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とある茶番劇の華麗ならざる舞台裏  作者: 海野宵人


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冬休み (1)

 冬休みに入って三日目の朝、約束どおり迎えに来たアロイスとともにジーメンス邸を訪れたレーナは、到着するなりまっすぐ図書室に向かった。

 やはり、この家の古美術品目録は面白い。


 レーナが目録を読み始めると、アロイスは少し離れた場所で自分も本を読んだり、何か調べ物をしたりしている。特に必要がない限り声をかけたりせず静かに放っておいてくれるので、心置きなく没頭できた。


 まるで当たり前のように毎朝アロイスが迎えに来てくれるので、ジーメンス邸に通うこと三日目にして、ついに分厚い目録を読み切ってしまった。


 目録を閉じると、音に気づいたアロイスが顔を上げて、ねぎらった。


「お疲れさま。それ以外は貸し出せるから、読みたいものがあれば言ってね」

「ありがとうございます」


 一応礼を言ったものの、数日に渡ってずっと根を詰めて読書に励んだおかげで、身体がこわばってしまった気がする。静かにのびをしていたら、アロイスが笑って声をかけた。


「久しぶりに外乗にでも行く?」

「あ、行きたい」


 ハーゼ領にいたときにはよく乗っていた馬も、学院に入学してからは夏休みくらいしか乗る機会がなかった。王都では田舎のように馬を駆けさせたりはできないだろうが、それでも馬の背に乗って外に出るという提案は魅力的だった。


 けれどもレーナは本を読みに来ただけなので、乗馬ができるような服装ではない。正確には、乗って乗れないこともないのだが、この季節に馬で外出できるような防寒具を持参していなかった。

 しかしそれも、アロイスが解決してしまった。イザベルのコートを貸してくれたのだ。


 借り物の防寒具に身を包み、借りた馬にまたがる。

 女性の乗馬は横乗りが一般的だが、レーナは横乗りなんてしない。普通にまたがる。

 久しぶりに馬の背に乗ると、身が引き締まる気がした。単に冬の空気が冷たかっただけかもしれないが。


 従者をひとり伴って、アロイスと一緒に並足で大通りを進む。

 吐く息は白いが、うららかによく晴れていてあまり風もなく、外乗に出るには絶好の天気だった。街路樹はすっかり葉が落ちていて、むき出しの枝は日差しを遮ることがなく、まるで馬の上で日なたぼっこをしているかのようだ。


 通りにはところどころに屋台が出ていた。

 その中で、焼き栗の香ばしい匂いがレーナの鼻をくすぐった。


 焼き栗の屋台が出るのは、だいたい十月から十二月にかけてだ。栗の収穫期は十月頃なのだが、採れたてが一番おいしいかというと、実は違う。栗は寒冷な場所に寝かせておくと甘味が増すため、出回り始めの頃よりも、寒くなったこの季節に売られているもののほうが甘味が強くておいしいのだ。


「焼き栗を召し上がったことはありますか?」

「焼き栗?」


 レーナの質問に、アロイスは首をかしげた。レーナの予想どおりの反応だ。そもそも焼き栗がどんなものだか知らないのだろう。


「あそこに屋台があります。買って、ベンチでいただきませんか。おいしいんですよ」


 いつもはアロイスに教わってばかりだが、庶民文化ならレーナのほうがずっと詳しい。


 レーナはアロイスの返事を待たずにするりと馬から降り、手綱を従者に預けて屋台に足を向けた。アロイスも馬を降りてレーナの後を追う。一般的な貴族なら、こういうときは従者を遣いにやって自分で直接購入したりはしないものだが、アロイスはレーナの意思を尊重した。


「いらっしゃい! あまーい栗だよ! おいしいよう!」

「三人分ください」

「へい、毎度ありい!」


 店主が威勢のよい声を張り上げ、八つ切りにした新聞紙を円錐状に丸めた中にザラザラと栗を入れたものを、三つ渡してきた。

 レーナがポケットから小銭入れを取り出す前に、さっとアロイスが支払ってしまう。


「あ。ありがとうございます」

「どういたしまして」


 レーナは焼き栗の入った新聞紙のひとつをアロイスに渡し、ひとつを従者に渡そうとしたがやんわりと断られた。


「職務中ですので、お気持ちだけいただいておきます」

「だったらお土産にどうぞ。今の季節が一番おいしいんですよ」


 もう三人分買ってしまったので、少々強引でも押しつけようとしていると、アロイスが従者の耳もとで何かささやいた。すると従者は笑みを浮かべて、レーナに向かって小さくうなずいた。


「ありがとうございます。いただきます」


 馬の手綱を従者に預けたまま、レーナとアロイスは手近なベンチに腰を下ろした。食べ方がわからず途方にくれた様子で焼き栗をひと粒つまみ上げたアロイスに、レーナは栗のむき方を実演しながら説明する。


「簡単ですよ。こうして割れ目に指をかけて両側に引っ張れば、ほら、ぱっくり割れてきれいに中身が取り出せるんです」

「なるほど」


 手もとがよく見えるよう、アロイスに身を寄せて実演していたのだが、説明を終えてアロイスのほうへ振り向こうとしたら、レーナの手もとに顔を寄せて真剣に見つめているアロイスの顔がすぐそばにあって、レーナの心臓は大きく跳ねた。


 頬が赤らむのを感じて、むいたばかりの栗を照れ隠しにアロイスの手に押しつける。


「はい、どうぞ」

「ありがとう」


 アロイスは柔らかく微笑んで栗を受け取り、口に放り込んだ。


「本当だ、甘いね。おいしい」

「でしょう?」


 相づちを打ちながら次の栗をむいていると、焼き栗の屋台の店主が呼び込みの声を張り上げた。


「さあ、いらっしゃい、いらっしゃい! 舌の肥えた若さまやお嬢さまも大満足の、あまーい栗だよ! おいしいよう!」


 さっそく呼び込み文句のネタにされている。その商魂たくましさに、レーナは吹き出した。


「アロイスさま、商売に利用されてますよ」

「うん」


 アロイスも屋台のほうを振り向いて笑った。

 面白いことに、まるで店主の売り文句に引き寄せられるかのように、通りを歩く人々が屋台に寄って行く。見る間に数人の行列ができてしまった。


「よし、むけた。さあ、どうぞ」

「ありがとうございます」


 アロイスがむいた栗を手渡してきたので、礼を言って口に入れる。

 不思議と自分でむいたものより、甘く感じた。


「おいしい」

「ね」


 栗を手にしたふたりのその幸せそうな笑顔こそが何にもまさる効果的な宣伝となっているのだが、そんなこととはつゆ知らず、しばし季節の味覚をふたりで楽しんだのだった。

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金色に輝く帆の船で
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