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とある茶番劇の華麗ならざる舞台裏  作者: 海野宵人


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おうち訪問 (1)

 ジーメンス邸に招かれた金曜日の午前中、レーナは早めに支度を済ませてそわそわしていた。


「お母さま、どうでしょう。どこかおかしくはありませんか」

「大丈夫よ、レーナ。よく似合っているわ」


 この日の服装はレーナがひとりで選んだもので、淡い色調の中に秋らしい色味を取り入れた清楚なドレスだ。選んだあとに母が確認し、問題ないと太鼓判を押してはもらったものの、どうもあまり自信がない。

 たぶん自信喪失したのは、一回マグダレーナにダメ出しされたせいだ。せっかく実母の形見の装飾品を渡されたので、ひとつくらい身につけようかとマグダレーナに相談したのだが、とめられた。


「おやめなさい。若い娘が夜会でもないのに高価な宝飾品を身につけるのは、あまり品のよいことではありません」

「はい」


 しゅんとした娘に苦笑して、マグダレーナは言葉を足した。


「そんなものがなくたって、あなたは十分きれいでかわいいのよ。自信をお持ちなさいな」


 親の欲目にあふれた言葉は、とてもではないが鵜呑みにできない。

 それでもとにかく装飾品類を身につけるのは時と場合を上手に選ばないと、知らずに恥をかくことになりそうなことはよくわかった。それに、譲り受けた宝飾品はどうやらレーナが思っていた以上に高価な品々のようだ。うかつに身につけたりせず、その都度マグダレーナに確認しよう、とレーナは心に刻んだ。


 玄関ホールで母に励まされている間にちょうど時間となり、アロイスが迎えにやって来た。マグダレーナはレーナの肩に優しく手をかけて、アロイスに挨拶する。


「今日も娘をよろしくお願いします」

「はい。夕食の時間までには必ずお帰しします」

「最近ご無沙汰していますけれども、レベッカさまにもどうぞよろしくお伝えくださいね」

「はい」


 アロイスとともに迎えの馬車に乗り、三十分ほどかけてジーメンス邸に向かう。

 ときどきぽつぽつと話をする以外、馬車の中は静かだ。アロイスは無口というわけではないが、口数の多いほうでもない。必要であれば雄弁にもなれるが、普段はどちらかと言うと聞き役に回ることが多い。それはレーナも同じなので、アロイスとふたりきりだとそれほど会話が弾むことがないのだ。

 しかしこの沈黙が、レーナは嫌いではない。むしろ心地よい。


 色づき始めた街路樹の景色を静かに楽しんでいるうちに、ジーメンス邸に到着した。

 何年ぶりだろうか。ハーゼ領で暮らし始めた前に訪れたのが最後だから、かれこれ五年ぶりくらいだ。以前見たときと何も変わっていないようでもあり、どこか子どもの頃の思い出とは雰囲気が違って見えるようでもあった。


 まず最初に通されたのは、応接室だ。


「復古主義の頃の絵は、この部屋が一番多いんだ」


 アロイスは、部屋の中に飾られた絵を一枚ずつ説明した。レーナでも知っているような有名な画家の手によるものもあれば、初めて聞く名もあった。


 絵の紹介が終われば、次は調度品だ。

 ランプや花瓶、飾り皿など、そこかしこに古いものが置かれている。それがちっとも古びて見えないのは、きっと手入れがよく大事にされているからなのだろう。説明されなければ、それほどの年代物だとはとても気づけそうにない。


 さらに部屋を出て、廊下に飾られている絵や調度品の説明が続く。

 いたるところに惜しげもなく美術品が飾られているのもすごいが、ひとつひとつそれを記憶しているのもすごい。


「こういうの、全部覚えてらっしゃるんですか?」

「家にあるものだけね」

「すごい」


 お世辞抜きで感心して心からの賛辞を贈ると、アロイスは照れたように笑った。


「先代、つまり祖父が古美術品が好きでね。小さい頃に何度も繰り返しうんちくを聞かされていたから、覚えちゃったんだ」

「なるほど」


 きっとアロイスのことだから、つまらない話だと逃げ出したりせずにおとなしく聞いていたのだろうな、とレーナは想像する。


 こうした古美術品は公爵家の資産でもあるので、きちんと目録が作成されている。だから記憶に頼らなくても作者や年代がわかるようにはなっているのだが、先代ジーメンス公は趣味が高じて、この目録を自ら作成し直したのだそうだ。それもただの目録にとどまらず、作品ごとに時代背景や作成経緯などが詳しく記述され、ちょっとした古美術品鑑賞のための解説書のようなものとなっているらしい。


 そのような解説書を作成するにあたっては当然資料が必要であり、ジーメンス家の図書室には先代が集めた美術品関連の蔵書が充実していると言う。先日の「うちなら本がある」というアロイスの言葉は、この蔵書を指していたようだ。古美術品に関する本に限れば、おそらく王立図書館よりも充実しているだろうとのことだった。


 先代のジーメンス公は、レーナが初めてジーメンス邸を訪れた頃にはまだ存命していた。好好爺で、何度か顔を合わせた際にはレーナもとてもかわいがられたと母から聞いているが、残念ながらレーナの記憶にはまったく残っていない。


 主な美術品をひととおり見終えたあと、アロイスはレーナに提案した。


「目録も図書室に置いてあるよ。見てみる?」

「はい。ぜひお願いします」


 図書室は二階の端にある。図書室に向かう途中で、懐かしいものが目に入った。木馬だ。

 見慣れた木馬ではあるのだが、こんな大きさだっただろうか。小さな頃にはとても大きな遊具に見えていたのに、今こうして見てみるとそこまで大きく感じない。


 ちょっぴり感傷に浸りながら通り過ぎようとしたところ、レーナの視線に気づいたアロイスが足を止めた。


「ああ、お気に入りだったよね。乗ってく?」

「乗りません!」


 あまりにも自然な調子で尋ねられたので、断りながらレーナは吹き出した。さすがにもう木馬に乗る年齢ではない。しかし笑いながらも、頭の片隅で「おや?」と思った。


 レーナが木馬をお気に入りだったのを知っているのは「ベルちゃま」だけのはずなのに、なぜアロイスがその話をするのだろう。あの頃イザベルとアロイスが入れ替わっていたことは、隠しておきたいことではなかったのだろうか。


 レーナが不思議に思っていると、アロイスは笑みを消して神妙な顔をした。


「そう言えば、ベルからはきちんと説明して謝罪したと聞いてるけど、ちゃんと自分で謝ってなかったな。あの頃はずっと騙してて、ごめん」

「えっ」

「え?」


 突然の謝罪に、レーナは面食らって言葉を失った。

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金色に輝く帆の船で
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