口をつぐむ。


「レシィ優しいからなー。押し切られちゃった?プリムちゃん可愛いもんなぁ」


 フォレストは口を曲げたまま押し黙っている。


「何だよ、ちょっとくらい教えてくれたっていいでしょ」

「チッ」

「え?何?もしかして、すっげえお貴族様からお預かりしてて口止めされてるぅ?」


 ティムが青く澄んだ瞳をキラキラさせて伸び上がる。僅かに垂れた目尻が押しの強い態度を和らげていた。


「わ、もしかして本当に?」

「チッ」

「ごめんて。そんなに睨まないでよー」


 フォレストの不機嫌が酷くなったので、ティムは退くことにした。ティムはプリムローズを雇った経緯を聞くのを諦めて、無難な話題を探す。


「どこ行こうか?」

「ティムが決めていい」

「レシィ行きたいところないの?」

「ティムは食うとこ良く知ってるからな」

「あっ、僕さ、まだお昼食べてないんだよねー」


お読みくださりありがとうございます

続きます

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