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とある茶番劇の華麗ならざる舞台裏  作者: 海野宵人


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秋休み (1)

 秋休みを翌週末に控えたある日の夕食後、いつものように談話室奥の図書室でレーナがアロイスに勉強を教わっていると、一段落したときにアロイスから秋休みの予定を聞かれた。


「レニーは、秋休みにもう何か予定があったりする?」

「いえ、特には何も」


 家に帰ったら母に血縁についての話を聞きたいとは思っているが、別にそれは「予定」ではない。なぜ予定など聞かれたのだろうとレーナが不思議に思っていると、アロイスが質問を重ねてきた。


「よかったら、オペレッタと芝居を見に行かない?」

「オペレッタとお芝居、ですか」


 レーナは大道芸なら馴染みがあったが、オペレッタも芝居もどういうものかは話に聞いて知ってはいるものの、自分で実際に見たことはない。何しろ学院に入学するまではずっとハーゼ領で過ごしていたので、オペラ劇場なんてしゃれたものは生活圏に存在すらしなかったのだ。だからとても興味を引かれた。


「行ってみたいなあ。でも、夜遅くなっちゃいますよね……」


 昼間のことであればアロイスの同伴なら、両親も何も言わずに外出を許可するだろう。しかし、夕方以降の暗くなってからの外出となると話が変わる。おそらく両親と一緒、あるいは他に大人が一緒でないと、許可が下りない気がする。

 レーナがしゅんと肩を落とすと、アロイスは笑みを浮かべた。


「ああ、もちろん昼の公演だよ」

「え。そんなのがあるんですか」

「うん。週に二日ほど、昼過ぎに始まる公演がある」


 劇場の出し物といえば夕方に始まるものと思い込んでいたレーナは、それを聞いて俄然元気が出てきた。


「両親に聞いてみます」

「実は父からヨゼフ卿に打診して、もう許可はいただいてるんだ。どうかな?」


 アロイスの手回しのよさに驚いて、レーナは目を瞬いた。

 しかし両親の許可があるなら、それはもちろん行ってみたいに決まっている。昼の公演であっても「大人の行くところ」という感じがする場所だ。劇場という未知の世界へ行けると思うと、わくわくする。それを想像すると、知らずにレーナは笑顔になっていた。


「はい。お誘いありがとうございます」

「じゃあ、予定が決まったら、また改めて知らせるね」

「はい」


 アロイスが誘ったのは「ハインリッヒ四世」という史劇と、「アンジェリカ」というオペレッタだった。


 史劇が歴史の勉強になるのは言わずもがな、オペレッタのほうも地理の勉強につながる内容だった。

 「アンジェリカ」の主人公は、婚約者の浮気現場を目撃してしまった勝ち気な女性。その彼女が侍女を連れて出奔し、男装して各地を回りながらあちこちで騒動を引き起こす、喜劇仕立ての恋愛劇だ。各地の祭りや特産品が劇中にふんだんに取り込まれていて、楽しみながらちょうどよい勉強になるはずだとアロイスは言う。



 アロイスから観劇に誘われた翌日、レーナは母マグダレーナから手紙を受け取った。内容は簡潔で、秋休みの帰省についての指示だった。


 いつもなら学院まで迎えの馬車が来るのだが、大橋が落ちてしまっている今は、馬車だと時間がかかりすぎる。そこで船の手配をしたのでそれに乗るように、とのことだった。ここで手配された船とは、先日定期便として就航したのとはまた別の船だ。

 数十人は乗れる大きさの船なので、誘いたい友人がいれば誘ってもかまわない、と書かれていた。ただし対岸に着いた後、ひとりふたりならレーナの家の馬車で送れるが、それ以上になるなら各自で馬車を手配してもらうように、と付け加えられている。


 さっそくレーナはアビゲイルを誘った。


「わあ、助かる。ありがとう。馬車はうちに迎えに来てもらうわ」

「定期便より早めに出るそうだから、時間に気をつけてね」

「うん、わかった」


 もちろんアビゲイルの他にイザベルも誘った。監督生のティアナにも声をかけた。模範生になってから交流が増え、何かとお世話になっているのだ。

 それ以上はどの程度の知り合いに声をかけたものか迷ったので、声をかけた三人に「誘いたい人がいれば、どうぞ」と言ってみた。しかし三人とも、自分が誘ってもらっただけで十分だとの返事だった。慎み深い人たちである。


 兄がどうしたのか後で尋ねてみたところ、四十人以上も誘ったと聞いてレーナはびっくりした。ハインツとアロイスに声をかけるであろうことは容易に想像できたが、人数がおかしい。しかし、誘い方を聞けば納得だった。

 男子必修科目の剣術が終わった後に、全員がいるところで大声を張り上げたらしい。


「秋休みの帰省で、うちの船に乗る人募集! 定期便もあるけど、うちの船ならタダです! 先着四十名まで!」


 しかもそれと同じことを他の学年の模範生にもやらせて、全学年の男子から募ったと言う。平民を中心に、実家の経済状況にあまり余裕がない学生たちが応募してきたそうだ。だいたい「タダ」に釣られて申し込んでくるような学生の家庭には、迎えに出すような馬車もない。しかしさすがに馬車までは面倒を見きれないので、王都の辻馬車組合に定期便の運行予定と併せて予定を連絡しておいた、とヴァルターは言っていた。


 それを聞いて、レーナは自分もそうすればよかった、と少し後悔した。

 しょんぼりとアビゲイルに懺悔すると、彼女は笑ってレーナの肩を叩いた。


「それはヴァルターさまだからできたことよ。レーナには無理」


 能力不足を指摘されたように感じて、さらにしょげ返るレーナに、アビゲイルは苦笑した。能力の問題ではないのだ。


「だって、あのお声でしょう? それにね、男子と違って女子には、実家の経済状況が苦しいのに無理して進学してきた人って、まずいないと思うわ」


 確かにそもそもの学生数が女子のほうがずっと人数が少ない上に、女子学生には平民があまりいない。いても、下手な貴族よりも裕福な家庭の子ばかりだ。だから同じような誘い方をする必要はないし、しなかったからと言って困ることもないはずなのだ。船を使いたければ、正規料金を払って定期便を利用するだろう。

 そこまで聞いて、やっとレーナは自己嫌悪から復活した。


 そんなわけで、帰省の船は乗船客の九割以上が男子学生という、なかなかむさ苦しい空間となるのだった。

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▼ 童話風ラブファンタジー ▼
金色に輝く帆の船で
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