傾国の模範生 (2)
食あたりで自室療養していた者たちの中からも、試験の二日目からはちらほらと復帰する者が出始めた。三日目には大多数が復帰したが、アビゲイルは週末近くまで戻って来なかった。ハインツは三日目に復帰したらしい。
三日間の定期考査が終わると、週末までは試験休みとなる。
いつもならここで王都に遊びに行く者も多いのだが、大橋が落ちてしまったために日帰りできる場所ではなくなってしまった。学院周辺には遊びに行けるようなあまり場所もないため、自宅へ帰る者と、寮でのんびり過ごす者とに、きれいに分かれることとなった。レーナはもちろん、寮でのんびり派である。たかだか四日間の休みのために、片道半日もかける時間がもったいない。
本を読んだり、絵を描いたりしてのんびり過ごすうちに、週末となった。
定期考査の結果は、週末に発表される。教科ごとの順位と、必須科目総合の順位が、成績の通知として各個人に配布され、総合点の上位十位までは名前が張り出されるのだ。ここで名前が張り出された者は成績優秀者として、制服へのちょっとした変更が許されるようになる。と言っても、真鍮のボタンを金ボタンに変更できるくらいのものに過ぎないが。
成績発表と同時に、新しい模範生も発表される。
個人の成績通知は封筒入りで、模範生が点呼のときに配布することになっている。模範生が交替する場合には、この配布の時に引き継ぎをする。
レーナは模範生アビゲイルの代理として事務室に成績表を受取りに行き、ついでに成績優秀者の一覧を見に行った。
そして、二年生の一覧の一番上に自分の名前を見つけて、呆然とした。
レーナの総合順位は、一位だったのだ。当然、模範生に指名されている。
正直なところレーナは、シナリオでは自分が総合一位をとることになっているのを、半分くらい忘れかけていた。忘れていたというか、頭の中のどこかに残ってはいたけれども、本当にそうなるとはあまり信じていなかった。何かしら不正でもなければありえない話だと思っていたのだ。
封筒の束をかかえて張り紙の前で呆然としていると、後ろから肩を叩かれた。
「よう。模範生おめでとう」
振り返ると、兄ヴァルターだった。アロイスが成績表を受取りに来たのについて来たらしい。アロイスは「おめでとう」とレーナに微笑みかけてから、そのままヴァルターを置いて事務室に歩いて行った。
「本当になっちゃった」
「そうだな」
そのまましばらく兄とふたりでぼんやりと成績発表の貼り出しを見ていた。
四年生の一覧を見ると、やはりアロイスは安定の一位だった。もっとも最上級生の場合、成績が一位でも模範生になることはない。模範生の代わりに監督生がいるからだ。監督生は三年生のときの総合成績により指名され、一年間を通して務めることになっている。
いつもなら兄とハインツの名前も一覧に載っているのだが、今回は名前がなかった。それも当然だ。ハインツは試験の前半を医務室で寝込んでいたし、ヴァルターは崩落事故のせいで初日の試験を受けられていない。
定期考査の期間中に試験を受けられなかった者たちは、試験休みが終わってから追試を受けることになっている。追試を受ければ進級には問題ないが、残念なことに追試の成績がどれほど優秀であっても成績優秀者の一覧に載ることはないし、模範生に指名されることもない。
今回の食あたりと橋の崩落事故により追試となったのは、成績が上位の者が多かった。なぜなら食あたりの被害者には食事の時間を惜しんで試験勉強をしたい者が多かったし、崩落事故の影響を受けたのは主に静かな環境で集中して試験勉強をしたい者たちだったからだ。
「俺さあ、あのシナリオが国政の一大事となりかねないって国王陛下がおっしゃったときに、んな馬鹿なって思っちゃったんだよな」
「うん。わかる」
兄のつぶやきに、レーナは同意してうなずいた。だってそれは、まさにレーナも思ったことだったから。
「でも、今回のことで身にしみた。これは国政の一大事どころじゃないわ。きちんと対策しないと国が滅びる。お前、シナリオの中では最後まで模範生だったよな」
最後まで模範生ということは、この先の定期考査でも一位をとり続けるということだ。
今回は、「偶然」が重なって一位になった。そんな「偶然」なしでも一位がとれるようにならない限り、次回もまた何かしら「偶然」が重なるのだろう。どんな「偶然」が起きるのか、考えるのもおそろしい。
王都周辺で大橋の崩落事故並みの大型災害が定期考査のたびにちょくちょく起きるようなら、それは確かに国を滅ぼしうる。レーナだって、あんな大変な思いをするのはもう二度とごめんだ。
ヴァルターはレーナに向き直ると、レーナの両肩に手を置いた。
「レーナ、死ぬ気で勉強しろ。でないとお前、そのうち傾国の女とか言われるようになるぞ」
「どんな傾国よ……」
傾国と言ったら美女が定番だが、明らかにこの場合は違う。
だいたい「死ぬ気で勉強しろ」と言われても、今までだって頑張ってはいたのだ。週末の夕食を夜食に変更してまで、時間を作って勉強した。それがレーナの最善だった。普段から予習と復習も、それなりにきちんとやっている。これ以上、何をどうすればよいと言うのか。
兄と別れてしょんぼりと自室に戻ると、ほぼ一週間ぶりにアビゲイルが自室に戻っていた。少しやせてしまっていたが、まあまあ元気そうに見えることにホッとした。
「アビー、おかえり」
「ただいま、レーナ」
「よくなって、ほんとよかった」
「ふふ。ありがとう」
ずっと医務室で休んではいても、大橋の崩落事故のことなどは耳にしていたらしい。ただし詳しい話はもちろん知らなかったので、アビゲイルを休憩室へ連れて行った後のことや、ヴァルターが橋が落ちた瞬間に現場に居合わせたことなどを話して聞かせた。
「レーナも、模範生おめでとう」
「あ、うん。ありがとう……。お兄さまには、死ぬ気で勉強しないと傾国の女って言われるようになるぞって言われちゃったけどね」
ヴァルターに言われたことで愚痴をこぼすと、アビゲイルは吹き出した。
「レーナが、傾国……。言葉が似合わないにもほどが……」
「ちょっと。ねえ、笑いすぎじゃない?」
じっとりとした目でアビゲイルをにらんでいたレーナは、やがてため息をついた。
「まあ確かに、傾国と言えば普通は美女のことだもんね」
「レーナの場合、模範生になると国が傾くわけだから〝傾国の模範生〟でいいんじゃない? そうだ、被害甚大な災害を呼び込むから〝天災的な模範生〟でもいいかもね」
病み上がりでもいつもと変わらず、アビゲイルはなかなかに辛辣だった。




