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姫は猫、魔法使いは大男  作者: 黒森 冬炎
第二章、万魔法相談所
10/80

10、姫は魔法使いの渾名を手に入れる

 ストーンが窓から逃げてから何があったのかというと。フォレストは王様の依頼で追いかけてゆき、無事困った魔女を捕まえてお城に戻った。ストーンの処罰は、王様がその場で決めて言い渡した。


「魔法道具ひとつ没収だ。魔法便利屋、今から着いて行って何かひとつ取り上げろ」


 ストーンは不満爆発である。


「はあぁ?何即決裁判してんの?」

「お主は特別だ」

「そんな特別要らないね」

「すぐ決めないと逃げよるからなあ」

「権利侵害で直訴してやる」

「誰に?」


 最高権力者は目の前にいる。この国は一応法治国家だが、猫ご禁制の件でも解るように、王権は強固なのである。王様がやると言ったらやるのだ。駄目と言ったらできないのだ。


「国際魔法省連盟のトップにさ」


 ストーンは食い下がる。勿論王様は受け付けない。


「愚か者め。罪状は明白、時間をかけたところで変わらぬ」

「今回は現行犯です」


 フォレストが王様に援護射撃をする。


「目の前でプリムローズ姫様を仔猫化しました」

「何?」

「実は、姫様の猫化は一旦解けたのです」


 フォレストが解いたのである。正当な理由で城に戻るのを遅らせたのだが、今はその部分を省く。他にも言わない事はある。知らなかったとはいえ、姫を一晩自室に泊めた。これもいずれは追及されるだろうが、今話すのは控えることにした。


「左様か」

「ですが、ストーンを連行する時、こいつは一瞬の隙を突いてまた姫様を猫にしてしまったんですよ」


 ストーンは歯噛みする。


「こいつって言うな。失礼だろ」

「一国の姫を猫にするほうが失礼よ」


 プリムローズも黙っていられなくなった。


「猫ちゃんを虐待するからだろ」

「それ、きりがないからやめろ」


 フォレストは王様の前なのに、思わず眼を吊り上げて乱暴な口を利く。王様は厳かに告げる。


「わがエイプリルヒル王国法では、現行犯逮捕の場合は、関係諸省の最高責任者以上の者による即決裁判が認められている」


 度重なる嫌がらせを腹に据えかねた王城の面々が、ストーンに限っては、現行犯でなくとも連行できたら即決裁判にしようと決めていたのだ。そうは言っても、魔法使いの権利というものがある。


 魔法使いは稀少で有用な存在だ。魔法使いが、皆別の国へ行ってしまったら大事である。王様は、現場を押さえたこのチャンスを逃さない。


「クランベリーデイルの魔女、虹色ブローチの大魔法使いストーンよ。観念せよ。大人しく法に従え」

「魔法使いの権利は国際法で守られてるよ」


 ストーンは引き下がらない。


「悪辣な犯罪者を守る権利ではないぞ」

「国際魔法省連盟総本部は、各国魔法省の上位機関だよ」


 ストーンはさも馬鹿にしたように言う。


「いや、おまえ、国際法でも、魔法使いの品位に関する項目に引っかかるから」


 フォレストはにべもない。ストーンは鼻を鳴らして不満を表す。


「フンッ、偉そうに」

「感情論なんか通じないぜ」

「国の味方かよ。堕落した魔法使いめ」

「わあ、また何か幼稚なこと言いだしたわよ?」

「チッ」


 フォレストはとうとう舌打ちをした。


「だから、その舌打ちやめろよ」

「王様の前ぐらい、ちゃんと話せ」

「そうよ。せめて言葉遣いに気をつけなさいな」

「丁寧に言ったところで、結果はおなじだがな。魔法道具をひとつ没収だ」


 王様は改めて宣告する。


「王家の姫を猫に変え、城内を恐怖と混乱に陥れた件、誠に許し難い」

「なーにが。猫ちゃんをご禁制とやらにするほうが、誠に許し難いよ」

「魔法便利屋!」

「はい」


 王様は苛立ち、フォレストは二つ返事で承知した。騎士の1人が魔法使い用の拘束具を取り出す。手首につける魔法制御装置だ。フォレストは受け取って、さっさとストーンに取り付ける。虹色ブローチを賜わるレベルの大魔法使いには、実際あまり効果がない拘束具だ。しかし、王様側の意思表示にはなる。


