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とある茶番劇の華麗ならざる舞台裏  作者: 海野宵人


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図書館で勉強会 (1)

 アロイスとの勉強会のないある日、レーナはヴァルターと学院の図書館で待ち合わせした。寮の談話室内にある図書室ではなく、校舎に併設されている図書館のほうだ。


 ヴァルターは、アロイスに渡されたオスタリア国の歴史年表を持参していた。レーナとの勉強会で誰がどの科目を分担するかもアロイスが采配しているらしい。

 学習室で窓際のテーブルに並んで座ると、ヴァルターは頬杖をついてレーナに尋ねた。


「アロイスとの勉強会はどう? あいつ、すごいだろ」

「うん。一位が取れるかはわからないけど、間違いなく成績は上がってると思う」

「だよな。俺の金ボタンも、あいつのおかげだもん」

「そうなの?」

「おう」


 金ボタンとは、上位十位以内の成績優秀者のことである。

 ヴァルターとハインツは、準備学校から学院に進学して最初の試験で、自分たちの相対的な成績を初めて知った。準備学校では順位までは出ないため、自分の成績については絶対評価でしか把握できていなかったのだ。だからもっと上の順位がとれるだろうと自惚れていたのに、現実を知って衝撃を受けたらしい。


「俺なんて、アロイスに勉強見てもらってなきゃ、レーナより下かもしれない」


 特にハインツは幼い頃から「王族として国民の規範となるべし」と刷り込まれているため、規範となれる成績でないことに落ち込んでしまった。実際のところは決して悪くはない成績だったのだが、本人が満足しなかった。ハインツにとっての「規範となる成績」とは、最低でも金ボタンを着けられること、すなわち成績優秀者入りすることだったようだ。


 その様子を見かねて、アロイスが勉強を見ようかと申し出た。いわく「言ったとおりにやってくれるなら点数を上げるのは簡単だと思うけど、やってみる?」と。もちろんハインツは、その提案に飛びついた。ヴァルターも、せっかくなので便乗することにした。そして次の定期考査では、見事にふたりとも成績優秀者入りを果たしたというわけだ。


 つまり、会議の場でのヴァルターの「アロイスに勉強を見てもらうのが一番上がる」という発言は、実体験に基づいたものだった。


「兄妹そろってアロイスさまにご面倒をお掛けしてたのね……」

「他人に教えるとちょうどいい復習になるって言ってたから、いいんじゃないの?」


 脳天気な兄の返事に、思わずレーナは心の中で「そういうのは社交辞令って言うの!」と叫んでしまった。が、どうせ声に出して言ったところで、この兄は右から左に聞き流すだけだ。それがわかっているので、ただ呆れた目で軽くにらむだけにとどめ、その言葉は口にすることなく飲み込んだ。


 おしゃべりをそれくらいにして、アロイスに渡された課題を指定されたやり方でこなす。

 普段からハインツと一緒にアロイス式の勉強法をとっているらしく、ヴァルターは手際がよかった。レーナはほんのちょっぴり兄を見直した。


 ひと通り課題を終え、レーナは筆記具を置くと大きくのびをした。

 勉強が一段落しても、シナリオはまだ完遂していない。レーナは窓側に座っている兄を見上げた。


「ねえ、お兄さま」

「ん?」

「あのシナリオ、おかしいと思わない?」

「そりゃおかしいだろ。もう存在自体がおかしいからな」


 それはその通りなのだが、今レーナが尋ねたいのはそこじゃない。

 聞きにくいことをどうしたら婉曲に質問できるものやらしばらく思い悩んだ末、彼女の口から出てきたのはこれ以上ないほど直接的な言葉だった。


「そうじゃなくて、お兄さまが私に『俺と結婚するか?』って聞くくだりのことよ」

「なんだ、そこか」

「うん」


 やはりこの唐変木には、もって回った言い回しで聞かなくてよかった。


「別におかしくはないだろ」


 質問が通じてホッとしたのもつかの間、兄からの返事がおかしかった。まったく、この兄は何を言っているのだろう。


「いや、おかしいでしょ。兄妹なのよ?」

「兄妹って言っても、俺は連れ子だしなあ」

「あのね、お兄さま。たとえ半分しか血がつながってなくても、兄妹は結婚できないものなのよ」

「ああ。なるほど」


 兄のあまりにも鈍い反応に、レーナは胸の内で「なるほど、じゃなああああい!」と絶叫し、兄の肩を揺さぶってやりたい衝動に駆られた。が、学習室内で大きな声を出して騒ぐわけにもいかないので、もどかしさにじっとり上目使いに兄をにらむ。


 レーナが鬱憤をためつつあるのに気づいているのかいないのか、ヴァルターは何か考えをめぐらせているような表情でしばらく窓の外の木漏れ日に顔を向けてから、チラリと横目でレーナを見た。


「そこからかあ……」


 まるで物事がわかっていないのはレーナのほうだとでも言いたげな兄の言葉に、レーナは眉根を寄せた。


「そこからって、どういうこと? 父親が違ったって、兄妹は兄妹でしょ」

「違うのが父親だけならそうだけど、母親も違うからな。血縁的には赤の他人だぞ」

「はい?」


 何か衝撃的な言葉が聞こえてきた気がして、レーナの思考が停止した。ヴァルターは固まってしまったレーナを気遣わしげに見やってから、深くため息をついた。


「大きくなればそのうち自分で気づくだろうと思ってたけど、まだ気づいてなかったのか」

「え、どういうこと? 私を産んだのは、お母さまじゃないってこと?」

「そういうこと。つまり、母さんは継母だな」

「うそ」


 たちの悪い冗談でからかわれてるのかと、レーナは疑惑の眼差しをヴァルターに向けたが、どうやら真面目な話のようだ。そう理解すると、言われた言葉がひやりと胃の腑のあたりに染み渡ってきた。嘘でも冗談でもなく、本当のことなのだ。

 母マグダレーナが実母ではないと聞いて、胸の内で密かに温めていた小さな希望が打ち砕かれたような心持ちがした。


「皆に母親似って言われるから、まだこれからお母さまくらいに身長が伸びると信じてたのに……」

「いや、お前。気にするところはそこなのか」


 ヴァルターは呆れ顔でもう一度ため息をついてから、レーナの情けない顔を見て小さく吹き出した。

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金色に輝く帆の船で
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