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とある茶番劇の華麗ならざる舞台裏  作者: 海野宵人


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レンホフ家の家庭料理 (2)

 すっかり調子に乗ったノアは、嘘とまでは言えないが真実からはほど遠い解説を客人たちに披露した。

 それを呆れまじりに苦笑しつつ見守っていると、さりげなくレベッカ夫人がアロイスに近づくのに気がついた。夫人はからかうような笑みを浮かべて、アロイスに何か耳打ちする。しかしそれに対してアロイスは迷惑そうに眉をひそめ、硬い表情で小さく首を横に振った。


 アロイスのそんな表情は珍しい。

 いつもは落ち着いていて大人びて見えるのに、その顔はまるで年齢相応の少年のようで、ちょっと面白い、とレーナは思った。じろじろ見たら失礼なので、あまり視線を向けないように、でも何だか気になるので意識だけは向けていたら、レベッカ夫人が呆れたようにくるりと目を回し、アロイスに小声で小言を言う声が聞こえてしまった。


「もう、何をのんびりしているの。てっきりお話が進んでいるとばかり思っていたわ。これじゃご挨拶するどころか、ただお食事をたかりに来たようなものじゃないの。しっかりしてちょうだい」

「わかってますよ」


 辟易したように返事をするアロイスに、レーナは事情を知らないながらも同情した。


 いったい何の話をしているのかさっぱりわからないが、アロイスはやらなくてはならないことを後回しにするような性格ではない。やるべきことは、必ずきちんとやる。ただし何ごとにも慎重で、事前の手回しをしっかりするから、どうしたって段取りには時間がかかるのだ。でも、それは仕方のないことだとレーナは思う。なのに、それを責めたら気の毒だ。拙速にことを運ぶよりよほどよいではないか。

 とは言え、もちろん口をはさむわけにはいかないので、胸のうちで思うだけにしておく。


 やがてノアの独擅場が終了し、食事ホールに移動した。

 いったいどんな料理が出てくるのか、誰もが興味津々だ。客人はもちろん、レンホフ家の面々も一応事情は聞き及んでいるので「レンホフ家のいつもの食事」がいったいどんな進化を遂げた料理となって出てくるのか、内心わくわくしていた。


 執事長のマルセルが、澄ました顔で給仕を始める。

 その顔を見て、レーナにはわかってしまった。これは間違いなく料理長とグルだ。


「前菜は、旬の野菜のゼリー寄せでございます」


 レーナは目の前に置かれた料理を見て、目を瞬いた。レーナの好物である煮こごりの中に、色とりどりの野菜がちりばめられている。見た目に美しいが、貴族の食卓で一般的に好んで使われるフォアグラなどの高級食材は一切使われていない。


「まあ。きれい」


 イザベルが感嘆の声を上げた。

 レーナも、別の意味で感心した。煮こごりと野菜なら、確かに「具だくさんシチュー」の具材の一部と言えないこともない。


 一般的に貴族の晩餐における前菜とは、フォアグラを使ったテリーヌやパテなど、肉類を主体としてクリームやバターをふんだんに使ったこってりしたものと相場が決まっている。それに比べると、煮こごりという透明感のある食材の中に色彩豊かに野菜が配置されているこの料理は、見た目にも味覚の観点からも常識を覆すものだった。


 レベッカ夫人は料理をひとくち味わってから、マルセルに振り向いて尋ねた。


「とてもおいしいわ。この家のお料理は、毎日こんな風なの?」

「はい、さようでございます」


 しれっと嘘をつくマルセルに、危なくレーナは口に含んでいた料理にむせそうになった。すんでのところで何とか無事に飲み下し、他の家族はどうしているかと周りの様子をうかがうと、男性陣は誰もが沈黙を保っている。口を開けばボロが出るのは確実だろうから、実に賢明な判断だ。


 その中で、ノアが真顔でいるのが目について、レーナは思わず二度見した。いつもならおかしな話を次から次へと披露して笑わせてばかりいる叔父が、妙に静かなだけでなく、不自然なまでに真面目くさった澄まし顔でいるのはどうしたことだろう。

 いぶかしげに見ているとノアと目が合ったが、ノアが無表情にすっと視線をそらしたのを見て、レーナにはピンときた。あれは、笑うのをこらえている。口を開いたら吹き出しそうだから、何もしゃべれずにいるのだ。


