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姫は猫、魔法使いは大男  作者: 黒森 冬炎
第二章、万魔法相談所

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19/80

19、プリムローズは昔の王様に魚の名前を教える

 プリムローズは活き活きし出す。フォレストは眉間の皺を呼び戻す。


「あ、いや、どうだろう」

「だって、名前を呼んだってことは、ご存知だったってことでしょ。怪魚の名前を」

「生きた怪魚を売りつけた商人から教わったそうだ」

「生きた怪魚!」

「池も壊れてるし、死んだとは思うけどな」


 影を落とす壊れた魔法の道具と同じように、魔法だけが残っているのだろう。


「ええー、残念」

「その時、王様は怪魚の飾りがついている鏡を貰ってな」

「何それ、見たいわ」

「鏡から現世は見えるけど、現世から鏡の中は見えないし声も届かないんだそうだぜ」

「怪魚の飾りなんて、面白いわね」


 魚が大好きな姫様は、王様そっちのけである。


「怪魚の名前さえ忘れてなければ、その鏡から自由に怪魚の城へ出入り出来たんだろうにな」

「書いとけば良かったのにねぇ」

「そんときは覚えたと思ったんだろ」

「甘いわね」

「まあ、そんなもんじゃねぇの?」


 フォレストは目尻を下げて、プリムローズの方へ少し屈む。プリムローズは恥ずかしさに耐えられず、距離を取る。フォレストは、可愛くてたまらないというように眉を下げきって距離を詰める。


「王様は多分、怪魚の鏡がある広間にいる」

「行ってみましょう」

「怪魚の名前、俺は知らねえから王様に教えてやってくれよ?」

「えっ、レシィは知らないでどうやってここに来たの?」

「廃墟側の鏡に残っていた魔法を辿ってきた」

「やっぱりレシィは凄いわ」


 フォレストは鼻の付け根を赤くする。



「で、怪魚はなんて名前なんだよ」

「ミラーリミラーリイクテュース。迷宮の鏡魚(かがみうお)よ」


 プリムローズがその名を唇に乗せると、鏡が一斉に鳴り出した。カシャカシャと物が砕け続ける騒がしさ。光の反射も激しくなり、眼を開けていられない。


「なんだ、すげえ魔法の流れが」

「あっ、これ、さっきの」


 鏡の音が水音に変わる。遠くから巨大な魔法の塊がくねくねと迫ってくる。


「怪魚か?」

「そうね」

「まて、怪魚もこの鏡の城で生きてきたのか?」

「そうみたいだわ」


 壁も床も天井も、鏡となって反射しあう中、暗い紅色の魚が無数に泳ぐ姿を見せた。


「可愛い」

「え、なんだか乾いた血の跡みてぇ」

「この魚は澄んだ池や湖に住んで、湖底に鏡の迷宮を作るのよ」


 姫の語りは熱を帯びる。その瞳は、フォレストを見る時とはまた違った輝きを放つ。ギラギラと貪欲である。そんな様子を見る時にも、フォレストの瞳には柔らかさがチラつき、口元はピクリと動く。


