第四回シナリオ対策会議 (2)
捜査の進み具合が思わしくないことにがっかりしたのはレーナばかりではないようで、出席者全員が沈んだ顔をしていた。
気を取り直したように、ハインツが話を進める。
「それでさ、実はこのシナリオが突破口になるんじゃないかと期待してるんだ」
これまでは想定外の出来事が起こらないよう、できるだけシナリオに沿って物事を進めることでシナリオを制御しようとしてきた。が、今回のシナリオの中の「不審な書簡を見つける」という部分だけはあえて自然にまかせたい、とハインツは言う。
それが本当に見つかるならば、きっと捜査の手掛かりになるに違いないと言うのだ。
ハインツの話を聞いて、アロイスは難しい顔をした。
「問題は、それがいつ起きるかだよね。早めに起きてくれればいいんだけど」
「うん、そこなんだよ。卒業夜会の前日なんかだったりしたら、関連して何が起きるかわからなくてこわいもんね」
アロイスが懸念を口にすると、ハインツも同意した。
シナリオ上で書簡が見つかるのは、剣術大会と卒業夜会の間だ。しかし卒業夜会が催されるのは剣術大会の半年以上も先のことなので、期間に幅がありすぎて時期の特定ができない。そしてその間に起こるとされている出来事は、あまりにも日常の些細な出来事ばかりで時期の特定につながらない。
「ねえ、何かこう、ヒントみたいなものはない?」
ハインツが視線に期待を込めて尋ねてくるので、レーナは閉口した。そんなものがあったら、誰も今こうして悩んだりしていない。ヒントも何も、そもそもがストーリー仕立てになっているだけの、ただの夢なのだ。
「そうおっしゃっても、夢ですからね。アビーが記録してくれたから文字になって残ってるだけで、夢を見た本人は細かい部分なんてすぐ忘れちゃうんですよ……」
「そうよ、ハインツさま。夢なんてそんなものでしょう? 無茶をおっしゃっては、レーナさんがお気の毒よ」
イザベルの援護射撃を得て、レーナは少し気を持ち直した。一方のハインツは、気まずそうだ。
「うん、ごめん。それはわかってるけど、藁にもすがる思いだったんだ」
何とかしたい気持ちはレーナだって変わらないが、無理なものは無理なのだ。記憶にはっきり残っているのなんて、夜会の最後の部分くらいしかない。あれはさすがに衝撃的すぎて、忘れようがなかった。
時期を特定する以前に、この件に関してレーナは進め方に不安を感じていた。
ジーメンス公にかけられる冤罪のことは、大人たちが動くことになっていたはずだ。偽書簡がどのように見つかるのかは、冤罪事件に直接的に関係する。それなのに学生だけで考えて動いてよいものなのだろうか。大人たちから何らかの要請なり指示なり、あってしかるべきではなかろうか。
相変わらず部屋の隅で物言わぬ置物と化している学院長のほうへ、様子をうかがうようにレーナはちらりと視線を向けた。すると話し合いを見守っていたはずの学院長と、目が合ってしまう。レーナはうろたえて視線をそらし、うつむいた。
そんな彼女の不審な挙動にアロイスが気がつき、声をかけた。
「レニー、どうしたの?」
「え。ええっと……」
自分の疑問をこの場で口にしてよいのか、レーナは少し迷った。
個人的に尋ねられたなら悩むことなく答えただろうが、学生とはいえ、それなりに公式な会議の場である。「まだ学生でしかないハインツがこの話を仕切っちゃってていいの?」という意味の、言ってみればハインツの能力に対して疑問を差し挟むようなことを言葉にするのは、少々ためらわれた。
そろそろと参加者たちの顔を見回した後、言葉を選びながらレーナは自分の疑問を口にした。
「以前、国王陛下が学院長先生に、必要なら指導するようおっしゃってました。それで、この件に関してはご指導いただいたほうがいいんじゃないかと、ちょっと思ったんです」
慎重に言葉を紡いだつもりだったのに、ちっとも婉曲表現にならなかった。レーナは自分にがっかりするあまり、しょんぼりと視線が手もとのほうへ下がっていく。
そんなレーナを見た学院長は安心させるように微笑を浮かべ、彼女の疑問に答えた。
「王太子殿下が国王陛下と連絡をとりながら話を進めておいでで、ちゃんと途中経過も耳にしていますから、今のところは私が口を挟む必要はないと思っていますよ。そこまで気にかけてくれて、ありがとう」
「いえ。つまらない疑問に丁寧に答えてくださって、こちらこそありがとうございます」
やっとレーナは少しだけ安心できた。
彼女は別に、ハインツの能力に疑問を持っているわけではない。彼がとても優秀なことは、よく知っている。それはもう、身をもってよく知っている。本人は、勉強ではアロイスにかなわず、運動ではヴァルターに勝てないことを気にしているらしい。でもハインツの優秀さは、勉強や運動のように点数や記録といった尺度を使って簡単に測れるものではない。
たとえば「イザベル嬢をそっと愛でる会」という組織をさっと作り上げてしまうような、そういう類いの有能さなのだ。それはきっと、王の資質というもののひとつだろうとレーナは思う。ただ、その有能さをレーナの絵をねだる方向で遺憾なく発揮してくるので、個人的には大変に迷惑しているというだけだ。そこはちょっと自重してほしい。
そんなことをレーナがつらつらと考えている間に、会議は進んでいた。
剣術大会は特に準備の必要なしということで意見がまとまり、偽書簡については当面の間は様子見することになった。当面というのは、前期が終わる冬休みまでだ。剣術大会が終わると、じきに前期の期末試験がやってくる。
少なくとも期末試験が終わり結果が出るまでは、勉学に専念するのが最善であろうとの判断に異論を挟む者はいなかった。レーナの勉強漬けの日々は、まだまだ続く。




