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姫は猫、魔法使いは大男  作者: 黒森 冬炎
第二章、万魔法相談所

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14、魔法細工師ティモシー

 ティムと呼ばれた茶色い頭の青年は、にこにこしながらこう言った。


「星乙女の人形が始源祭(しげんさい)に間に合わなくなりそうなんだよー。ねえ、レシィ、助けてよー」


 ちっとも助けが要りそうには見えない。


「チッ、なんでだよ」

「それがさあ、マントの刺繍が酷いんだよ」

「ジルーシャさんに何かあったのか?」

「それを調べて欲しいんだよー」


 フォレストは難しい顔をして頷く。


「わかった。話を聞こう」

「良かったぁ、ありがとうー」


 ティムはへにゃへにゃっと笑う。


「茶でも飲むか?」

「ん?要らない」

「そうか」


 2人は表通りへと開くドアの前に立ったまま話を続ける。プリムローズには、どこの誰がどうしたのか、サッパリ解らない。



「そっちの彼女の要件は済んだ?」


 後ろで飲み込めない顔をしていたプリムローズを気遣うように見て、ティムはフォレストに確認する。


「チッ」


 フォレストは面白くなさそうな顔をチラリと見せる。


「助手だと言ったろ」

「あれぇ、そっか、ごめぇん」

「それで、酷いってどうしたんだ」

「うん、その前に助手さん紹介してよ」

「チッ!助手だ」

「はあぁ?」


 ティムはフォレストの雑さに戸惑った。


「いや、レシィ、それいくらなんでも可哀想だよね」


 ティムはにこっと姫に笑いかけると自己紹介を始めた。


「初めまして、助手さん。僕はティモシーだよ」

「初めまして、プリムローズです」

「うん、よろしく、プリムちゃん」

「チッッ!」


 フォレストが思い切り舌打ちを響かせる。


「やぁだなぁ、レシィ、その短気治しなよぅ。自己紹介の間くらい大人しく待ってたら?」


 ティムはけっこう毒舌なのだが、嫌な感じは全くしない。


「もう終わったろ。さっさと状況を話せ」


 だが、フォレストには苛立たしかったようだ。プリムローズも、それ以上の自己紹介を今聞かなくてもいいような気がした。


「ええー、なにこの雰囲気。流石助手ちゃん。可愛い顔して、ボスに似たせっかちさんかなぁ?」

「!」


 プリムローズは赤くなる。


(似てる?似てるって仰ったわよね?レシィとわたくし!)

「え、ちょっと、プリムちゃんどうしたの?」


 ティムは目を丸くする。


「せっかち恥ずかしいの?信じらんないくらい可愛いんだけど」

「チッ、用がねぇなら帰れ」

「いや、依頼だって言ってんじゃん?言ってるよね?僕。さっきから」

「じゃあ、すぐ話せ」

「あー、もう」

「こっちのセリフだ」


 ティムはポケットから絹張りの薄い箱を取り出した。手のひらに乗るくらいで、長方形の青い小箱である。華奢な作りの箱に似合った小さな蝶番が二つ付いている。正面側には丸みを帯びた掛け金があった。蝶番も掛け金も青い。


「これなんだけどさ」


 ティムは言いながらカウンターへと移動する。フォレストとプリムローズもついてゆく。


「まあ、見てよ」


 ティムは小箱をカウンターの上に置くと、筋張った手先を器用に動かして蓋を開けた。


「どう思う?」


 中には、畳んだ布が入っているようだ。目の覚めるようなブルーのシャンタンに銀色の絹糸でごちゃごちゃと不規則な縫い目がついていた。


「え?これ商品なのか?」

「ね?そう思うでしょうー?」


 ティムは緊張感無く説明する。


「しかもこれ、今回持ってきた分全部こうなの」

「確かに酷ぇ」

「でも、それだけじゃないんだよ」


 ティムは一旦言葉を切って、布を箱から取り出す。小さいながらにしっかりとした仕立てのマントであった。縫いとり以外は。


「マントをダメにしちゃったんだし、ボブさんがジルーシャさんに、仕立て屋さんにも弁償してねってお願いしたんだけどー」

「当然だな」

「うん。ジルーシャさんたら、やだって言い出してさ」

「えっ?あのジルーシャさんが?」

「そう。あの几帳面なジルーシャさんが、こんな子供の悪戯みたいな仕上げしてくるのもおかしいしさ」

「普通じゃねぇな」

「だよねー」

「で、どうしたんだ」

「うん、レシィ呼んできてって頼まれたから、見本にこれ持ってここに来た」


 フォレストは振り向いてプリムローズに説明する。


「ボブさんは星乙女の人形を作ってんだ。マントの仕立てはミシェーリさんで、ジルーシャさんが刺繍してる。ティムは髪飾りを作ってる」


 星乙女の人形は、分業制のようだ。いわゆる裸人形にマントを着せつけ、髪飾りをつければ完成である。


「プリムちゃん、知ってる?髪飾りには幸せの魔法をかけるんだよ」


 星乙女人形の髪飾りは、星屑を思わせる輝石が魔法でチカチカ瞬くのだ。遥かな昔、星乙女がこの国に幸せを降らせたという伝説を元にした演出である。始源祭は、その伝説に由来した建国祭だ。



