第四回シナリオ対策会議 (1)
ハインツとイザベルと一緒にカフェに行った日の夕食後、シナリオについて話し合うための四回目の会合が開かれた。
この日の前日には「呪われたシナリオ」の製本版が配布されている。
シナリオの第三部までの内容は、すでに現実になっていると見てよい。したがって対策を考える必要があるのは、第四部と第五部の内容だった。
現実になる時期としては先のものが多いが、事前準備が必要になると考えられるため、早めに話し合っておくことにしたようだ。
残るシナリオの中で、時期が一番近いのは剣術大会だ。これにアロイスが優勝する、ということになっている。
剣術大会は、学院での男子の伝統行事だ。毎年、秋休みが終わった後の十一月中旬に行われる。
剣術は軍事教練と並んで男子の必修科目だが、授業で上位と認められた学生を各学年十六名ずつ集めて勝ち抜き戦方式での大会が開かれる。最終的には全学年を通した勝ち抜き戦となるのだが、日々の成長が著しいこの年齢層では体格や身体能力に勝る上級生のほうがどうしたって有利である。そこで学年ごとに分けて予備戦を行い、その上位二名が最終戦に進む形式で行われる。
つまり実質的には予備戦が本戦のようなものなのだが、上級生を相手に下級生が健闘を見せることもあり、それが最終戦の醍醐味となっている。事実、昨年はまだ三年生だったハインツとヴァルターが最終戦でそれぞれ一位と二位の成績を残していた。このふたりは最終戦の常連だ。
レーナは剣術大会を楽しみにしていた。
一年生のときには剣術大会が開催されるのと同じ日に、女子には別の伝統行事がある。女子の一年生は、王都の大聖堂でハンドベルの演奏や合唱を披露するのだ。イザベルはハンドベルの組で、レーナとアビゲイルは合唱だった。
演奏を終えて学院に戻る頃には、剣術大会の予備戦は終わっている。このため、一年生の女子が観戦できるのは最終戦だけだ。
なのにレーナは独唱に抜擢されていたせいか、演奏が終わった後に大聖堂の聖歌隊員に声をかけられてしまった。歌声を褒められたのはうれしかったし、歌の専門家の話を聞くのは有意義だったとは思うけれども、学院に戻るのが遅くなったおかげで剣術大会の試合はひとつも見ることができなかった。
だから試合を見るのは、今回が初めてなのだ。
昨年のヴァルターとハインツの健闘ぶりも結果を聞いただけであって、自分の目で試合を見たわけではない。
ヴァルターとハインツが最終戦の常連と聞いて、レーナは心配になった。なぜなら、このふたりが最終戦の常連であるならば、アロイスはこれまで最終戦に進んだことがないということになるからだ。それでいきなり優勝というのは、なかなか難しくはないだろうか。そうレーナは素朴な疑問を持ったが、それに対してはハインツもヴァルターも心配いらないと言う。
「アロイスは強いよ」
「ただ、絶望的にくじ運がなかったよねえ」
ハインツによれば、アロイスは十分に予備戦で優勝できるだけの腕前を持っているのだそうだ。
実のところ学年でアロイスに勝てる可能性があるのはヴァルターだけ。だから当然、予備戦にはアロイスも毎年出場している。にもかかわらず勝ち上がれなかったのは、対戦相手を決めるくじ引きで毎回初戦にヴァルターが当たっていたからだそうだ。
ヴァルターは戦術にやや粗いところがあるが、体格とそれに見合う力強さを強みとしている。要するに初手で押し切れないときに隙を作りやすいという欠点があるものの、力押しが通用する限りは滅法強い。そんなヴァルターが一番強さを発揮するのは、疲労が少なく集中力が高い初戦なのだ。
ちなみにハインツは、「強い」というよりは「負けない」戦い方が持ち味だそうだ。防御特化型で、どこまでも相手の攻撃を受け流し、隙をついて攻撃する。攻撃力には特に優れたところがないから、そうするしか勝ち目がないのだとハインツは笑う。
そんな解説を聞いても、レーナにはあまりピンとこなかった。負けないから勝つわけで、すなわちそれは強いという意味ではないのだろうか。よくわからない。
とにかくアロイスは不運にも、毎年ヴァルターの初戦の対戦相手に当たってしまっていたというわけだった。
「うーん。まあ、それも含めて実力だよね」
そう言って苦笑するアロイスは、体格と力強さでこそヴァルターに一歩譲るが、素早さと動きの正確さでは上回る。だから試合数をこなして集中力が落ちてきた状態で対戦したらまず自分に勝ち目はないのだ、とヴァルターは言う。
「アロイスには初戦じゃなきゃ勝てなかったと思うよ」
加えて体格差が縮まってきていることも、アロイスには有利に働く。すでにほぼ成長がとまっているヴァルターに対し、アロイスはまた少し身長が伸びたらしい。
そういうわけで剣術大会に関しては特に心配いらないと、ハインツは請け合った。
ハインツとしては、剣術大会よりもシナリオ内の別の出来事のほうが気に掛かっているようだ。
ひとつは「ハインツとアロイスが、ジーメンス公エーリヒの署名入りの不穏な書簡を発見する」というもので、もうひとつが学年末に催される卒業生のための夜会のことだった。
夜会はまだ半年以上も先のことなので、準備する時間は十分にある。とはいえ、ある程度の方針は固めておく必要があった。
レーナはずっと気になっていたことをハインツに尋ねた。
「書簡と言えば、例の偽書簡を偽造した犯人の目星はつきました?」
「機密事項だから、僕もあまり詳しくは教えてもらえてないんだ。今のところ、あまりはかばかしくないようだよ。何しろ入手元はとっくに国外退去処分済みだから、事情聴取のしようがない。一応、外務省からシーニュに対して正式に問い合わせたそうだけど、まあ、返事は聞くまでもないかなあ」
「しらを切るだろうってことですか」
「うん。でなければ面倒だからって、ろくに調べもせずに適当な返事をよこすだろうね」
「そうですか……」
それほど期待していたわけではなかったが、レーナが思っていた以上に何も進んでいなかった。「あまりはかばかしくない」どころの話ではない。レーナはため息をついた。




