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とある茶番劇の華麗ならざる舞台裏  作者: 海野宵人


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オペレッタ鑑賞 (3)

 帰りの馬車の中で、レーナはアロイスに心からの感謝の気持ちを伝えた。だって、本当にとても楽しかったから。


「誘ってくださって、ありがとうございました。オペレッタってあんなに楽しいんですね」

「そんなに気に入ったの?」

「はい! 何回見ても楽しそうですよ」

「なら、来週もう一度行く?」


 アロイスが微笑みながらレーナの顔を覗き込んで尋ねるので、思わず「え」と声をもらしてしまった。その後に続く「いいの?」という言葉はさすがに図々しすぎると思い、すんでのところで飲み込んだのだが、しっかり顔には出てしまっていたらしい。

 アロイスは静かに笑って、うなずいた。


「うん、いいよ。行こう。ご両親には後でお話ししておくね」

「ありがとうございます……」


 うれしかったけれども、それと同時に恥ずかしくもあったので、礼を言う声が小さくしぼんだ。顔が熱い。それと同時に、確かにアロイスは「ベルちゃま」なのだな、と実感した。こんな風にレーナの気持ちを察して先回りしてくれるところが、小さい頃とまったく変わらない。


「面白かったけど、やっぱりお芝居だからか、ちょっと筋書きは現実離れしてるよね」

「そうですね」


 確かに、いくら男装しているからといっても、思い人が目の前にいるのにいつまでも気づかず一緒に旅を続けるなんて現実にあるとは思えない。


「いくら何でも、男装した女性のほうが騎士より女性受けするなんて現実ではありえないよねえ」

「えっ」

「え?」


 どうやらアロイスが引っかかった点は、レーナとはまったく違うところだったようだ。


 レーナは、そこはちっとも現実離れしているとは思わなかった。だって主人公が男装した姿のアンジーはすごくかっこいい。アロイスと比べてもそれほど引けを取らないくらいには、かっこいい。ただしアンジーの性格はどちらかというとアロイスよりも、アロイスのふりをしていたイザベルのほうに似ていた。アロイスみたいに落ち着いた性格は喜劇の主人公には不向きだろうから、そこは仕方がないのだが。


「アンジー、すてきじゃありませんでした?」

「うーん。あまり男らしくはないよね」

「まあ、確かに優男ですよね。でも男らしさにあふれる唐変木より、優男のほうが女の子に騒がれるのはわかる気がしますよ」

「そうなの?」

「はい」


 どうやらアロイスは、女性を惹きつける第一条件は男らしさだと思っているようだ。確かにそれに惹かれる女性がいることは否定しない。けど、多くの女性にとっては第一条件ではありえない。だってアロイスの言う「男らしさ」とは「男くささ」のことであり、レーナに言わせれば「むさくるしさ」の同義語なのだ。

 男くささにあふれたむさくるしい男性と比べたら、アンジーのほうがすてきに決まっている。


 アンジーみたいに、容姿端麗なだけでなく礼儀正しく上品な上、女性のような細やかな気配りまでできる男性とくれば、それはモテるに決まっているではないか。現実にはそんなに都合よく条件のそろっている人物なんて、そうそういるものではないけども。


 ────などと考えていて、ふと気がついてしまった。すべて当てはまる人物が、目の前にいることに。レーナは思わずアロイスの顔をじっと見つめた。


 成長とともにイザベルの顔立ちが女性的に変化したのとはうらはらに、アロイスの顔はあまり男くさくなることはなく、どこかまだ中性的で清純な雰囲気が残っている。天使というものが本当にいるのなら、きっとこんな顔をしているに違いない、とレーナは思った。


「アロイスさまも、女の子に人気ありそうですよね」

「いや。全然だよ」


 苦笑してそう答えるアロイスの顔を、本気でそう言っているのかといぶかしむようにレーナはうかがう。過ぎたる謙遜は嫌みになるものだが、どうもアロイスは別に謙遜しているわけではなく、本気でそう思っているようだった。

 レーナが眉根を寄せているのを見て、アロイスは言葉を続けた。


「ハインツやヴァルと一緒だと声をかけられることもあるけど、ひとりのときは全くなんだ」


 調理実習のあった日の夕方など、三人で一緒に談話室にいると実習の成果物である菓子を女子学生に渡されることがままあるが、ひとりでいるときに渡されたことは一度もないと言う。一方ハインツとヴァルターは、ひとりのときでも声をかけて渡されるらしい。

 ハインツとヴァルターに渡すのにアロイスにだけ渡さなかったら角が立つから、お義理で渡されているだけ、というのがアロイスの弁だった。


 それを聞いて、レーナは頭を抱えたくなった。事実誤認も甚だしい。

 逆なのだ。アロイスに渡したい者は、アロイスがひとりのときに話しかける勇気がなくて三人でいるところを狙っているだけで、お義理で渡されているのはハインツとヴァルターのほうだ。ハインツとヴァルターに渡したい者は、それぞれがひとりでいるときを狙って渡している。


 なお、ヴァルターはともかくとして、婚約者のいるハインツにたとえちょっとした菓子であれ女子学生から個人的に贈りものをすることについては是非もあろうが、何となくレーナにも気持ちがわからないでもない。


 レーナの想像が当たっているならば、人なつこく毛並みのよい高級犬が機嫌よくしっぽを振っていたら、よその家の犬とわかっていてもついこっそり餌を与えてなでてしまう感じの行動であり、そこに恋愛感情は露ほどもない。犬に例えるのが失礼なら、犬を幼児に置き換えてもいい。どちらにしても失礼なことに変わりはないが、とにかく目くじらを立てるような理由からじゃないということだ。


 話を戻して、ではなぜアロイスにはひとりでいるときに渡すのに勇気が要るのかというと、彼が誰に対しても礼儀正しい人物だからだ。誰にでも優しくはあるけれども、ハインツのような人なつこさや、ヴァルターのようなくだけた気安さはない。その上、ずっと模範生であり続ける飛び抜けた優秀さは、その礼儀正しさと相まって距離を感じさせ、どうしても気後れさせる。

 三人一緒のときを狙うのは、一緒に渡せばひとりだけ断りづらいだろうと計算した結果であり、言ってみれば渡すにあたって小細工を弄しているわけだ。とてもけなげで微笑ましい小細工ではあるのだが、気の毒なことに本人にはまったく伝わっていなかったらしい。


 レーナがそれを説明しようと口を開きかけたところへ、アロイスが言った。


「地味だからね。目立たないんだと思う」


 レーナは開いた口がふさがらなくなった。

 いや、もう、事実誤認が甚だしいにもほどがある。

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