「400年ほど前を最後に、怪魚の目撃記録は消えたわ」

「そんな昔に」

「ええ。この迷宮もきっと、とっても古いのね」

「そんな頃の魔法が、まだ生きてんのか」


 フォレストは王様のバックルについていた炎石の気配を辿る。プリムローズに合わせてゆったりと歩きながら、鏡の中を自在に泳ぎ回る赤黒い怪魚を眺める。


「古代の魔法は凄えなあ」

「そうね。それに、美しいわ」

「まあ、好みはそれぞれだけどな」

「鏡から出たら、影を作る道具も見に行くでしょう?」

「そうだな。少なくとも確認には行かねえと」


 王様は大事ないなどと(のたま)うが、やはり壊れた道具が魔法を垂れ流しているのは危ない。どんな事故が起こるか分かったものではない。

 現にジルーシャは、目が見えないだけでは済まなかった。指も動かなくなって、怒りっぽくなっていた。


「あの魔法、悲しそうだったわね」

「土地の思い出を巻き込んじまったのかもな」

「廃墟ですものね」

「沢山の悲しい思いが漂ってるんだろうよ」



 ドアを開ければ磨き抜かれた黒い鏡石の床が広がる。


「滑りそうね」

「そうでもねぇさ」

「魔法の城だから?」

「それもあるな」

「魔法使いだから?」

「まあ、そうだな」


 2人は、話すうちに中央の大きな鏡までやってくる。


「おや、姫君と会えましたな」

「ええ」

「こんにちは、昔の王様」

「こんにちは、遠い時の姫君」

「怪魚の名前は、ミラーリミラーリイクテュース。迷宮の鏡魚(かがみうお)ですわ」

「ほほぅ!姫君よ、なんとご親切な」


 王様は大きく手を打って喜びを表す。だが、改めて鏡の外に眼をやると、顔を曇らせた。


「王様?」


 プリムローズは心配そうに声をかける。可愛らしい声が広間に反響した。2人についてきた怪魚が鏡の海を抜けて跳ねる。天井を抜けた怪魚は、壁へと飛び込み潜る。廃墟の王様は、虚な目でその様子を眺めている。


「妃も王子も王女も弟たちも友達も家来も、愛馬も犬猫ですらもういない。今更現世へ出て行って、一体どうなる」

「王様」

「いざ怪魚の名を知って、現実が見えてしまったのじゃ。鏡の外を見よ。住まう城とてもうありゃせぬわ」

「ですが王様。外に出れば墓場の跡地に行かれますよ」


 王様の目に弱く光が戻る。


「おお、確かに。墓参りはせねばの」

「そうよ、王様。ねえレシィ、お城を元には戻せないかしら?」

「戻しても、お世話する人々が居ねえと」

「さよじゃ。城は1人には広すぎるぞよ」

「じゃあ、そうねえ」


 プリムローズは、フォレストを見上げる。フォレストは姫の緑色の瞳を見つめて、いつものように口を曲げた。


「チッ、森の民を探すか」

「えっ、森の民?」

「王様のご先祖だよ」

「そうじゃな、余は先祖返りじゃ、寄せて貰えれば恩の字じゃなあ」

「森の民って今でも居るの?」

「さあなあ。精霊の眠る洞窟を守る村なら、なくなることもねえとは思うが」


 姫は王様の昔話を聞いていなかったので、納得出来ない顔をした。


「それもいいけど、今度こそ怪魚の名前をメモしておけば、鏡の迷宮に住み続けることも出来るんじゃない?」

「む!」


 王様はびっくりしたように大きな声を出す。


「その手があったか!」


 そしてまた、王様の顔が暗くなる。


「しかし、この迷宮にある物はみな鏡に映った幻影じゃ」

「じゃあ、森の民を探す?」

「ううむ、不確かではあるが」

「ねえ、旅をするなら現代のお金がいるんじゃない?」


 王様はガッカリする。


「余は既に身ひとつじゃ。金に変えられる物も残ってはおらぬ」

「ここに住むしかないのかしらねえ」

「ここに居れば食べ物も要らぬしの」

「まあ、気が向いたら旅に出ればいいですよ」


 フォレストは、大魔法使いの感覚でものを言う。だが、手詰まりの王様にとっては、そうした気楽な言葉が救いになった。


「すまぬが、メモを書く道具を譲ってはくれぬか?」

「レシィ、書く物ない?」

「おう」


 フォレストは虚空から羊皮紙と羽ペン、そして魔法のインクを取り出した。


「このインクで書いた文字は消えることがねえ」

「ほほほぅ!これはこれは、ご親切な!重ね重ね御礼申すぞよ」

「まあ、勿体ないお言葉ですわ」


 王様は気弱で優しい人だった。王者の力を誇示する炎石をバックルに嵌めては居るが、魔法使いや遠国の姫に礼をつくす。フォレストは、せいぜい褒めて遣わすとでも言われるかと思っていた。


