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とある茶番劇の華麗ならざる舞台裏  作者: 海野宵人


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第五回シナリオ対策会議 (2)

 この場にいる中で、ただひとりこの話を今始めて聞いた監督生ティアナは、賞賛のまなざしをレーナに向けた。レーナにしてみると、その視線に良心がちくちくと刺激されて、心が痛い。


 ハインツはそのまま話を続ける。


「そういうわけで、それなりの進展はあったんだけど、まだ背後関係と偽署名の入手先が明らかになっていなくて捜査は継続中なんだ。犯人を警戒させないよう、報道規制を含めて徹底的に情報統制してるから、そのつもりでお願い」


 シーニュから送り込まれた間諜の逮捕という、国際的にも影響の大きそうな事件であるにもかかわらず新聞沙汰にならなかったのは、王宮からの圧力があったためらしい。


 レーナにとってはいろんな意味で口外したくない事件なので、こうして正式に箝口令が敷かれるのはむしろありがたかった。それを口実にして口をつぐむことができる。


 ここまで話してから、ふたたびハインツは言葉を切って参加者を見回す。そして全員が箝口令を承知してうなずいたのを確認してから、次の話題に移った。

 偽書簡に関わる報告はここまでで、ここからは学生たちの担当分の話だ。

 残っている項目は、もう多くはない。


「じゃあ、次はエーリヒ卿の署名入り文書についてなんだけど、まあ、ご存じのとおり進展は今のところ何もなし」


 ハインツは困ったように肩をすくめて見せるが、正直、誰も進展があるとは期待していないので落胆することもない。


「それで、今後どうしていくか相談したいんだ」


 相談内容が漠然としすぎていて、参加者たちも意見の出しようがなく、しんとしてしまう。

 その静寂を破って、アロイスが声を上げた。


「まず、期限を切ろうよ」

「期限?」

「うん。前回は、自然発生を待ちたいから当面は様子見をしようってことで、様子見の期限を期末試験が終わるまでに設定したよね」

「うん」

「今回も、具体的に打てる手は誰も思いつかないだろうから、まだもうしばらくは自然発生を待ちたいって結論になると思う。となると、いつまでなら様子見をしていて大丈夫なのか、期限を先に切っておくべきだと思うんだ」

「確かに」


 シナリオで起こることになっている最後の出来事は、約半年後に開かれる卒業夜会だ。

 様子見する期間は、最長で夜会の二か月前までとすることになった。この二か月という数字に、特に根拠はない。単に「二か月もあれば、冤罪対策は大人たちが何とかしてくれるんじゃない?」という、大変に他力本願な見通しから適当に出された数字である。

 期限までにシナリオどおりの出来事が起きなければ、そのときは自分たちで起こそう、ということになった。


 ここまで決めて、話し合いを終わろうとしたとき、おずおずとレーナが声を上げた。


「ひとつだけ、思いついたことがあるんですけど」

「お。なになに?」


 即座にハインツが反応した。その視線があまりにも期待に満ちていて、レーナはひるむ。

 彼女が怖じ気づいたのを見てとったハインツは、苦笑した。


「ごめん。焦ってたものだから、つい。どんなことでもいいから、教えてよ」

「単純な考えで、効果が出るかもわからないんですけど」

「うん、いいよいいよ。教えて」

「シナリオでは、ごみ捨て場で文書を見つけることになってますよね。だからごみがたくさん出るようにしたら、見つかる確率も上げられるんじゃないかと思ったんです」


 具体的に言うと「校内美化運動」と称して、教科ごとの準備室や図書室の整理を行う。整理とはすなわち、古くなったり不要となった本や書類の廃棄である。

 特に準備室は、どの教科も書棚に入りきらない本や書類で足の踏み場もないようなありさまのことが多く、整理すれば相当量の紙ごみが出るはずだ。


 レーナがこれを思いついたのは、冬休みにジーメンス邸の図書室に通っていたときのことだった。

 ジーメンス邸では、過去一年分の新聞を図書室に保存している。そして年末になると、最近一年分だけを残し、前年分の新聞をまとめて廃棄する。レーナが訪れたときにちょうどその廃棄作業をしているところに遭遇し、そんな事情をアロイスから説明されたのだった。


 一年分の新聞は、まとめるとなかなかの量になる。

 もしも学院でもこんな風にたくさんの紙ごみが出せれば、シナリオが実現する可能性もあるんじゃないだろうか、と彼女は考えたのだ。


 レーナの説明を聞いたハインツは、ゆっくりうなずいた。


「なるほどね。試してみる価値は十分ありそうだ」


 少し考えてから、アロイスに向かって言葉を続けた。


「僕とアロイスとで見つけることになってるから、ふたりで頑張ってみようか」

「おい、待て待て。ふたりでちまちまやるんじゃ負担がでかすぎるし、時間がかかって非効率だ。こういうのは、人海戦術で一気に片づけようぜ。ふたりは監督して回ればいい」


 アロイスと相談しようとしているハインツに、ヴァルターが呆れたような声で割って入った。

 これに関しては、レーナもヴァルターに賛成だ。ごみの中から「ジーメンス公の署名入りの文書」を見つける人と、ごみ出しをする人が同じである必要はない。それよりは量が重要のような気がする。

 レーナだけでなく、ティアナとアビゲイルもヴァルターに賛意を示した。


 こうして、全校を挙げて校内美化に取り組むことが決定した。


 まずは片づけの方針を決めるために、各準備室の下見を行う。下見は手分けして行うことになり、ハインツが分担を割り振った。

 教員への協力要請は、学院長が引き受けてくれた。教員の協力と言っても、実際に身体を動かすのは有志の学生たちなので、教員は処分してよいものの指示と確認をする程度である。


 下見の結果を持ち寄った後、男子学生の有志を募って片づけを行うことになった。

 発案者のレーナも当然参加するつもりでいたのだが、ヴァルターはその考えに対して首を横に振った。


「基本的に力仕事ばっかりだから、男の仕事だよ」

「私だって、結構力持ちよ?」


 レーナの主張は、ヴァルターに鼻で笑ってあしらわれた。

 そりゃ、ヴァルターに比べたら全然だけれども、それを言ったら男子だって力でヴァルターにかなう者などほぼいないだろう。そう不服に思う気持ちが顔に出ていたようで、ティアナが軽やかな笑い声を上げた。


「では、わたくしたちは自分たちの得意なことで支援しましょうか」


 もちろん出来ることがあるのなら、協力することにやぶさかではない。

 何だろうと、期待を込めた視線をティアナに向けて首をかしげると、ティアナは微笑みながら提案した。


「協力してくれた有志たちへのお礼として、クッキーを焼くのはどうかしら」

「おお、いいなそれ! そういう餌があると、釣りやすくなって助かるわ」

「お兄さま、言い方がひどい」


 ヴァルターの言いようにみんな思わず吹き出したが、ティアナの提案自体はもろ手を挙げて賛成された。

 あとは実行あるのみだ。

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金色に輝く帆の船で
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