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とある茶番劇の華麗ならざる舞台裏  作者: 海野宵人


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逢瀬とは名ばかりの勉強会 (1)

 会議をしたその日の夕食後、レーナは談話室でアロイスと落ち合った。事前にアロイスから指示されていたとおりに、必須科目の答案用紙を一式すべて持参して。


 アロイスは答案用紙を受け取ると、レーナが点を落とした問題をひとつずつ確認し始めた。


「外国語が満点って、すごいね。これは補習は必要ないな。逆にこちらが教えてほしいくらいだもの」


 アロイスがそう褒めながら微笑みかけるので、レーナは照れて頬を紅潮させた。


「どこで教わったの?」

「祖父母に習いました」

「ああ。シーニュから亡命していらしたという、あの方々か」

「はい」

「なるほど、それはシーニュ語教育の質が高いのも道理だね」


 アロイスに問われて学院入学前に祖父母から受けた初等教育についてレーナが説明すると、アロイスは「すごい」と手放しで賞賛した。


「それじゃ、古典語もお祖父さまが古典語を使って授業なさったの?」

「はい」

「もしかして、授業中はレニーも古典語を話してた?」

「はい。あ、でも難しくてうまく言えないときは『シーニュ語で話してもいいですか』って古典語で聞いてからシーニュ語を使っちゃってました」

「すごいなあ。切り替えてもシーニュ語か」


 オスタリア語に比べるとシーニュ語のほうが古典語と文法が似ているため、シーニュ語が使えることは古典語の習得には有利に働く。何にせよ、古典語で日常会話ができるほどの実力者は学院の教員にはいないとアロイスは言う。つまり外国語に関してだけは、初等教育の枠を大きく越えて、学院でも受けられないほど高度な教育を受けてきたということになる。

 そう言われてもあまりピンとは来なかったが、確かに外国語の授業だけはいつも拍子抜けなほど易しいとは思っていた。


 レーナの得意科目は外国語と国語だ。逆に苦手なのは暗記科目全般で、特に歴史と政治が弱い。


 アロイスの分析によれば、数学と物理も得意なはずだと言う。ただし暗記が苦手なため、公式を間違って覚えていたり、そもそも忘れてしまっていたりして点を落とすことがしばしばある。


「まあ、でも、苦手なものはしかたないよね」


 そう言われたレーナは、きょとんとして目を瞬いた。「しかたない」で済ませてしまったら、成績の向上は望めないのではないか。


「だから、まずは覚えるものを減らそう」


 アロイスはレーナの数学の教科書を手に取り、三角関数のページを開いた。


「絶対に覚えなくちゃいけないものは、この章だとこれ」


 サイン、コサイン、タンジェントを定義する式を、アロイスの長い指がなぞる。

 定義さえ覚えていれば、公式というものは自分で導き出すことができると言う。忘れてしまったら、導き出せばよい。そうすれば、決して間違うことがない。


 公式を覚える必要がないと言われて、レーナは目からうろこが落ちる思いだった。

 だけどまず、そもそもの定義を間違いなく覚えられる気が、あまりしない。だって、xだのyだのrだの、記号ばかりなのだ。サインとコサインのどちらがどちらかなんて、きっと忘れてしまうと自信を持って言える。いや、威張ってよいことではないのだけど。


 おずおずとそう白状すると、アロイスは笑みを浮かべた。


「大丈夫。覚え方があるんだよ」


 アロイスは、教科書にある単位円の図を指さした。そして、半径とyの辺を指でなぞってみせる。


「ほら、こうすると筆記体のsの字と形がよく似てるでしょう? これがサイン。最初になぞる線が分母になるんだ」


 続いて、半径とxの辺を指でなぞってみせる。


「そしてこうすると、文字のcと似てるでしょう? これがコサイン。最後にタンジェントは、こう。ほら、筆記体のtになる。sはサイン、cはコサイン、tがタンジェント。どれも頭文字なんだよ。どう? 覚えられそう?」


 レーナはやや興奮気味にうなずいた。これなら絶対に忘れない。授業でも最初からこんな風に教えてくれたらいいのに。

 それからアロイスは、その定義を使って、手もとの紙の上に式を書き付けながら実際に公式を導き出してみせた。式を当てはめたり、変形させたりして、まるで職人技を見ているようで面白い。


「今度は自分で導き出してごらん」


 アロイスは導き出すやり方を書いたお手本の紙を裏返して伏せ、レーナのノートの上で同じことをやるよう指示した。やり方を見せてもらったばかりなので、それほど難しくない。自分で公式を導き出してみるのは、結構楽しかった。たとえ公式を暗記できるなら必要ない知識であろうとも。

 そんな風にしてアロイスは、次々と公式を導き出してみせた。


「これなら解答を始める前に少し余計な時間がかかるけど、公式を覚えなくてよくなる。どうかな?」

「少なくともサインやコサインの定義は、たぶんもう忘れないと思います」

「うん、いいね。じゃあ、次にいこうか」

「はい」


 アロイスとの勉強会は、週に四、五回のペースで定期的に続けることになった。

 アロイスに教わると、数学と物理は確かにとても簡単に感じられた。

 アロイスは絶対に覚えなくてはいけないものだけ押さえて、自力で導き出せるものは、やり方を教えてひと通りやらせる。それを繰り返していくと、解けない問題や間違う問題がなくなってきた。もともとレーナは、応用問題はそれほど苦手ではなかったのだ。問題を解くために必要となる公式を忘れてしまいがちなだけで。


 その他の学科についても、アロイスはレーナの弱点を突き止めて対策を講じた。

 暗記が不得手という問題は別にして、レーナの初等教育には少々偏りがあることがわかった。


「レニー、目的語とか補語って言葉は、聞いたことある?」

「授業で何度か聞いたことはあります。ただし意味は何となくしか……」

「もしかして、学院で初めて聞いたのかな?」

「はい」

「なるほど」


 シーニュ出身の祖父母がシーニュ語の教科書を用いて教えたことが原因で、自国語であるオスタリア語の文法知識が不足していた。そのため読み書きする分には不自由しないが、文法問題が出るとお手上げになってしまう。このあたりの文法知識は初等教育で学ぶため、学院では改めて教えることはしていない。


 アロイスは自分が準備学校で使っていた教科書を実家から取り寄せて、文法の基礎知識をレーナに教えた。文法用語を正確に理解できるようになると、学院で学ぶ文法問題にも正しく答えられるようになってきた。


 オスタリア国内の社会知識にも、同じ理由から知識不足が見られた。


 アロイスの分析のもとに学習をすすめていくと、今まで単純に「覚えられないから解答できなかった」とレーナが思っていたものの中には、実はきちんとは理解できていなかった事柄が結構あることに気づかされる。そうしたものを正しく理解できるようになると、覚えるのも格段に楽になった。

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金色に輝く帆の船で
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