「楽にせよ、200年ぶりの客人よ。わが花の国は、客人を敬う伝統があるのじゃよ」


 怪魚の丘一帯の国は、花の国と言うようだ。昔、丘の麓にあった花畑の集落が国となったからだろう。


「最も、このような幻と廃墟では、おもてなしも儘ならぬがのう」


 申し訳なさそうな王様は、不甲斐なさに肩を落とす。


「それで、魚の名前は何と言うたかの」

「え、もう忘れてしまわれたの?」

「いや、長ぇだろ。いっぺんじゃ覚えられねぇ」

「最初の時は言えたのでしょ?」

「商人が隣に居ったからの」

「そうだったの」


 プリムローズは、一音ずつ伝えることにした。王様はフォレストから筆記用具を受け取って、怪魚の名前を書きつける。


「うむ、これでよし。ミラーリミラーリイクトゥース」


 王様の目の前で、姿見を飾る小さな怪魚が赤黒く光った。


「ほほぅ!扉が開くな?」

「ええ、そのようです」

「参りましょう、王様」



 王様と一緒にフォレストとプリムローズも鏡の迷宮から廃墟へと出る。フォレストは魔法の流れに乗り、プリムローズは怪魚の力を借りた。鏡の迷宮の鍵は、1人にひとつずつ必要なのだ。


「ここが、わが城じゃ」


 鏡から出ると、王様は傾いた現世の鏡を眺めて呟いた。


「見てはおったがの」


 悲しそうに首を振り、言葉を切って立ち止まる。


「はあ、墓はあちらじゃ、世話になったの」

「わたくしたちも、お供いたしますわ」

「ああ、お参りさせていただければ」

「客人」


 王様は涙ぐむ。


「よろしくてよ?」

「かたじけない。こちらじゃ」


 王様は方向を正確に覚えていて、すっかり様子の変わった城跡を迷わず進む。途中、土に埋もれた丸いものを拾う。


「ほれ、影を作る道具じゃ。思えばこれも怪魚も、同じ魔法商人が持ってきよったものよの」

「やっぱり、ただの商人じゃなかったのね」


 魔法商人とは、魔法存在を顕現させ取引できる特殊な一族のことである。今も昔も謎に包まれ、世界を旅して滅多に会うことが出来ない。生きた怪魚の取引など、普通の商人には無理な相談だった。


「彼らの先祖も森の民での、花の国とは懇意だったのじゃ」

「あら、それなのに助け出さないなんて」

「魔法商人にはルールがあるのじゃ」

「ルール?」

「一度手放した物には手出し口出しをせぬ掟じゃ」

「魔法が関わるからな」

「どういうこと?」


 プリムローズは、魔法についてまだ知らないことが多い。フォレストが簡単に説明する。


「魔法の道具や魔法存在は、持ち主が1人じゃねえと、命令が混乱したり渋滞したりすんだよ」

「壊れる元じゃ。事故も怖い」

「持ち主以外が直すなら慎重にやんねえとやべぇ」

「あら、でも、ここの迷宮には何人も入れたわよ?」


 プリムローズは疑問に思う。


「物によっては、鍵が有れば一つのものを何人かで使えるのじゃが、魔法商人の掟に例外はないのじゃ」

「まあ、たくさんの魔法を扱うからな」

「それに、客人がたは大魔法使いのようじゃしの」

「どういうこと?」

「魔法商人は、魔法商品を扱う魔法が使えるだけだからな」


 魔法というものは、限定条件が厳しいようだ。フォレストはいとも簡単にさまざまな魔法を使う。プリムローズも試せばすぐに新しい魔法を覚える。だが、それは特殊な例だったのだ。


「そうね、忘れていたわ」


 お城で働く魔法使いたちは、それぞれ一つしか魔法を使えなかった。それで精一杯だと、口を揃えて言っていた。魔法商人が出来るのは、「売ること」だけ。それで、次に花の国を訪れた時にも王様を助けられなかったのである。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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