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姫は猫、魔法使いは大男  作者: 黒森 冬炎
第二章、万魔法相談所

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11、姫は魔法の練習をする

 自室に戻ったプリムローズは、早速魔法の練習を始める。まずは、猫化の魔法を試す。姫は、魔法のドアを使えたことで自信がついた。フォレストにも見込みがあると励まされたではないか。プリムローズは、猫化の魔法はすぐに成功するに違いない、と意気込んだ。


(レシィの動作と、使った言葉はちゃんと覚えてるもの)


 姫は、手をごそごそ動かしながらブツブツ言っている。しかしマルタは控えの間に下がっている為、姫の奇行は誰にも咎められずに済んだ。


(おかしいわね)


 何回か試したが、何も起こらない。


(やっぱり杖が必要なのかしら?)


 フォレストの動作と短いことばを真似しただけではだめだった。プリムローズは入門レベルである。魔法使いとしては、駆け出しですらない。魔法を使える可能性がある一般人に過ぎなかった。


(いきなり大魔法使いと同じ方法じゃあ、駄目なんだわ)


 呪文もおそらく、フォレストと同じ言葉では魔法が成功しない。予想はしていたが、ちょっとガッカリする。


(そうだわ。料理長に聞いてみましょう)


 お城の料理長は、火の魔法が使える。


(ちょうど休憩時間の筈よ)


 プリムローズは、しょっちゅう厨房へ押しかける。料理長とは仲良しだ。休憩時間を把握しているし、休んでいる所を邪魔しに行っても許される仲だ。


(そうと決まれば)


 姫はするりと部屋を抜け出す。廊下を優雅に歩いてゆくと、壁の出っぱりを捻って秘密の階段を昇る。階段の先にある通路をぐるぐる回って、内壁にある小さな潜り戸を開ければ見張りの塔が見える。


 外壁側には扉はなく、鉄格子の嵌ったくりぬき窓があるだけだ。それもせいぜいプリムローズの頭が通る程度の大きさで、窓と窓との間隔も離れている。薄暗い壁の間をずっと行けば、降り階段に出くわす。


 幾度か折り返す階段を降りて、途中の扉に入る。すると別棟への渡り廊下が現れた。別棟の地下まで行くと、広い厨房に辿り着く。今の時間は副料理長が采配していて、料理長は休憩室にいる筈だ。


「遊びに来たわよ」



 休憩室の扉を開ければ、果たして料理長が遅い昼食を摂っていた。


「姫様、ご無事で何よりです」


 料理長が涙ぐむ。もちろん彼も、プリムローズが猫にされていたことを知っている。


「心配かけたわね」

「全くですよぅ」

「それより料理長、聞きたいことがあるのよ」


 プリムローズは、あっという間に話題を変える。料理長も慣れているので、そのまま姫の話題についてゆく。


「何でしょう」

「あのね、魔法のことなんだけど」

「はい」

「やっぱり最初は杖が必要なのかしら?」

「私はこの道40年ですけど、今でも杖が必要ですよ」

「ええっ、料理長おいくつなの?」


 姫は余計なことに食いつく。


「10で下働きに入りましたから、50になります」


 料理長は律儀に答えてくれた。


「あらぁ、10歳から火の魔法を?」

「ええ。親父はきこりだったんですけど、ある時偶然、師匠が森までピクニックに来たんです」

「師匠って、先代の料理長?」

「はい。それで、師匠が魔法で火を起こしてる所を見て」

「驚いたでしょ?」

「ええ」

「そうよね!私も初めて魔法を見た時は、本当にびっくりしちゃったもの」


 料理長は、姫が突然厨房に入ってきた日のことを懐かしく思い出す。


 姫が魔法を見たのは、その時が初めてだった。自室の魔法灯は姫が部屋にいない間に点いている。廊下や階段に点けているところも、その頃はまだ見たことがなかった。

 新年のお祝いは10歳から参加できる。姫がお城の探検中に厨房を見つけたのは5歳の時だ。急に扉をあけた小さな金髪の子供は、大きな杖で火を操る料理長を、思わず仁王立ちになって見つめていた。



