学院で一番長い日 (4)
談話室に集合した男子学生は、いずれも模範生ではなくその代理だった。つまり、男子も女子も監督生以外は全滅だったわけだ。
談話室にはヴァルターも同席した。
全員が集合すると、アロイスが口を開いた。
「試験前の忙しいときに時間を割いてくれて、ありがとう。もう気がついてるかもしれないけど、今日の午前中くらいから寮内が大変なことになっていてね。その情報共有をしておきたいんだ」
アロイスによれば、昼過ぎに確認した段階で五十人以上が医務室を訪れていたと言う。朝食の後くらいからちらほらと患者が出始め、十時を回ったあたりから一気に増えたらしい。今のところ全員が食あたりと診断されている。
人数が多すぎて休憩室のベッドではまったく数が足りていないため、重症の者のみを休憩室に残し、比較的軽症の者は自室で休ませるよう方針を変更したそうだ。ハインツもアビゲイルも自室に戻っていないということは、症状が重いと判断されたのだろう。
本人に食欲があれば、食事をしてもかまわない。食欲がなければ無理に食べさせる必要はないが、できればスープとバナナくらいはとれるとよい。いずれにしても、水分はしっかりとる必要がある。
寮長はこの事態を認識してはいるが、大変遺憾なことに寮長自身が食あたりに倒れているため、対応することはかなわない。寮長の夫人が代理である程度のことは動いてくれているものの、基本的に週明けまでは寮生の自助努力で何とかするしかない状況である。
したがってこの場に模範生代理として来た者たちは、そのまま模範生が復帰するまで代理を務めてほしい。また、模範生が復帰した際には情報の引き継ぎを徹底してほしい。
「よりによって試験の前日に、と思うだろうけど、ここは何とか自分たちでしのがざるを得ないんだ。よろしくお願いするよ」
そう締めくくったアロイスに、模範生代理たちは不安そうな表情ながらも神妙にうなずいた。
必要な情報を周知し終えた後は、早々にその場を解散する。何しろ翌日から定期考査なのだ。いたずらに試験勉強のための時間を奪うべきではない。
模範生代理たちが退出した後、今後の対策について話し合うためにアロイス、ヴァルター、ティアナ、レーナの四人が残った。
まずは、模範生代理たちにはあえて伝えなかった、食あたりの原因についてアロイスが語る。原因の特定には至っていないものの、昨日の夕食を夜食に変更していることが患者に共通しているそうだ。
寮の夕食はマナー教育を兼ねてコース料理が出されるが、何らかの事情で時間の都合の付かない者は事前に申請すれば夜食を選択することが可能だ。夜食はサンドイッチなど簡単に食べられるものを籠に詰めた弁当形式になっているため、試験前になると食事の時間を惜しんで夜食に変更する者が増える傾向にある。
確かにアビゲイルは、前日の夕食を夜食に変更していた。
しかし、それを言うならレーナも同じように変更していたのだ。
「夜食なら私も食べたんだけどな」
「え」
思わずつぶやくと、全員の視線がレーナに集まった。
「私もそのうち具合悪くなっちゃう……?」
「いや、ならないだろ。お前、昼もパクパク食ってたし。元気のかたまりじゃねえか」
ヴァルターの言い方がどことなく気に障ったので、レーナは兄をにらみつけておく。
アロイスは思案げな顔でレーナに質問をした。
「レニー、何か食べ残したものはなかった?」
「ありません。全部きれいにいただきましたよ」
レーナはそう答えてから、しばらくして「あ」と声をあげた。
「何か思い出した?」
「残したものはないけど、デザートのメロンをアビーのクレームブリュレと取り替えてもらいました」
デザートのクレームブリュレにメロンが添えてあったのだが、レーナはメロンが苦手なので残しておいたら、アビゲイルが交換してくれたのだ。
それを聞いたヴァルターは「ほほう」と低い声を出した。
「お前、俺には好き嫌いすんなっつって無理やり野菜食わしといて、自分はそういうことやってるわけか」
「お兄さまとは違うもん。ちょっとデザート交換しただけだもん」
「同じだろ」
「違いますう」
アロイスは苦笑いしながら両手を大きく打ち鳴らして、ふたりをとめた。
「はい、兄妹げんかはそこまで」
我に返ったレーナが振り返ると、ティアナがうつむいて、こらえきれない笑いに肩を震わせていた。口をとがらせて言い返すような子どもっぽいところを見られてきまりが悪く、レーナは首をすくめた。
それを横目に、アロイスはヴァルターに向かって声を落として告げる。
「レニーがメロン苦手なのは、好き嫌いとは少し違うよ。食べると具合悪くなるから、無意識に自衛してるんだと思う。メロン食べると舌がピリピリ痺れるって、前に言ってたことがあるから。無理に食べさせようとしない方がいい」
「そうなのか」
アロイスは他の出席者たちに向き直り、話題を戻した。
「そうだとすると、夜食のメロンがあやしいよね。夕食のデザートは何だったっけ」
「クレームブリュレに梨のコンポートが添えてあった気がする」
「メロンはなかったか」
「なかったな」
原因となった食材が絞り込めたことについては、後で医務室の医師にアロイスから伝えることにした。
次いで、アロイスが医師助手から聞き取りした情報について話す。
やはり、薬の在庫が切れそうとのことだった。また、圧倒的に人手も足りていない。医師はひとりで何とか回すとしても、助手はせめてもう数人ほしい。本当はできれば医師も、もうひとりはほしい。
学院の近所には開業医がひとりいるだけで大きな病院はないため、これだけの数の患者がいると受け入れられるところはなかった。王都になら病院があるが、距離があるので具合が悪い状態で全員を移動させるのが難しい。
となると、医師と助手の応援をどこかに頼むのが一番手っ取り早そうだった。
そう状況を整理すると、ティアナが提案した。
「わたくしが父に頼んでみましょうか」
ティアナの父は王都内で一番の大病院に出資しているため顔がきく。その父に頼んで医師と助手を派遣してもらい、かつ不足している薬も融通してもらおうと言うのだ。
他に妙案も浮かばないので、ティアナの提案どおりいったんティアナが実家に戻ることになった。女性一人に行かせるわけにいかないので、付き添いとしてヴァルターが一緒に行くことにする。急いで往復するにしても、戻りは夕方になりそうだった。
慌ただしくふたりが出かけて行った数時間後、医師ひとりと、助手として医学生五人が辻馬車で次々に到着した。医師たちには寮内にある来客用の寝室が割り当てられ、数日の間、泊まり込みで常勤医師の支援にあたることになった。
よかった、とレーナは胸をなでおろした。
やっとこの苦難に満ちた一日が終わった────と、そう思ったのだ。レーナばかりでなく、学生たちも医師も助手も、誰もが一様に安堵した。まさかまだこの後に、王都の住民を震撼させるとんでもない規模の災害が控えていようなどとは、誰ひとりとして知るよしもない。




