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姫は猫、魔法使いは大男  作者: 黒森 冬炎
第二章、万魔法相談所

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17/80

17、姫と魔法使いは鏡の迷宮に囚われる

 魔法の水は、本物ではなく幻だけ。確かに飛沫が飛んできて、冷たいとは感じる。しかし、触ろうとしてもすり抜けるのだ。すり抜けるのに、水のほうからは触れてくる。


(えっ)


 魔法の水は怪魚の口から溢れて、池の跡地に立っていたプリムローズは沈む。背後では、フォレストが短く叫ぶ。姫はバランスを崩して、幻の水に足を取られた。波に飲まれ、渦に巻かれて、深く深く沈んでゆく。息もできない透明な空間で、ただ光の粒だけが、砕かれた鏡のように降り注ぐ。



 フォレストは虚しく水流を眺めていた。どんな魔法も届かない。長く美しい金の巻き毛が、透明な渦に広がってゆく。無慈悲に洗われる繊細な姫の髪の毛は、木漏れ日の針に縫い止められて池から上がることが出来ない。


「チッ」

(一体なんだ?)


 魔法の気配は無かったのだ。仕掛けがあれば気づいた筈だ。


(別の場所と繋がってるのか?魔法隠しの道具が何処かにあるのか?)


 姫は水に飲み込まれて完全に姿を消す。フォレストは厳しく口を引き結び、廃墟をぐるりと見渡した。木の芽や丈の低い雑草を踏みつけ、足に当たる小石も蹴散らし、廃墟の秘密を求めて濃紺のブーツが荒々しく動き回る。


 複雑に絡み合う木の根を踏み越え、下枝を分けて進めば、廃墟の中にポツンと姿見が残されていた。フォレストは、手で支えていた枝を離して鏡に近づく。すっかり曇ってはいるが、怪魚同様一条の傷もついていない。


(大昔の城跡だからな。未知の魔法もあるのかも知れねぇ)


 フォレストの身体がすっぽり嵌りそうなほど大きな鏡は、石の花綱で囲まれていた。縁飾りはあちこち欠けて苔むしている。大輪の花を表す石の台座も、半分崩れて楕円の鏡を傾けていた。


(これも楕円か)


 怪魚の池も楕円形だった。


(ん?怪魚か?)


 縁飾りの花の中、花弁の陰に魚が見える。じっと観察すれば、小さいながらに不気味な眼をしてギョロリと睨む。丸く開いた口には、尖った肉食の歯が並ぶ。


 指を伸ばして魔法の気配を探れば、ぐにゃりと空間が歪む。


(これだな)


 この鏡が廃墟の魔法の中心らしい。丘の国の王城だったというこの廃墟に漂う魔法を、全て隠しているのも、この鏡のようだ。


 魔法の気配を一度捕まえてしまえば、後はどうとでもなる。フォレストは慎重な手つきで古い魔法に干渉してゆく。


(左、右、ここで捻れて、上へ)


 水流のような魔法の筋が、花陰のミニ怪魚から吐き出されて鏡を巡る。フォレストは、その流れに乗って進む。



 魔法の導きに身を任せていると、磨き上げられた鏡石が敷き詰められた広間に到着した。振り返れば、鏡の向こうに廃墟の森が見える。鏡の内側に入ってしまったようだ。


 広間の中央には黒く光る花の台座が鎮座している。台座から伸びた石の花綱は楕円の姿見を取り巻く。その花陰にはやはり、小さな怪魚が遊ぶ。その鏡を通ってフォレストはこちら側にやって来たのだ。


(王様か?)


 鏡の前に、恰幅の良い中年男性が立っていた。どこをも見ていないガラスのような赤い眼は、怪魚の城に相応しい。瞳と同じ真っ赤なラシャのマントを肩に掛け、堂々と立っている。重たく黒いブーツを肩幅に開いて、金属の指輪をはめた丸っこく色白な手を腹の前で握りしめている。


(絵本の中の王様みたいだな)


 武骨な剣を腰に帯び、頭には花を打ち出した黄金の冠を戴く。緩く波打つ緑の髪は、きちんと分けて耳の後ろで束ねられていた。この人はピッタリとした鎖帷子と粗い毛織の胴衣を着て、幅広の黒い革ベルトを締めている。バックルに並べられた赤く輝く石が眼を惹く。


炎石(ほのおいし)か!)


 炎石は、数百年前に記録が途絶えた、膨大な魔法の炎を宿す貴石である。昔は諸国の王たちが競って手に入れた宝だという。この怪魚の丘一帯にあった国は、かなりの強国だったのだろうか。


(歴史に埋もれた小国の筈だがなあ)



 フォレストがバックルに眼を留めていると、その持ち主が声を立てた。


「ほほぅっ!これはこれは、遥かな時を越えてようこそわが鏡の城へ」


 フォレストは勢いよく眼を上げた。魔法の空間で人語を解する存在と出会うことは、予想できる。だが、目の前の人は、銅像のように無機質な立ち姿であった。まさか反応するとは思わなかったのだ。


「これはまた、素晴らしいマントをお召しでございますな。何処(いずく)王君おおきみにぞおわしまするや」

「ただのケチな魔法使いにございますよ」

「ほほほぅっ!これはまた、謙虚な御仁よのぅ」


 鏡の城に住む大昔の王様は、豪快に笑った。


「この城に、最近訪ねて来た人はありますか?」


 挨拶もそこそこに、フォレストは単刀直入に聞く。魔法存在とは、あまり深く関わらないほうが良いのだ。


「居ったよ?ご婦人だったかな」

「何をお話になりましたか?」

「いや、鏡の中にまで来てくりゃったは、ここ200年で魔法使い殿だけじゃ」

「鏡の外とはお話になれないのでしょうか」

「左用じゃ」


 フォレストはやや驚く。200年の間、この王様は鏡しかないこの大広間で、廃墟の森を眺めて立っていたのだ。たった独りで。ぼんやりと前を見て、声をたてる事もなく。



「外はかなりの秘境じみておりますが、お客さまを招く魔法がおありでしょうか」

「そのような魔法があればのう」


 鏡の国の王様は悲しそうに眼を伏せる。刺繍職人は、自分の意志で思いつき、自力でここまでやって来たのだ。フォレストたちは魔法で飛んできたが、それでも早朝から昼前くらいまでの時間がかかった。

