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とある茶番劇の華麗ならざる舞台裏  作者: 海野宵人


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カフェで勉強会 (1)

 夕食後に談話室奥の図書室でアロイスに勉強を教わるのは、この頃はもうすっかり習慣になっている。そこへ、珍しくハインツが顔を出した。


「こんばんは。うん、頑張ってるね」

「こんばんは」


 アロイスは片手を上げて挨拶し、レーナはいぶかしげに会釈しながら挨拶を返した。


「僕の分担のお誘いに来たよ。きりのいいところで、少し時間をちょうだい」

「ああ、それなら今ちょうどいい。どうぞ」


 アロイスは広げていた課題の紙を集めて揃え、脇に積んでから立ち上がり、ハインツに椅子を勧めた。そして部屋に本をとりに行くと言い置いて、図書室を出て行った。


「カフェでのお勉強会の件ですよね」

「うん」


 シナリオの「ハインツと一緒にカフェに行く」という部分が、合理性を追求した結果、現実では「カフェでハインツに勉強を教わる」にすげ替えられていた。シナリオの文字だけ追えば甘酸っぱい出来事になりそうなものであるにもかかわらず、現実には甘さはかけらもない。もっともレーナにしてみたら、どんな事情であれ相手がハインツでは甘くなりようがないのだが。


 カフェで何をするかはさておき、今この話を持ち出されたことをレーナは不思議に思った。まだしばらく先のことだろうと思っていたのだ。


 なぜ先の話だと思っていたかというと、カフェなどというしゃれたものは学院周辺には存在しないからだ。王都の中心部まで行けばあるが、その中心部へ行くための大橋が落ちてしまったため、気軽に行ける距離ではなくなってしまった。だからまとまった休み、直近だと秋休みだろうと予想していたのだ。


「やっとカフェが特定できたんだ」

「え? カフェなんてどこでもよくありませんか」

「いや、確実にシナリオどおりの場所にしておきたかったんだよね。でないと、別にまた想定外の『偶然』が発生したら困るじゃない?」

「それはまあ、確かに」


 アビゲイルの書いたシナリオの記述を手掛かりにして、メニューや内装などの条件を満たすカフェを洗い出したのだそうだ。もちろん学生であるハインツには、実際に王都のカフェを探し回る時間などありはしない。そこは王宮の官吏たちに担当させたと言う。高給取りの官吏がそんなしょうもない仕事に駆り出されたと思うと同情を禁じ得ないが、前回の定期考査前日に何が起きたかを思えば、何をもってしても安全策をとりたい気持ちもよくわかる。


 調査の結果、すべての条件が当てはまるカフェがひとつだけ存在した。

 『白猫のカフェ』という名前のカフェだそうだ。看板猫として白い猫でも飼っているのかとレーナは期待したが、残念ながらいないらしい。店名の由来までは、さすがに誰も調べて来なかった。まあ、シナリオを成就させる上では必要のない情報だ。


「でも、もう日帰りできる場所じゃありませんよね?」


 場所が特定できたからと言って、今その話をする理由がまだレーナにはわからなかった。大橋が落ちる以前のことならいざ知らず、いまや『白猫のカフェ』は学院から日帰りできる場所ではない。早朝に出発しても、到着するのは昼過ぎだ。日のあるうちに学院に戻ろうとするなら、王都に滞在できる時間はいくらもない。


 素直な疑問を口にすると、ハインツは得意満面でふふんと鼻を鳴らした。


「それがねえ、できるんだよ」

「え、どうやって?」


 ハインツによれば、船の定期便が就航することになったそうだ。

 結果だけ言うとそうなるが、そこに至るまでには結構な紆余曲折があったらしい。


 橋の再建には少なくとも数年はかかる見通しのため、それまでの間、物流の滞りをなくすための手段が必要だった。学院から東は農村地帯で、王都に暮らす人々が購入する生鮮食品の供給源となっているが、大橋が落ちたことにより供給が滞ることになってしまったからだ。

 何しろ生鮮食品なので、迂回路を使って半日以上もよけいに時間をかけて輸送すると鮮度の低下が著しいし、何より朝市に間に合わない。


 そこで当座しのぎの代替路として、手こぎの渡し船による輸送が行われるようになった。

 しかし渡し船は手軽ではあるものの、輸送力としてはいささか心もとない。


 それなら帆船を使ってはどうかという話になったが、生鮮食品の輸送用には無理があることがわかった。なぜなら朝市に間に合うように河を渡ろうとすると、朝凪の時間とかぶってしまうからだ。日中に吹く陸風と、夜間に吹く海風が切り替わる時間帯に無風となることを、朝凪や夕凪と呼ぶが、まさに朝市の始まる時間前後が朝凪の時間帯なのだ。


 帆船がダメとなれば、次は蒸気船が候補に挙がる。ところが今度は水深が問題になった。船体のほとんどが木製である帆船に比べると、金属部分が多い蒸気船は重量があり、帆船よりも深く沈む。このため河くらいの水深では、輸送用の大型蒸気船は河岸につけられなかったのだ。


 もはや渡し船以外に手がないかと思われたとき、レーナの父ヨゼフが小型の蒸気船を使ってはどうかと提案した。小型とは言っても、手こぎ船に比べたら輸送量は格段に上だ。試しにハーゼ領で湾内の巡視船として使っていたものを移送してみたところ、すべての問題点を解決できることがわかり、正式に採用となったのだった。


「だから、あなたのお父上のおかげなんだよ」

「そうなんですか」


 ヨゼフのおかげと言いつつ、なぜかハインツが鼻高々なのがおかしくて、レーナは笑いをこらえきれない。くすくす笑っていると、アロイスが本を手にして戻ってきた。


「どう? 話は決まった?」

「ごめん、まだなんだ。もう少しだけ時間をちょうだい」

「了解」


 アロイスは少し離れた場所で椅子を引いて座り、足を組んで本を開いた。

 ハインツはレーナに向き直って、話を続ける。


「それで、さっそくなんだけどこの次の週末にどうかな」

「いいですよ。イザベルさまもご一緒ですよね?」

「いや、イザベルは別行動の予定だったけど」


 シナリオでは、カフェにハインツとレーナがふたりでいるところへイザベルが通りかかり、ふたりを糾弾する部分があるのだ。ハインツは「イザベルが偶然通りかかった」というところまで忠実に再現しようとしていたが、レーナはそれには反対だった。別に、イザベルが一緒だってかまわないはずだ。途中で席を外してもらって、必要なセリフを言ってもらえばそれで十分のはずなのだ。

 この頃は、何となくレーナにもシナリオの扱い方がわかってきた気がする。


 だいたい、ずっとハインツとふたりだなんて、勘弁してほしい。どうせ、ちょうどいい機会とばかりにろくでもないおねだりをしてくるに決まっている。抑止力として、何としてもイザベルは必要だ。ついでにレーナの心の潤いのためにも。

 必死なレーナは、振り向いてアロイスに同意を求めた。


「別行動は最小限に抑えたほうが護衛が楽だって、アロイスさまもお思いになりますよね?」

「え? いや、どうだろう。一般的には確かにそうだけれども」

「ほらっ。アロイスさまもこうおっしゃってますよ!」


 別にアロイスはレーナに同意したわけでもなかったのだが、レーナは強引にハインツを丸め込み、イザベルの同行をもぎ取ったのだった。

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金色に輝く帆の船で
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