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とある茶番劇の華麗ならざる舞台裏  作者: 海野宵人


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校内美化作戦 (2)

 女子の部には、ティアナがひとり、イザベルが三人を勧誘してきた。これで謝礼用クッキー準備係は、無事に八名がそろうことになった。


 男子のほうは、募集開始の初日に各学年とも十名弱ほどの応募があったそうだ。

 奨学生を中心に、帰省のときにヴァルターが船に招待した顔ぶれがほとんどだった。活動の中心人物のひとりにヴァルターがいることから、お礼の気持ちも多少はあっただろうし、こうした奉仕活動に参加しておくと卒業時の評価に加点してもらえるかもしれないという打算も働いたようだ。


 それでもまだ最低人数に足りない。

 どうしても応募数が足りないままなら、最終日あたりに模範生に勧誘を頑張ってもらおう、という話になっていたのだが、二日目には各学年十名を越える応募があった。


 何とか十分な人数が集まってホッとしていたところ、三日目で様相が変わった。

 応募の勢いが落ちるどころか、さらに勢いを増し、なんと一気に上限人数を突破したのだ。

 あらかじめ上限を決め、先着順と周知してあったからよかったようなものの、そうでなければ混乱を招きかねない事態だった。


 なぜ急に応募が増えたのか。

 その理由は、クッキーだ。


 放課後に調理室から甘いにおいが漂ってくるのに気づいた男子学生たちは、女子学生たちがクッキーを焼いていることを嗅ぎつけた。そしてそのクッキーが美化運動への参加の謝礼として配られると聞いて、俄然やる気を出して応募してきたわけだった。

 翌日にはその話が広まり、さらに応募が殺到することになる。

 まさにヴァルターが言うところの「餌」に食いついた結果なのだった。


 そのいきさつを聞いたレーナは、ちょっと笑ってしまった。

 われ先にと必死になって応募するほどクッキーが欲しかったのか。何の変哲もない、小麦と砂糖とバターで作る伝統的で素朴なクッキーにすぎないのに。


 参加人数がふくれ上がってしまったため、クッキー作りはその後も二回ほど追加で行われた。

 そのたびに未練がましく「追加募集はないのか」と模範生に問い合わせがあったと聞いて、レーナはまた笑ってしまった。いったい、どれだけクッキーがほしいのか。

 少年たちにしてみると「女子学生の手作り」かつ「女子学生からの手渡し」というところに大きな付加価値があるのだが、レーナにはそこが全然わかっていない。


 しかし、全然わかっていないレーナにも、ひとつ思いついたことがあった。

 クッキー作りで余ったクッキーは、作り手の女子学生たちに分配される。レーナは自分の分を寮の自室に持ち帰り、その中から形のよいものを取り分けて小さな紙袋に詰めた。これを当日までとっておくのだ。


 いそいそとクッキーを袋詰めしている相棒を見たアビゲイルは、楽しそうに笑みを浮かべた。けれどもクッキーについては、何も尋ねたりしない。尋ねるまでもなく、レーナが何を考えているのかはだいたい想像がつくからだ。

 だから何も言わずに、手持ちのリボンをレーナに手渡した。


「はい、これ。あげる」


 リボンを受け取ってきょとんとしているレーナに、飾り結びのやり方を実演しながら、袋の口をリボンで結わえて飾ることを教える。


「ほら、こうするとちょっと華やかでしょ」

「ほんとだ。アビー、ありがとう!」


 校内美化作戦の実施日になると、レーナはすっかり手持ち無沙汰だった。

 参加者全員分のクッキーは、前日までにすでに焼き上げ、ひとり分ずつ小さな紙袋に小分けに詰めてある。あとは渡すばかりだが、先渡しではなく終了時に渡すことになっているので、それまで暇なのだ。


