15、星乙女人形を作る職人たち
人形たちのハミングはバラバラだ。よく聞けば同じメロディのようだが、不揃いである。この中で平気な顔をしていられるボブ夫妻は、かなり図太い神経の持ち主のようだ。
「ほっとく訳にいかないでしょ?これ」
ティムがのんびりとした口調で言う。だがボブは迷惑そうだった。
「眠れねぇってこたあねぇし、苦情もねぇから、別にいいんだがよ」
「またぁ、レシィ、ボブさん説得してよー」
ティムがフォレストに話を振る。
「ボブさん、魔法現象を放置すると危ないぜ」
フォレストは真剣に注意する。
「ティムにもそう言われたから、フォレストに来てもらったんだよ」
「僕が納品に来なかったら、ボブさん怪我とか病気とか、恐ろしい目にあってたかも」
「あんまり脅すなよ」
「いや、ほんと、魔法は危ないからねえ」
ティムがボブを諭している間に、フォレストは改めて工房内を見回す。そのあと、作業台に積まれた不良品のマントを眺める。しばらく眺めた後に、そっと一枚持ち上げた。ややあって唇をきつく結んだフォレストは、プリムローズの方を向く。
「持ってみな」
プリムローズは、フォレストの手からマントを受け取る。
(魔法を感じればいいのかしら)
プリムローズは星乙女人形のマントをじっと見つめ、生地に触れる指先からも魔法を探ってゆく。
(草原、いえ、丘かしら、あと家、これは刺繍工房?)
プリムローズは、渡された小さなマントから魔法の残滓が見えてくるかと思っていた。大魔法使いたちが魔法を使うときに見える、もやもやしたものが出てくると予想していたのだ。だが、驚いたことに、マントを微かに覆う魔法には、目まぐるしく変わるいくつもの情景が映し出されていた。
(あっ、暗くなった)
最後は真っ暗になった。
(でも、何かしら。ただ暗いだけじゃないわ)
「解るか?」
フォレストが菫色の目を向けて、期待を込めた視線をプリムローズに落とす。
「とても悲しそうだわ」
フォレストが頷き、ティムが驚く。
「えっ、プリムちゃん助手っていうか、弟子?」
「優秀な助手だ」
「レシィと同じことができるなんて、凄いねえ」
「凄え逸材だぜ」
フォレストが得意そうに顎を上げ、プリムローズが嬉しそうに見上げる。
「この歌が始まったのはいつからだって?」
星乙女人形のマントを作業台に戻すと、フォレストは質問をした。ボブは忌々しそうに説明する。
「納品断った時だ。マントの刺繍をさ、これじゃ使えないし、ミシェーリさんにも弁償してくれって言ったら、ジルーシャさんが怒り出して、工房じゅうの人形が歌い始めたんだ。それからジルーシャさんは飛び出して行っちゃったよ」
ミシェーリさんは仕立て屋さんである。刺繍する前の星乙女人形用マントを縫っている人だ。
「ジルーシャさんのところにも行ってみるよ」
「面倒かけるな」
「いや」
3人は一旦ボブの人形工房を離れる。
「今からだと、ジルーシャさんの刺繍店に着く頃には、ちょうど昼時になっちまうな」
「午後にでなおす?」
「そしたら、途中でお昼食べよ?」
「なんだ、ティムも行くのか」
フォレストが小さく舌打ちする。
「だって、星乙女人形のことだからね。そりゃ僕は髪飾り納品したら仕事は終わりだけどさあ。始源祭に間に合わなかったら大事でしょう?一刻も早く解決して、特急でマントを仕上げて貰わないと」
2人の話を、姫は不思議そうに聞いていた。
「ジルーシャさん以外に刺繍職人さんはいないの?」
「星乙女人形のマントは特別なのさ」
「刺繍にも魔法が必要なの?」
「そうじゃあないんだけど」
「始源祭はエイプリルヒル王国の建国祭だからな。そこで売られる星乙女人形は、国から許可を貰って作ってるんだ」
「知らなかったわ」
プリムローズ姫は感心する。
「お弟子さんやお手伝いの職人さんも、ちゃんと申請して登録するんだよ」
「ジルーシャさんはお弟子さん少ないの?」
「去年親方だった先代が亡くなって、今は1人のはずだ」
ティムの笑顔が陰る。
「親爺さん厳しかったからねえ。お弟子さんが居着かなくてさ。時々晩酌に付き合って愚痴聞いたもんだよ。昔気質って感じでさ。僕は尊敬してるし仲良かったけどね。今時に合わなかったんだよ」
「え、お弟子さんもお手伝いもいないの?」
「うん。たった1人で頑張ってた」
つまり、ジルーシャに何かあったら星乙女人形のマントは作れなくなる。
「刺繍一筋で家族も親方しか居なくてなあ」
「ジルーシャさん以外は、出て行っちゃったんだよねぇ」
「ジルーシャさんも頑固だしな」
全くの孤独な作業だったようだ。
「働きすぎかしらねえ」
「かもなあ」
どよんとした雰囲気になりかけたところで、ティムの呑気な声が響く。
「ねえ、何食べよ?」
そこでフォレストが、あっと気がつく。
「リム様、お昼に戻らねえと」
「さま?」
「チッ」
ティムが好奇の目でプリムローズを見てくる。プリムローズは初めての愛称呼びに呆然としている。
「お嬢様だとは思ったけど、もしかして貴族ぅ?」
フォレストはティムの追及を無視して、プリムローズの方へと屈む。
「帰んなくていいのか?」
赤くさえならずに意識を飛ばしていた姫が、はっと正気に帰る。
「そうね、帰るわ。午後また相談所に行くわね」
