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とある茶番劇の華麗ならざる舞台裏  作者: 海野宵人


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秋休み (2)

 秋休みの初日、レーナは寮の玄関ホールで兄たちと待ち合わせた。例によって、ハインツの護衛も一緒だ。全員がそろってから船着き場に向かう。


 船着き場には、ヴァルターが招待した男子学生たちが列をなしていた。すでに半分くらいの学生は乗船したようだが、それでもまだ十人以上が並んでいる。レーナはその最後尾に並んだ。


 するとレーナの前にいた男子学生が振り返り、ギョッとした顔をしてそのさらに前にいた学生の肩をつついて何かささやいた。男子学生たちは順に振り返り、そしてそれぞれ脇に寄って道を空けた。


「失礼しました。どうぞお先に」


 順番を譲られたのだと気づいたレーナは面食らい、助けを求めてすぐ後ろにいた兄を振り返って見上げた。彼らは順番待ちをしていたのだから、のんびり到着した自分たちが最後に乗船するのは当たり前のように思う。兄に向かって小さく首を横に振ってみせると、ヴァルターは安心させるように後ろからレーナの肩に手を置いた。


 ヴァルターは後ろを振り返ってハインツとアロイスに目配せし、それに対してふたりともうなずく。ふたりの反応を確認してから、ヴァルターは前へ向き直ってよく通る声で告げた。


「気遣いありがとう。でも、遠慮しないで順番に乗っちゃってくれ。みんな俺の招待客だからね」


 ヴァルターがさらに手でも促してみせると、並んでいた男子学生たちは会釈して順番に乗船し始めた。レーナがもう一度振り返って兄に「ありがとう」と礼を言うと、ヴァルターは「おう」とだけ返事をして彼女の頭をなで回した。


 自分に代わって対応してくれたことは素直に感謝したけれども、これはいただけない。思わず眉根を寄せて、両手で頭をかばうと、ヴァルターは声を上げて笑った。しかもレーナの防御をものともせずに、もっとぐしゃぐしゃとなで回す。さすがにムッとしたのでひじ鉄を入れようとしたら、手のひらで受けられてしまった。

 かくなる上は足を踏んでやろうとレーナが下を向いたところで、後ろからアロイスが声をかけてきた。


「レニー。ほら、前が進んでるよ」


 我に返って前を振り返ると、待ち行列は何人か減ってレーナの前に隙間が出来ていた。後ろからは、ティアナやイザベルがくすくす笑っている声が聞こえる。レーナは恥ずかしさに頬を染め、気まずく前に進んだ。ヴァルターに何かやり返してやりたいが、人前ではもう諦めたほうがよさそうだ。

 レーナが兄への報復手段について考えをめぐらしていると、後ろからイザベルが話しかけた。


「そう言えばレーナさん、タラップを渡るのがお上手だったわねえ」

「ああ。あれは、コツがあるんですよ」

「そうなの? どんな?」

「ええっと……。リズムというか、揺れを踏みしめて歩くというか。うまく説明できないんですけど」

「そう、リズムなのね。しっかり観察したら、わたくしにも真似ができるかしら」

「ふふ、どうでしょう。でも一回では無理だとしても、慣れですよ、慣れ」


 やがてレーナの番になり、すたすたとタラップを渡っていると「おおお!」という野太いどよめきが船の上から響いた。何ごとかとあたりを見回せば、船べりに男子学生が鈴なりになってタラップを眺めている。大人数の注目を浴びていたことに動転し、とっさにレーナは男子学生たちの視界から逃れるため船倉の入り口に隠れた。


 物陰からこっそり覗いていると、続いてヴァルターがタラップを上がってきた。レーナと同じく慣れているので、足取りは危なげない。


 それをじっと観察していたアロイスは、考え込むような顔でゆっくりうなずいてからタラップに足をかけた。そして一気にタラップを上がる。不慣れな様子は見受けられるものの、ほとんどタラップを揺らすことなく渡りきった。コツがわかったようである。


「ベル、ワルツのリズムに合わせて歩いてごらん。三拍目は足をつけないようにして」

「はい。やってみます」


 アロイスが船上からイザベルに声をかけると、彼女はするりとハインツの腕から手を離し、楽しそうに笑顔で挑戦した。心配そうに桟橋から見守るハインツを尻目に、さすがの運動神経でほとんど揺らさず見事に上がりきる。これには男子学生たちから、レーナのときと同じようにどよめきが上がった。


 茶目っ気たっぷりの笑みを浮かべ、舞台女優さながらに大きく腰を折るお辞儀をイザベルがしてみせれば、どよめきは一転して拍手と歓声に変わる。

 こういうところが、イザベルはすごいなあ、とレーナは思う。戸惑って逃げてしまうレーナとは違う。


 続いてハインツが挑んだが、数歩で体勢を崩し、後ろに控えていた護衛に支えられていた。


「おーい、無理すんな。これ、客船用のタラップじゃないから、安定悪いんだよ。下手すると落ちるぞ。ゆっくり来い」


 ヴァルターはハインツに声をかけながらタラップの半ばまで降り、手を貸す。ハインツは悔しそうな顔をしながらも、素直にヴァルターの手を借りていた。

 こういうところは、ハインツもすごいな、とレーナは思う。自分だけうまくいかなくても、決してくさらない。きっとできるようになるまで機会がある限り、何度でも練習するのだろう。その辛抱強さ、粘り強さは素直に尊敬に値する。ただし、レーナの絵をねだる方向で発揮するのだけは、やめてほしい。どれだけそっけなく拒否しても全然めげない。ちょっとくらいめげればいいのに。


 ハインツの後からティアナとアビゲイルがタラップを渡るときには、ヴァルターが下まで降りてそれぞれに手を貸していた。このふたりは、タラップ上でワルツのステップに挑む気はさらさらなかったようだ。


 女性陣が全員乗船し終わるのを待って、レーナは彼女たちを船首に誘った。船の中で、彼女の二番目にお気に入りの場所だ。一番のお気に入りは船室の屋上なのだが、男子学生ばかりいるこの状況では大変行きづらいので二番目にしておいた。何しろはしごを上らないと行けないし、上がった後に風でスカートがひるがえるのも避けようがない。

 いずれにしても、航行時間はたったの数分。手軽な場所でも、彼女たちは十分に楽しんでくれたようだ。


 対岸に船が着く頃にヴァルターは声を張り上げて、秋休み最終日の船の待ち合わせ時間を告げた。こういうとき、ヴァルターの無駄によく響く声は本当に便利だ。ヴァルターはちゃっかりハインツとアロイスを誘って船室の屋上に上がっていた。


 船を下りた後は口々に別れの挨拶をしながら、学生たちはそれぞれ迎えの馬車に散って行った。

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▼ 童話風ラブファンタジー ▼
金色に輝く帆の船で
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