表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
とある茶番劇の華麗ならざる舞台裏  作者: 海野宵人


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

68/96

剣術大会 (3)

 出場する男子学生たちは、全員が一様に白いユニフォームを着用している。何だかちょっと着ぶくれして見えるのは、ユニフォームの下に保護用の胸当てを着けているかららしい。


 全身が真っ白な上に、頭部をすっぽり覆う保護用のマスクまで着用すると顔も髪も隠れて見えず、試合中は誰が誰やらさっぱり見分けがつかない。


 試合は、レーナの正直な感想としては最初「ふーん」以外には何もなかった。何しろ、ルールさえよくわからない。

 そんなレーナに、試合を見ながらアビゲイルが解説を加えつつルールを教えてくれた。基本的には、制限時間つきの点数制で勝敗が決まる。五点先取したほう、または制限時間内に取得した点数の多いほうが勝ちだ。


 アビゲイルのおかげで、同級生の試合が進むうちにはレーナにもおおよそのルールが飲み込めた。

 一年生と二年生の試合は一時間ほどですべてが終わり、三年生と四年生の試合が始まる。


 四年生の試合開始前に、我慢できずにレーナは対戦表を確認しに行った。また初戦でヴァルターとアロイスが対戦したらどうしようと、ずっと心配だったのだ。でも、今回は違った。

 ハインツ、アロイス、ヴァルターは、それぞれ初戦では別の相手と対戦することになっていた。この三人が順調に勝ち進めば、準決勝でハインツとアロイスが対戦し、決勝でそのどちらかがヴァルターと対戦することになる。


 四年生の最初は、ヴァルターの試合だった。

 ヴァルターの試合は、あっという間に終わってしまった。兄が強いという話は聞いて知ってはいたけれども、試合を目の当たりにすると、その強さがよくわかった。


 ヴァルターは、非常に体格に恵まれている。背はかなり高いほうで、肉付きもよく、筋肉質でがっちりしている。体格に見合った筋力があり、それでいて俊敏だ。だから試合にはとても迫力がある。迫力はあるのだが、展開が速すぎて何がなんだかよくわからないうちに立て続けに点数を稼いで、試合が終わっていた。普通は多少は打ち合いがあるものなのに、ヴァルターの場合はほとんど一撃で終わる。


 試合が終わってもしばし呆然としているレーナに、アビゲイルは笑った。


「だから言ったでしょう、強いって」

「うん。よくわかんないけど、何かすごかった」


 ハインツは、五試合目に登場した。

 これまで何度聞いても「ただ負けないだけ」というのがどういうことか想像できなかったのだが、試合を見てやっと理解した。確かに負けない。でも強そうじゃない。ちょうどヴァルターの真逆だった。


 ハインツは幼い頃はヴァルターと同じく長身なほうだったのだが、成長した現在はほぼ平均どまりだ。肉付きのよいほうでもなく、やせ型で、あまり力強そうには見えない。実際、試合運びも見た目どおりで、特別に敏捷性が高いわけでも力強いわけでもない。しかし相手の攻撃は、確実に退ける。

 だから一瞬で片が付くヴァルターとは逆に、試合が長い。


 互いに攻めあぐねてコートの中を動き回る、言ってみれば持久戦となるのだ。

 見ていると、時間の経過につれて対戦相手の動きが鈍ってくるのに対して、ハインツはまったく変わらない。そして着実に点数を重ねて勝利した。


 試合が終わるとマスクと手袋を外して対戦相手と握手をするのだが、額に汗が光っているのは対戦相手のみで、ハインツはと言えば少しも呼吸を乱すことなく涼しい顔をしていた。力と速さで勝てなかったとしても、持久力勝負なら負けない、ということのようだ。


「やっとアビーの言ってた意味がわかったわ」

「でしょ?」

「でもやっぱり、お強いと思う。粘り強さが人並み外れているもの」

「まあね。さすがは昨年の優勝者ってところよね」

「うん」


 アロイスが登場したのは、一回戦の最後の試合だった。

 試合が始まってレーナが驚いたことに、アロイスの剣技はヴァルターと似ていた。ただしヴァルターが見るからに力押しなのに比べると、鋭さが加わってさらに容赦がない。


 勝負だから当然と言われればそのとおりなのだが、あんな風に殺気というか攻撃性をむき出しにして対峙されたら、こわくて泣いてしまいそうだ。普段の穏やかさからはおよそ想像もできなかった迫力に、レーナは身震いした。

 アロイスも一回戦は難なく突破した。


 その後も三人は順調に勝ち進む。

 準決勝戦は、ヴァルターがさっさと決勝進出を決めた後に、ハインツとアロイスが対戦した。

 アロイスはハインツに得点を許さず、猛攻を重ねて着実に点を取って行ったが、ハインツはハインツでそう簡単には得点させない。最終的にはアロイスが勝利したが、試合時間は制限ぎりぎりだった。


 レーナは試合中ずっと無意識に息を詰めていたようで、勝敗が決すると大きく息をついた。アロイスは恐ろしく強かったが、ハインツにも感心した。たとえまったく得点できなくても、最後の最後まで諦めることなく手を抜かないあの粘り強さはすごい。しかも、あの持久戦の後でも少しも疲れを見せないのだ。


「これで、アロイスさまの最終戦出場は決まりね」

「うん。よかった」


 おかしな「突発事故」が起こることなく、つつがなく試合が進んだことにレーナは心からホッとしていた。


 準決勝戦が終われば、続いてすぐに決勝戦が始まる。

 ヴァルターとアロイスは、見た感じではほぼ互角だった。展開が速いのは相変わらずだが、点を取ったり取られたりしながら試合が進み、最後はヴァルターが押し切る形で勝利した。


 これで予備戦は終了である。

 昼食をはさんで休憩を入れ、最終戦は午後からの開始となる。


 レーナとアビゲイルは、ヴァルターとアロイスに祝福とねぎらいの声をかけていた級友たちが散っていくのを待ってから、ふたりに近づいて声をかけた。


「お兄さま、優勝おめでとう! アロイスさまもお疲れさまでした」

「おう。アロイスはまあ、疲れただろうな」

「うん。疲れた」


 苦笑いしながら額の汗を袖でぬぐうアロイスは、確かにヴァルターよりも汗ばんでいるように見えた。レーナがハンカチを差し出すと、アロイスは一瞬ためらったが笑顔で礼を言って受け取った。


「頑張った兄の汗も、心配してくれていいんだぞ」

「ごめんなさい、お兄さま。一枚しかありません」


 レーナをからかっているヴァルターに、アビゲイルが笑いながらハンカチを差し出す。


「かわいい妹からじゃなくて申し訳ありませんけど、よかったらどうぞ」

「あ、いや……。催促したつもりはなかったんだ。でも、ありがとう」


 ヴァルターはちょっぴりきまりが悪そうに、照れ隠しのような苦笑いを浮かべてハンカチを受け取り、汗をぬぐうと、妹たちに声をかけた。


「さて、食事に行こうか。腹減ったわ」

「そうだね」


 何となく兄たちと一緒に昼食をとる流れになったのを感じて、レーナとアビゲイルは顔を見合わせた。そしてどちらからともなくうなずき合い、おとなしくふたりについて食堂ホールに向かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
▼ 童話風ラブファンタジー ▼
金色に輝く帆の船で
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