オペレッタ鑑賞 (2)
オペレッタはとても面白かった。
開幕早々、主人公アンジェリカは婚約者の浮気現場に遭遇する。聞き苦しい言い訳をする婚約者に、相手の男が吹っ飛ぶほどの見事な平手打ちを食らわせた挙げ句に「こんな浮気者との婚約なんて、こちらから破棄してやるわ!」と言い放つ勝ち気な主人公が、とても痛快だった。
しかも直後に「強欲な父にすぐにまた意に沿わない婚約を結ばされたらかなわない」と、侍女ひとりだけを伴い男装して出奔する。このオペレッタは女性に人気だと言うが、この主人公の勝ち気さや潔さが受けているのかもしれない。
旅の序盤では、ちょっとしたいざこざに巻き込まれたことから青年ふたりと知り合う。領主の息子シモンとその護衛騎士ユリスだ。領主の息子は以前から主人公に片思いしていたが、彼女が婚約を破棄して出奔したと聞きつけて自ら捜索を始める。主人公はその尋ね人が自分自身とは気づかないまま、捜索の手伝いをすることになるのだ。
主役の女優はすらりと背が高く、男装が似合っていて非常に格好よかった。この男装した主人公はアンジーと名乗り、道中とても女性にモテる設定だ。青年ふたりを差し置いて女性にちやほやされる主人公に、青年たちは恋の悩みを打ち明けて、どうしたら意中の女性に振り向いてもらえるようになるかと相談する。
主人公は一緒に旅をするうち不器用ながらも一途で誠実な領主の息子に惹かれ、すったもんだの末に結ばれるという筋書きだ。侍女と護衛騎士もちゃっかり結ばれる大団円だった。
音楽も歌も踊りも素晴らしかった。何度でも繰り返して見たいと思うくらいに、楽しかった。今どきの役者は容姿と演技力だけでなく、歌唱力に加えて踊りをこなせるだけの運動神経も求められるらしい。すべての要求に完璧に応えている役者たちがすばらしい。
圧巻だったのは、旅の中盤での村祭りの場面だ。村祭りで若者たちの踊り比べ大会が開かれ、主人公たちの一行はなりゆきで飛び入り参加することになる。踊り比べでは次第に音楽が速く激しくなっていき、村の若者たちは音楽についていけずにひとり、またひとりと脱落していくのだが、そんな中で飛び入り参加の四人は最後まで見事に踊りきって、村人たちからやんやの喝采を浴びるのだ。
音楽に合わせて舞台上で村人役の役者たちが手拍子をとり始めると、それに誘われるようにして観客席からも手拍子の音が加わり、四人が踊りきったところで会場全体から歓声と拍手がわき起こった。職業設定からいかにも身体能力が高そうな護衛騎士はともかく、おっとりとしてどこか少し頼りない印象のある領主の息子まで踊りきったのが意外で面白かった。
村祭りの場面が終わると、幕間となった。
踊り比べの興奮が醒めやらぬまま、なにげなくレーナはオペラグラス越しに観客席を見回した。
「え」
「どうしたの?」
思わず声が出てしまったのに反応して、アロイスが尋ねる。別にたいしたことではないのだが、開幕前に見かけた舞台寄りのボックス席に、開幕前にいたふたり連れとは別の人物がいたのだ。ふたり連れは姿を消していて、代わりに若い男がひとりで座っていた。
レーナがそう説明すると、アロイスもオペラグラスでその席のほうを観察する。ふたりが見ている間に、若い男は手荷物を開けてせわしなく何かを出したり入れたりした後、あわただしく立ち上がってボックス席から出て行った。
レーナとアロイスは顔を見合わせて、首をひねった。
「何だったんだろう」
「もしかして、あれが『置き引き』というものじゃありませんか」
「ああ。あり得るね」
置き引きなどというケチな犯罪に手を染めるような者には、このような有名劇場のチケット代は高くつくのではないかとレーナは思ったが、天井桟敷というものがあるのだとアロイスが説明してくれた。天井桟敷とは、ボックス席のさらに上にある立ち見席のことだ。舞台から遠く、上から見下ろす形になるので役者の姿かたちがあまりよく見えない上に立ち見なので、入場料は格安だ。庶民でも気軽に手を出せる程度の価格帯らしい。
天井桟敷料金で入場し、幕間でちょっと観客が席をはずした隙に、席に置かれた手荷物を狙うというのが置き引きの常套手段だと聞いて、レーナは納得した。なるほど、母が手荷物から手を離すなと口を酸っぱくして注意するのも道理だ。気をつけよう。
話している間に幕間の時間も終わり、観察していたボックス席にもふたり連れが戻ってきた。
何か被害に遭ったのだろうかと気にはなるが、気にしたところで犯人はとうに逃げ失せているだろうし、できることは何もない。いったん忘れて、舞台を楽しむことにした。
オペレッタは後半も楽しかった。
前半は歌と踊りの割合が多かったが、後半は喜劇の要素が多かった。領主の息子は、思い人その人にそうとは知らないまま彼女の素晴らしさを熱く語ってしまったり、口説き文句を指南してもらったりする。
ありえないようなすれ違いの連続で、お互い真実に気づかないのだが、それでも主人公は相手役の尋ね人が自分かもしれないことに少しずつ気づいていき、領主の息子のほうも主人公が実は女性かもしれないとの疑念を抱くようになる。
やっとふたりが真実にたどりついたところへ、せっかくよい雰囲気になりかけたのをぶち壊すようにして、主人公の元婚約者が乗り込んでくる。元婚約者の浮気相手が結婚詐欺師だったとわかり、復縁を求めてやってきたのだ。
もちろん、元婚約者は四人からこてんぱんにされて追い払われることになる。
そして迎える大団円。領主の息子が主人公に求婚するすぐ横で、どさくさにまぎれて護衛騎士が侍女に求婚するセリフが、いかにもとぼけていておかしかった。
最後の幕が下りると、レーナは夢中で拍手した。
先日の演劇も面白かったけれども、オペレッタはそれはもう断然楽しかった。ただし料金は、演劇よりもオペレッタのほうが高いらしい。劇団とオーケストラの両方を抱える必要があるからだと説明されれば納得だが、それをいつでも見られるボックス席の年間契約とはいったいどれほどの金額となるのか、想像するのもちょっとこわい。
音楽と歌声の余韻にひたったまま、どこか夢心地に迎えの馬車に乗った。