 手持ち無沙汰なのはレーナばかりでなく、クッキー作成に関わった女子学生全員だ。

 片づけの作業は終了時刻をあらかじめ決めてあるので、その時刻の少し前にクッキー配布場所に集合することになった。クッキーの配布場所は、図書館二階にある自習室だ。


 ただし、時間前に作業が終わることもあり得るので、レーナとアビゲイルだけは自習室で待機することにした。寮に戻ってもどうせ勉強しかすることがないので、勉強する場所を自習室に変えただけである。

 出入り口近くの席に座り、クッキーは隣の空き机の上に置いた。厨房から借りたふたつのかごの中に山積みになっている。ひとりあたりのクッキーは六枚ずつなのだが、たったそれだけでも百六十人分となると結構な量だ。


 いつもであれば、自習する学生たちの姿がちらほらと室内に見受けられるはずだが、今日に限ってはレーナとアビゲイルしかいない。日常的に自習室を利用するような真面目な学生は、もれなく今回の活動の有志として志願しているからだ。


 片づけ作業は最長四時間の予定になっていたが、二時間ほど経過したところで、がやがやと男子学生たちが二階に上がってきた。早くも図書館の整理が終わったようだ。


「お疲れさまでした」


 ねぎらいの言葉をかけながら、ひとりずつ手渡す。

 四十人いる図書館担当の学生たちの最後尾は、顔見知りの同級生だった。暇はたっぷりあるので、ねぎらいの言葉をかけた後に少し雑談をした。


「お疲れさまでした。予定よりずいぶん早かったのね」

「うん。人数も多かったからね」


 ひとりひとりに分担する書棚が割り当てられ、その棚の本を並べ直したり、そこにあるべきでない本を本来の場所に戻したりしたのだそうだ。


「あるべきでない場所に置かれた本って、そんなにあるものなの?」

「そこまでじゃないよ。でも、どの棚にもだいたい一、二冊はあったかな」


 シリーズものではない、単行本の置かれた棚は特に迷子の本が紛れ込みやすいらしい。


「それでも間違った場所に置かれているだけなら、まだいいんだよ。正しい位置に戻せばいいだけだから。だけど蔵書票のない謎の大型本が見つかったのには、まいった」


 蔵書票とは、その本が誰の蔵書であるのかを示すために本に貼り付けられる、紋章などの図柄を印刷した紙片のことである。たいていは表紙、または裏表紙の内側に貼り付けられる。学院の蔵書票は、校舎を正面から見た図が楕円の中に描かれ、その楕円を縁取りするように学院の正式名称が配置されたものだ。


 学院の図書館の本であれば、必ずこの蔵書票が貼られている。にもかかわらず、図書館の書棚の中に、蔵書票のないものが見つかったのだと言う。図書館の最奥にある棚の最下段のすみに、旧版の百科事典に隠れるようにして置かれていた。その本には司書たちもまったく覚えがなく、困った末に今回の活動の監督係を務めているハインツに預けたそうだ。


「それはまた、大変お疲れさまでした」

「いやいや。ずっとここで待機している君たちこそ、お疲れさまだよ。それじゃ、お先に」


 雑談を切り上げた同級生が去っていき、レーナたちはまた勉強にもどる。

 しばらくは静かに勉強に集中していたが、約束の時間の三十分ほど前にイザベルやティアナなど他の女子学生たちが集まってきた。レーナとアビゲイルは勉強を中断し、合流した少女たちとおしゃべりに興じていれば、あっという間に時間がすぎていく。


 やがて片づけの終了時間が過ぎ、作業を終えた男子学生たちがクッキーを受け取りに三々五々訪れた。図書館組の応対をしたときと違い、今度は渡す側が八人もいるので、行列ができることもない。滞りなく次々と手渡していけば、ほどなくして全員に渡し終わり、かごはふたつともきれいに空っぽになった。


 イザベルとティアナはそれぞれが勧誘した友人たちに、協力してもらったことへの礼を伝え、この場は解散となった。

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