「ああ、送る」
「ありがとう」
「ええー、僕、仲間はずれなのぉ?」
文句を言いながらも、ティムは無理についてこようとはしなかった。
「じゃあねー、また後でねー」
「ええ、午後に」
「後でな」
ティムは軽く手を振ると、頭の後ろで手を組んで裏町を歩いて行った。
「ティムは美味い店知ってるからな。いつか一緒に飯行こうぜ」
「行ってみたいわ」
プリムローズは寂しそうに笑う。
「なに、すぐ行けるようになるさ」
フォレストはニヤリとした。
「リム様の上達ぶりはたいした速さだからな」
「ご飯と魔法と関係があるの?」
「魔法があれば大抵のことはできるぜ」
プリムローズの顔がパッと花開く。
「お店やお祭り屋台に行ってみたいわ」
「行こうぜ」
「きっとよ?」
「きっとな」
並んで歩いていた2人は、いつしか手を取り合って表通りの坂道を登って行く。フォレストの長い指が、姫の優しい手を励ますように包み込む。
「飛んでみるか?」
「ええ、やってみるわ」
街外れは人通りが途絶え、魔法を失敗しても他人に被害は及ばない。プリムローズは、昨日ストーンとフォレストが飛んでいった様子を思い出す。魔法の流れを追いかけて集中していると、姫の体の周りには暖かな風が集まってきた。
(なんだかとっても良い気持ち)
姫は、魔法の風の中でゆったりと満ち足りた心地がした。
「行くか」
「はい」
フォレストの声かけで、2人はふわりと浮き上がる。
午後になり、プリムローズはフォレストの万魔法相談所を訪ねてゆく。ティムは既に来ていた。3人は真っ直ぐジルーシャの刺繍店へと出かけていった。
ジルーシャの店は、裏通りではあるが表通りにも程近い。シンプルな木のドアに華麗な刺繍で作られた看板がかけられている。しかし、出入りする人はいない。中にお客の気配も感じられず、明るい真昼の太陽の元でしんと静まり返っていた。
「こんちはー、ジルーシャさーん、ティムだよー」
ティムは遠慮なく声をかける。店舗兼住居のドアには鍵がかかっておらず、ティムが押せばガチャリと開く。
「随分静かだね」
「何だい、ティム坊か」
「ボブさんに聞いたよ〜?」
営業中とは思えない薄暗い店内で、手を動かしながら丸テーブルに向かう中年女性がひとり。
「適当に座んな。勝手に茶でも飲んでけ」
「ジルーシャさん大丈夫?」
「何が!ん?ひとりじゃないのかい?」
ティムの後についてフォレストとプリムローズが店内に入ると、ちらりと入り口へ顔を向けた。
「万魔法相談所のフォレストです」
「助手のプリムローズです」
「相談所?何しに来たんだい」
フォレストは、ジルーシャと目が合わないことに気がついた。プリムローズの様子を伺えば、姫も気づいているようだ。
「ジルーシャさん、もしかして」
ティムも気がつき、疑問を口にする。
「目が?」
ジルーシャは黙って手を動かしている。
「ねえ、ジルーシャさん、なんか最近変なものに触ったとかない?」
3人は魔法使いだ。ジルーシャの顔の周りに、なにかモヤモヤした魔法の気配を見つけたのである。
「何でそんなこと聞くんだい?」
ジルーシャは尖った声を出す。手元の針が動きを速める。
「ボブさんの人形歌わせたの、ジルーシャさんじゃないんでしょうー?」
ティムは切り口を変え、ジルーシャの雰囲気が少し柔らかくなる。
「あれ、何の歌だろうねえ?僕、聞いたことないなあ」
フォレストとプリムローズも聞いたことがなかった。ジルーシャはふと手を止める。
「こないだ、刺繍のアイデアを求めて、ちょっと遠足に行ったんだよ」
ジルーシャは、ボソボソと話し始めた。3人は静かに聞いている。
「怪魚の丘にさ、廃墟があるんだ。そのお屋敷に行くと暗闇に囚われるんだって。伝説のあるお屋敷って、インスピレーションがわくだろ?だから行ってみたのさ」
3人はしばらく待ってみたが、続きはなかった。
「え、それで終わり?」
「終わりだよ」
「そのお屋敷で何かあったんだな?」
「そうさねえ、特に何もなかったけど」
ジルーシャは思い出そうとするように目を瞑る。
「ああ、そうだ」
目を開けると、ジルーシャは穏やかな声で告げた。
「ボブの人形たちが歌ってるのと同じ曲を聞いたよ」
3人は顔を見合わせる。
「アタリだな」
「ええ」
「ジルーシャさん、その歌を聞いた後、目が見えにくくなったの?」
「いや?家に帰って何日か後に、急に目の前が薄暗くなって、指が固まっちゃったんだよ」
「えっ、指も?」
「まったく、思うように動きゃしない」
「それであんなことに」
ジルーシャは一瞬目つきを鋭くするが、すぐに目を落としてため息をつく。
「あたしゃもう終わりさ」
ティムは勢いよくジルーシャの腕を掴む。
「ジルーシャさん、待ってて、目が治るかもしれない」
「えぇ?」
「その為にフォレストを呼んだんだ」
「その相談所とやらは、本当に頼りになるのかい?」
「太鼓判を押すよ!」
「ほんとかねえ」
ジルーシャは胡散臭そうにフォレストのいる辺りを見上げる。フォレストは誠実に答えた。
「ともかく、現場を調べてみよう」
「行ってみるなら明日だねぇ。怪魚の丘はだいぶ遠いよー」
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