「そうでしたね」


 料理長はにっこり笑うと、話を続けた。


「それで、思わず教えてくださいって頼んだんです」

「ええ?いきなり?」


 少年時代の料理長は、随分と勇敢だったようだ。


「見ず知らずの怪しい人に?」

「怪しくはないですよ」

「怪しいでしょう?だって、魔法、初めて見たんでしょ?怪しいと思わなかったの?」

「えっ、姫様は、初めて私の魔法をご覧になった時、私を怪しい奴だとお思いになったのですか?」


 料理長はやや傷つく。


「ごめんなさい、少し怪しんだわ」

「そうでしたか」


 料理長は肩を落とす。


「ね、それから?」


 姫に促されて、料理長は気を取り直す。


「やってみるかい、って言ってくれて」

「まあ、先代は良い人ね」

「はい。優しくて明るい人でした」

「私が生まれる前に亡くなったのよね」

「ええ。まだまだお若かったのに」


 2人はしんみりする。


「今ご存命なら、90です。姫様と私よりも歳は離れていましたけれど、師匠であり、第二の父であり、兄でも友達でもありました」


 料理長は師匠と本当に仲が良かったらしい。ただでさえ少ない魔法使いの中で、同じ魔法を使う同じ職業の人に出会えるのは、とても珍しいことだ。


「料理人にならなくても、火の魔法で出来る仕事はいろいろあるよ、と言ってくれて」

「でも料理人になったのね」

「はい。初めて会った時に火を操って料理を作ってくれた様子が、神秘的でカッコよくて、私もそんな人になりたいと思ったんです」

「なったわね」

「まだまだです。ぜんぜん追いつけていませんよ」


 2人の間に沈黙が落ちた。料理長は壁の高い所にある風穴から、穴の前に茂る草叢を見るともなく見る。



「魔法使いはみんな、師匠を見つけて学ぶの?」

「私のように突然出会う場合もあるし、知り合いの紹介だったり、自分から弟子を募集したり、色々です」

「師匠とお弟子は、職人さんみたいに一緒に暮らすのかしら?」

「それも色々ですよ。そもそも、職人さんでも通いのお弟子はいますしね」

「そうなの?」

「ええ。寝食を共にする場合もあれば、週に一度、月に一度などのレッスンで学ぶ場合もあります。そこは、みんな師匠と話し合って決めるんですよ」


 魔法使いの師弟関係は、かなり自由なようである。


「魔法使いは、子供であろうとも、互いを尊重しあうのです。実力と年齢や性別は全く関係ありませんからね」

「そういうの、いいわね」


 言ってから、ふとストーンを思い出す。


「でも、クランベリーデイルのストーンさんは、レ、フォレストさんを尊重していなかったわよ」


 プリムローズは思い出し怒りをする。


「いやあ、あいつはちょっと自由すぎますんで、参考にしないほうが良いですよ」

「あら」


 プリムローズは苦笑い。気まずい雰囲気を振り払う意味もあり、そのあと姫は肝心の質問をやっとする。


「ねえ、料理長さん、料理長さんは変身したことある?」


 しかし料理長は、火に関わる呪文だけでも沢山あって一生勉強だと言う。


「そうなの。忙しいのに悪かったわね。色々お話してくれてありがとう」

「いえ。またいつでもいらっしゃい」


 ちょうど料理長の休憩も終わる。プリムローズは残念そうに暇を告げた。



(料理長と先代の料理長が出会ったみたいに、わたくしとレシィも出会ったわ)


 フォレストはプリムローズにとって命の恩人でもある。


(教えてくださいってお願いしてみましょう)


 明日になれば、フォレストの家を訪ねることも出来るだろう。その方法について考える前に、プリムローズは、他の魔法使いにも一応聞いてみようと思いつく。


(お城にはまだ、何人かの魔法使いが務めているわ)


 プリムローズは、夕食までの数時間で会えるだけの魔法使いに会うことにした。まずは、既に仕事を始めている魔法灯係を探す。


「魔法の灯りに使う火はコントロールが難しく日々鍛錬です。それだけで手一杯ですねえ」

「そうなの」


 次に、庭園まで出掛けてゆく。散水係が嬉々として水を撒いていた。


「ただ撒けば良いってもんじゃあないんですよ?」


 散水係の話は長かった。要約すれば、とにかく散水が趣味なので、散水の魔法をひたすら改良しているということだ。それ以外には、水を撒く必要がある物や場所についての勉強に忙しい。他の魔法には興味がない。


 散水係と話し込んでしまったため、時間切れだ。夕食の時間になる。


(とりあえず食事をしなくちゃね)



 お腹が満ちてゆったりした気持ちになると、プリムローズは散水係と話した場所とは別の庭園に向かう。そこは、夕陽が美しい場所なのだ。プリムローズは、のんびりと夕陽の庭園を散歩する


 春の瑞々しい若葉を、暖かな色が染めてゆく。風は冷んやりと心地よい。灌木の花に蝶がくる。どこからかミツバチも飛んできた。細身の鳥が地面を突きながらぴょんぴょんしている。プリムローズは、お城で働くそれぞれの魔法使いに見せてもらった魔法のことを思い返す。


(こうして考えてみると、今までたくさん魔法を見ているわ)


 フォレストやストーンの魔法も思い出す。新年の祝いには、水晶宮のお爺さんもやってくる。


(大魔法使いにだって、3人も会ったのよ)


 彼らの特別な魔法も、呪文が聞きとれるくらい間近で見た。


(何かわかるはず。ヒントがあるはずだわ)


 うん、と小さく唸り、プリムローズは思い出す。


(それぞれ体の周りに何か渦巻いていた)


 七色の渦も思い出す。


 (あの、振り回されながら何もないような感覚は恐ろしかった)


 ぐるぐる振り回される感覚。そして、ただ1人渦の中に放り出されたような怖さ。


(猫になる時と少し似ていた)


 猫から人に戻るとき、絡まって固まった糸がほぐれるような感じだった。猫になる時も、一旦糸のようにほぐれてまたぐるぐる巻かれていく感覚だ。


 プリムローズ姫は、そぞろ歩きながら感覚を捕まえようとする。


(魔法のドアを開けた時は)


 渦の出入りで感じた流れを扉に向かって流すイメージだった。


(あれを自分に向かって、いいえ、自分の中だけで、流せば出来るかも)


 プリムローズの身体の中で、何かがゆらゆら動き出す。


(フォレストさんの魔法は、とっても頼もしかった)


 ストーンの魔法は本人同様騒がしくて自由だった。


(わたくしの魔法は……)


 巡回騎士が見ている前で、姫の姿がにゅるりと溶けて仔猫に変わる。夕陽が送る黄金色の波に揺れながら、マーマレード色に渦巻く長毛の仔猫が立っている。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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