 マルセルはさらに続けて、流れるように嘘を重ねた。


「もちろん本日はお客さま向けに少々いつもより手間をかけておりますが、基本的には普段どおりの食材と調理法のものをお出ししております」


 いかにも有能な執事然とした態度で、誠実そのもののような顔をして、ぬけぬけと嘘を並べるマルセルに、レーナは呆れを通り越して感心した。職務に忠実なのにもほどがあるというか、あっぱれすぎる職業意識である。


 その後も、貴族の高級料理の伝統をまるで無視した斬新な料理が続く。

 かぼちゃのスープは一見すると伝統的な調理法で作られたポタージュのようだが、クリームもバターも使われていないため、とてもあっさりしていた。量も少ない。一般的なスープ皿ではなく、ちんまりと紅茶椀によそわれていた。


 パンはライ麦の黒いパンと小麦の白いパンが両方用意されていたが、普段レンホフ家で食しているのがライ麦パンと聞くと、ジーメンス家の人々も全員がライ麦パンを選択した。薄切りにしたものを火であぶり、保温のため布に包んであつあつの状態で食卓に運び、食べる直前に皿に配る。


 黒パンは固くてまずいという先入観が貴族の間にはあるが、確かに冷えてもやわらかい白パンと違い、黒パンは冷えると固くなり、口当たりがもさもさとする。でも黒パンだって焼きたては、白パンほどではないにせよ、やわらかいものだ。レーナは焼きたてのライ麦パンのもっちりした食感が大好きだ。それに、いくら食べてもふわふわとあまり食べた気のしない白パンと違い、ずっと腹持ちがよいところも好ましい。

 客人たちにも、焼きたてのライ麦パンのおいしさは新鮮だったようだ。


 主菜は、じっくり煮込まれてほろほろにやわらかくなった豚肉だった。

 肉の量は、一般的な主菜として出される骨付き肉やステーキに比べるとかなり小ぶりで、ひとり分のシチューに入っている肉の総量と変わらない。付け合わせには、蒸し野菜と生野菜。そして伝統的なデミグラスソースではなく、野菜や果物から作られた鮮やかな色合いの数種類のソースが使われていた。

 肉が小さいにもかかわらず、大きな皿に野菜やソースとともに飾り付けるように盛られていると、決して貧相には見えない。貧相どころか、彩りだけなら伝統高級料理よりよほど美しい。


 デザートは、砂糖やクリームをたっぷり使った伝統的なデザートではなく、新鮮な果物の盛り合わせだった。実際レンホフ家でのおやつは、菓子より果物やナッツ類が多い。しかしこれほど見事な飾り付けで出されたことは、いまだかつてなかった。


 レーナは、ほとほと料理長に感心した。

 マグダレーナの無茶な注文に、よくぞここまで見事に応えてみせたものだ。これなら確かに、シチューの具材を肉と野菜とスープに分離して別の料理に仕立てたと言えないこともない。かなり無理はあるが、そもそも注文からして無茶なのだ。


 そして料理長と同じくらい、執事長のマルセルにも感心した。

 マルセルに対しては感心よりも呆れがまさっている気もするが、とにかくすごかった。最初から最後まで真摯そうな態度を崩すことなく、うさんくさい笑みを貼り付けて、すらすらとよどみなく嘘に嘘を塗り固めながら給仕する姿が、もう何とも言えない。最初から最後までずっとノアが無口だったのはつまり、そういうことだ。


 少し意外だったのは、父ヨゼフの態度だった。

 社交を苦手にしていることは知っていたので、てっきり建前とか体面とかをどうでもよいものと考えていて嘘なぞ決して口にしないのだろうと思っていたのに、マルセルに勝るとも劣らない見事なたぬきっぷりを発揮していた。ノアが無口だったのはたぶん、マルセルだけのせいじゃない。


 なお、この日の料理にすっかり惚れ込んで絶賛したレベッカ夫人の体験談により、社交界において「奇跡の料理人」の名は不動のものとなるのだが、このときのレーナはまだ知るよしもない。


 必要以上に波乱に満ちてしまったレーナの秋休みは、かくして終わりを迎えたのだった。

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