「壊すなよ」

「するか。魔法道具壊したら(じゅう)魔法犯罪者になっちまう」

「いやお前、そろそろ王手だからな?」


 迷惑行為程度の(けい)魔法犯罪でも、度重なれば重魔法犯罪相当として国際魔法法で裁かれる決まりがある。重魔法犯罪者は、魔法使いの全権利を剥奪される。専用の魔法道具を使って、魔法を一定期間全く使えなくされるのだ。


「さっさと従え」


 フォレストはストーンの腕を掴んで、虹色の渦を使う。程なくフォレストだけが戻ってきた。手には木彫りの手鏡がある。楕円の縁を蔓苔桃の花が取り囲み、素朴にくびれた持ち手は蔓苔桃の枝と葉がデザインしてある。色はついていない。


「あら、かわいい」


 プリムローズは思わずにっこりする。フォレストの目尻が微かに下がる。


「通信手鏡です」

「よし」


 ストーンがようやく折れて自作の魔法道具を差し出し、事態は収束した。騎士が手鏡を受け取ると王様は、入ってきた時と同じ彩色も美しい重たいドアから出て行った。



 取り残された姫は、フォレストに話しかけた。


「あの、少しお待ちいただける?」

「わかった」

「マント、お返しするわね」

「おう」

「あら、でもこの部屋どこかしら」


 部屋には誰もいない。姫を自室まで案内できるのはフォレストだけのようだ。


「魔法の部屋だからな、王族と魔法使いは、ドアを開ければ好きなところに行かれるぞ」

「素敵!」


 プリムローズは緑色の眼を輝かす。フォレストはほんのり朱に染まる。


(何を照れているのかしら?可愛いわね)


「あ、もしかして、この部屋もフォレストさんが作ったの?」

「いや、違う。あと、レシィで良いぜ」

「レシィ?」

「ああ、気軽に呼びな」


 プリムローズは嬉しさにぼうっとしてしまう。その様子にフォレストの頬はすっかり弛んだ。


「レシィ」


 姫の愛らしい唇が静かに動いて呼ぶ愛称は、とてもそこにいる大男のものとは思えない程に甘い。


「うん?」

「練習よ、レシィ」

「何だ、練習って」


 フォレストは困り顔で文句を言う。顔は赤いままだ。


「じゃ、着替えてマントをお返しするわね、レシィ」

「おう」


 姫はダメ押しの渾名呼びを放つ。淡い想いを乗せた名前は、単なる呼び名以上の力を得た。見事に被弾した大きな魔法使いは、居心地悪そうに小声で返事をする。自分から申し出たのに、失敗したかな?と思ったようだ。


(でも、悪くねえな)


 2人の視線は柔らかく絡む。満足そうに笑みを深めたプリムローズは、王様が出て行ったドアを開き、自室に戻った。



 部屋では、姫のお側付きの侍女マーサが待っていた。


「姫様っ」


 マーサは泣き腫らして膨らんだ眼を、蒼白な顔の中で見開いた。


「申し訳もございません!王様の温情により、お咎めなしではございますが、姫様に危害を加えてしまい、どうお詫びいたして良いものやら」


 マーサは姫が猫になっていた朝、真っ先に追い出そうと騒いだ者だ。火箸で殴りかかったのもマーサだ。


「そうねえ、これからは猫に優しくしてくれたら、それでいいわ」


 プリムローズはサラッと言うと、いそいそとマントを脱ぐ。フォレストサイズの大きなマントである。森の中では一度、転びそうになった。うまくたくし上げてはいたが、やはり動きにくいのだ。