「ティムさんは魔法使いなのですか?」

「うん。魔法細工師」

「どんなお仕事なんでしょうか」

「人形専門の魔法装身具を作る職人だよ」

「まあ、そんなお仕事があるのですか」

「そ。凄いでしょ」

「チッ、今そんな話してる場合かよ」


 フォレストがティムの呑気な口振りを非難する。


「えー、そのくらい説明しとかないと」

「いいから、ボブさんとこ行くぞ」

「あ、うん。そうだね」


 ティムも流石に同意する。


「それでさあ、レシィ」


 表のドアへと向かいながら、ティムが不機嫌なフォレストに話しかける。


「なんだッ」

「怖いなあ、睨まないでよ」

「なんだよ」

「うん、ジルーシャさんが弁償もやり直しもしないって宣言したらさ」

「どうした」

「ボブさんとこの人形たちが一斉に歌い始めたんだよ」

「え?」


 フォレストはポカンとする。


「星乙女だけじゃないよ。あとは洋服を着せるだけのところまで出来てる人形たちが、全部」

「なんだそりゃあ」



 ティムがドアを開け、一同は朝の表通りへと出てゆく。大方の店々はもう開いていて、従業員が忙しく動き回っている。お城に出勤する人や、朝が遅めの職場へ通う人が、パン屋で昼食を買ってゆく。花屋が開店準備をしている。どこかの家から赤ん坊の泣き声が聞こえる。


 角をいくつか曲がって、狭い日陰の路地に入る。裏店は薄汚れた道に面してポツリポツリと並んでいる。擦り切れかけた服を着た子供たちが元気な声で走ってきた。靴には穴が空いている。


(魔法で何をしたいのか)


 フォレストの質問が胸に響く。


(経済の先生は、最低賃金を上げるのもエイプリルヒルみたいな小国では難しいって仰ったわ)


 幸いこの国は水が豊かで食べ物に困らない。貧しい人々でも健康だけは充分にあるのだ。建物の壁には魔法灯が下がっている。お城の魔法灯係が、お城の分を点け終わったあとで点けに来るそうだ。城下町の夜道は明るくて安全であった。


(外国には、食べるのにも困る人々がいるらしい)


 姫の誕生日にやってくる王子様がたの中には、支援目当ての国の人もいるだろう。


(魔法もだけど、婚約のことも考えなくちゃ)


 プリムローズの胸が痛む。


(そうよ。私は外国に嫁ぐんだわ)


 姫は大きな魔法使いの背中を見つめる。フォレストと離れなければならない日が来る。そう思っただけで、姫の美しい緑色の瞳には涙が滲む。



「プリムちゃん?裏町は初めて?」


 落ち込んだ様子のプリムローズに、ティムが励ますように話しかけてきた。


「いい服着てるもんねえ。お嬢様なんでしょ?」


 フォレストが眉を寄せる。


「ええ、まあ」


 プリムローズは曖昧に答える。今は姫としてではなく、フォレストの弟子で万魔法相談所の助手だ。


「びっくりしたでしょ?穴の空いた靴、別にだらしないわけじゃないんだよ?中にはそういう人もいるけど、だいたいは買えないだけ」


 明るい調子で淡々と述べるティムも、洗いざらしの簡単な服装をしている。


「でも、エイプリルヒルは他の国に比べたらずいぶんいいんだよ?僕たち魔法使いが頑張ってるからね」


 プリムローズも、こんな裏町まで魔法灯が明るく照らしている国は、エイプリルヒル王国以外に聞いたことがない。


(魔法はやっぱり素敵だわ)


 姫は改めて、フォレストみたいな大魔法使いになろうと決意を固めた。



 裏町を袋小路に逸れた時、羽虫の大群でもいるかのような唸りが聞こえてきた。


「聞こえた?あれだよ」


 見れば人形工房の看板がある。そこから聞こえて来るらしい。ティムは薄い板扉を開いて、中に声をかける。


「ボブさん、お待たせ〜」

「おう、遅いぞ」

「えぇー」

「フォレスト、来てくれたか」

「お早う、ボブさん」


 ドアを塞ぐフォレストの影から、プリムローズの金髪がはみ出す。


「んん?誰だ?」


 3人が工房内に入り、フォレストがプリムローズを紹介する。


「助手だ」

「プリムローズです」


 姫は腰を折って庶民風のお辞儀をした。


「ボブだ。よろしくなお嬢さん」

「よろしくお願い致します」


 場違いなドレス姿ではあるが、ボブは気にしない。


「ボブさんは、海外貴族にコレクターもいるほどの職人さんなんだよ」


 ティムがプリムローズの耳に囁く。


「チッ」


 フォレストはティムの肩を乱暴に掴んで距離を取らせる。


「何?痛いんだけど」

「早く本題に入れ」

「ほんと、その短気治してよ」

「チッ」


 ティムが口をへの字にすると、愛嬌のある顔立ちが歪んで笑いを誘う。フォレストが口を曲げると、厳つい顔の凹凸が目立って恐怖を呼ぶ。


(レシィ不機嫌も可愛い)


 プリムローズの忍び笑いに、フォレストが微かに頬を弛めた。ティムも口元を綻ばせる。フォレストは目の端にティムの様子を捉えて、また不機嫌に戻る。




 人形たちが呟くように歌っている。特に歌詞はなく、ハミングだ。


「見てくれよ、こんな品質のもん押し付けてさ」


 ボブが作業台に人形のマントを積み上げる。どれもティムが持ってきたのと同じ、星乙女人形の出来損ないマントだ。


「これじゃあ無理です、どうしたんですかって言ったら、ジルーシャさん、凄く怒って、最後は飛び出して行っちまった」


 ボブさんは小柄で小太りな中年男である。四角っぽい顔に疲労を見せてため息を吐く。奥のドアから、小太りの女性がお茶を運んできた。


「奥さんだよ」


 ティムに促されて、プリムローズは会釈する。フォレストはまた面白くなさそうに眉間の皺を深めた。



「マントの納品はいつ頃だ?」


 気を取り直してフォレストが訊く。


「1週間ほど前だな」


 ボブさんは一口お茶を飲む。


「今日、ティムが納品に来て、フォレストに相談することにした」


お読みくださりありがとうございます

続きます

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