 移動の謎は解けないが、ここでは手がかりが得られない。そう踏んだフォレストは、質問を替える。


「では、その人はここで何かに触れましたか?」

「ああ、もしやあのご婦人、(めし)いたか?」

「原因をご存知ですね?」


 フォレストは前のめりになる。


「いやなに、元は悪いものではないのだぞ」


 王様は言い訳するように一歩退く。動くことは出来たらしい。


「本来は、ただ影を作る魔法の道具なのじゃ。眩しい時、暑い時などに役に立つ道具だが、壊れて魔法を垂れ流しておるようやの」

「それ、もしかして時間が経てば影が消えるのでしょうか」

「さよじゃ。放っておけばよい。大事ない」


 一時的にでも見えなくなるのは、大事ないとも言い切れないが。だが、とにかく単純に影を纏わせるだけの魔法のようだ。帰宅後に効果が現れたのも、道具が壊れて本来とは違う動きをしているからなのだろう。


 ともあれ、刺繍職人の件は半分解決した。歌いだした人形の謎と、この丘を一人で登って降りた謎は残っている。だが、見えなくなった目の問題には終止符が打てた。


(あとはジルーシャさんにもう一度聞きに行くか。それより)

「他には誰か来ませんでしたか?ついさっきのことです」


 フォレストは、ようやく一番気になっていたことを口にした。


「おお、あの娘のことかの?」

「金髪の」

「金の巻き毛も美しく、深山に憩う森の精もかくやと言うべき、命溢れるその瞳。仄かに染まる暁の頬、花も恥じらい星は俯く」


 鏡の城に住む王様は昔の人に相応しく、朗々と吟じてみせた。


(間違いねえ、リムだ)

「いまどこに?」

「怪魚の宮、鏡の迷宮ぞよ」

「それはどこに?」

「ここもその一部ではあるがのう」


 大昔の王様はため息を吐く。


「怪魚に支配されとるからの、こちらが思う所へ辿り着けるかどうか」


 王様は虚な目をフォレストに向けて、小さく頷く。


「まあよい、ものは試しじゃ。200年ぶりの客人よ、ついてまいれ」

「王様は、この広間から出られるのですか?」

「怪魚の宮の中ならな、動き回ることは出来る」


 王様は、また大きなため息を吐き出す。


「だが、現世に戻ることが出来ぬ上に、現世からはこちらの世界が見えぬのよ」

「王様、ずっと閉じ込められて?」

「鍵となる言葉がどうしても思い出せぬ」

「何があったのです」


 プリムローズを救出する糸口が掴めるかもしれない。そう考えたフォレストは、鏡に囚われた王様の昔話を聞くことにした。



 その人は、遠い森の少年だった。森の民は緑の髪と赤い眼で、歌が好きな人々だった。少年は森の果てを目指して探検に出かけた。森の果ては草原の終わり。草海原に漕ぎ出して、更に遠くへ旅立つ少年。


 草原の向こうに丘があり、丘の麓は花畑。花の民は優しくて、少年は穏やかな日々を過ごした。そうして楽しく暮らすうち、心を通わす乙女が出来た。


 幸せな日々に影が差し、嵐は平和な村を襲う。丘の向こうの荒野から、凶暴な民が押し寄せたのだ。少年だった青年は、森の秘密を呼び寄せる。



 遥かな時を駆ける者

 まだ見ぬ彼方を訪れて

 わが同胞を救うべく

 集え今

 ここに

 力あるもの



 少年の歌は大空高く舞い上がり、草原を走り森を抜け、神秘の祠に辿り着く。静かな深い眠りから呼び覚まされた精霊たちが、花畑の小さな村まで、ひととびにやって来る。蹂躙されて泣き叫ぶ人々は、一晩待たずに救い出された。


 人ならぬものたちの強大な力に恐れをなし、凶暴な荒地の民は、森の少年だった青年に下る。青年は丘の上に城を築き、叛逆と外敵に備えた。ただ花畑の平和を守るため。愛する乙女と暮らすため。



 それから幾世も過ぎ去って、後に鏡に囚われた王様が生まれた。先祖返りの赤い瞳に緑の髪で、少し気味悪く思われた。それでも運が良いことに、優しい姫と結ばれて、気弱な王は幸せに暮らしていた。


 ある日王様は、池に珍しい魚を放した。それは、旅の商人から買ったもの。商人に教わったとおりに、魚の名前を呼びながら。池に入れるとたちまち巨大化し、大きく跳ねた。


 池の水が大波となって王様を襲う。王様の悲鳴を聞きつけ、あちこちから人が集まる。王妃様も子供たちも駆けつける。だがその時には王様のマントの端が、最後の渦に飲み込まれるところであった。


 王妃様は泣きながら池に飛び込む。子供たちも次々に水を分けて叫ぶ。だが、池の中には王様の姿がない。水が鎮まると、水底から突然怪魚の形をした石の噴水が迫り上がってきた。恐ろしい眼、四角い鱗、そして肉食獣のようなギザギザの歯。口からは絶え間なく水を吐き出している。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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