「菫色に銀でお魚が刺繍してあるお散歩ドレスを着るわ」


 姫の目元がほんのりと恋慕の色に染まるのを、若いマーサは見逃さない。


「あら、あら、姫様!うんとお洒落いたしましょうね」

「ダメよ、待たせてしまうわ」

「殿方は、自分のために時間をかけて頑張ってくれたってお喜びになりますよ」

「そんなはずないわ」

「いいえ、そうなのです」

「お父様も、お兄様方も、待たされるより早く会いたいって仰るわよ」

「照れてらっしゃるのですよ」

「違うわ。それに失礼よ。早くしてくださる?」


 プリムローズの周りにいる男性は、待たされるくらいならお洒落などしなくて良いと主張する。国の行事なら話は別だが、普段は待ちたくない。


(レシィもそのタイプではないかしら)


 姫は早速、心の中でもフォレストを愛称で呼ぶ。


(きゃあー、レシィですって)


 呼んでから恥ずかしくなる。


「姫様、お魚のドレスをお持ち致しましたよ」


 マーサは不満そうではあるが、姫の主張を通して手早く身支度を整えてくれた。


「ありがとう」

(あの部屋に行くには、あのドアを思い浮かべれば良いのかしら)


 姫は、魔法の部屋へと開く豪華なドアを思い出す。あのドアに触れた時、不思議な感覚がした。


(弱くだけど、虹色の渦を通った時と似た感じを受けたわ)


 姫は自室のドアに手を伸ばす。マーサが慌てて開けようとするのを制し、緊張した面持ちで押し開く。


「お待たせ致しました」


 ドアの向こうに傷んだ銀髪を見つけて、プリムローズは駆け寄りたい衝動を必死に抑えた。


「じゃあな」


 マントを受け取ると、フォレストはドアから出て行く。帰る背中に姫は問う。


「虹色の渦は使わないの?」


 銀髪の魔法使いは潜りかけたドアを押さえ、立ち止まって振り向く。そして、斜めに見下ろす形でプリムローズと眼を合わせた。


「あれ、あんまり好きじゃねえんだ」


 プリムローズも好きではない。


「ちょっと気持ち悪いだろ?急ぐ時には便利なんだけど」

「そうね」

「あと、逃げるとか逃がさないとかって時も使うな」


 フォレストが移動にあの渦を使ったのは、本日3回だ。猫の姿にされた姫を、猫が禁足と定められているお城について来させない為。捕らえたストーンを王城に連行する時。そして、ストーンを引き連れて罰則の没収品を取りに行く際だ。


「使わなくて済むなら、その方がいいわね」

「だな」


 フォレストは嫌そうに頷く。


「そういえば、姫様、随分と早く戻って来たけどよ、この部屋への扉は一遍で開いたのかよ?」

「ええ。難しいのね。かなり集中したわ」


 フォレストは感嘆の色を見せる。


「すげえな、姫様、魔法使えるんじゃねえの?」

「いえ?でも覚えたいわ」

「きっと出来るぜ」

「頑張るわ」

「それじゃ、またな」

(またな?また、なのね?)

「ええ!またね、レシィ」


 姫が満面の笑みで挨拶を贈れば、フォレストは唇をもぞもぞさせて笑う。プリムローズの目の前がキラキラと極彩色に輝き始める中で、大きな背中は扉の向こうへと消えた。


お読みいただきありがとうございます

続きます

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― 新着の感想 ―
[良い点] レシィ。 愛称呼びっていいですね。くちびるがもぞもぞします(笑) フォレストが愛称を許した瞬間にときめいて、姫が呼んだシーンは「ひょっほい」って小さく叫んじゃいましたから(/ω\*)※人前…
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