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とある茶番劇の華麗ならざる舞台裏  作者: 海野宵人


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学院で一番長い日 (3)

 ハインツの様子が気になって、レーナはヴァルターに尋ねてみる。


「ハインツさまと言えば、医務室へはいついらっしゃったの?」

「うーん、何時だっけ? 二、三時間ほど前だった気がするから、たぶん十時くらいかな?」


 ヴァルターが首をひねりながら答えると、アロイスも「それくらいだね」と相づちを打つ。医務室まではヴァルターが付き添ったらしい。


「今日は患者が多いって言ってたな。ハインツで六人目だってさ」

「アビーは四人目だった」


 ハインツとは、ほとんど入れ違いだったようだ。

 いつもより多いとは言っても、十時くらいまではまだ余裕があったように見受けられる。少なくともハインツは休憩室で休めているのだから。

 でも、その後に医務室を訪れた学生たちはどうだろうか。


 医務室に併設されている休憩室には、男子用と女子用それぞれ八台ずつしかベッドがない。いつもであればそれで十分に余裕があるはずなのだが、さきほどレーナが医師助手に食事について相談に行ったときのあの人数から考えると、とてもベッド数が足りるはずがない。

 そもそも医師と助手ひとりずつでは、もはや対応しきれない状況になっているのではないだろうか。

 不安なあまり、疑問がポロリと口からこぼれ出てしまった。


「学院長先生はこの状況をご存じなのかな」

「週末だから学校にはいらしてないし、たぶんまだご存じないと思うよ」

「そうよね……」


 アロイスからは論理的な答えが返ってきたが、その内容はまったくもって安心できるものではない。


「でも、このままだと大変なことになる気がするの」


 レーナは兄とアロイスに、昼食前に立ち寄った医務室の状況を話して聞かせた。聞き終わるとふたりとも愕然とした表情になる。


「そんなことになってたのか」

「寮の医務室だと基本が応急処置だから、薬の備蓄もそう多くはないはずだ。その状況だと薬だけでなく、いろいろ足りないものが出てきそうだね」


 レーナの漠然とした不安を、アロイスが具体的に例を挙げて言葉にしていく。


「食事が終わったら、医務室の状況を確認しに行こうか」

「そうだな」

「はい」


 その後はもうあまり会話が弾むことなく、三人とも黙々と食事をすすめた。


 食事を終えると、三人で医務室へ向かう。

 医務室に到着する前に、すでに異変は見てとれた。医務室前の廊下に、数人の男子学生が壁にもたれて座り込んでいたのだ。ついに医務室内に入りきらなくなったのだろうか。


 扉を開放してある医務室の入り口から中を覗き込むと、昼食前にレーナが見たときよりも明らかに人数が増えていた。これではいつになったら医師の診察を受けられるか、見当もつかない。

 三人とも少しの間、言葉を失っていたが、最初に我に返ったアロイスが代表して医師助手と話すために医務室に入って行った。


 つらそうな表情で壁にもたれたり座り込んだりしている学生たちが痛ましくて、何か自分にできることがないか考えたレーナの頭に、ひとつ考えがひらめいた。


「ねえ、お兄さま。立っている人たちがつらそうだから、食堂ホールから椅子を持ってきたらどうかな」

「ああ、それはいい考えだな。俺、行ってくるわ」

「私も手伝う」

「いや、ふたりとも行くのはまずい。お前はここでアロイスを待ってて」

「……わかった」


 自分が出した案なので率先して動くのが当然だと思ったのに、兄はレーナを置いてさっさと行ってしまった。アロイスにひと言もなくふたりとも離れるべきではないのには同意するが、置いてきぼりをくったような気持ちになって、少しばかり寂しくなった。おそらく寂しいというよりは、心細かったのだろう。不安な気持ちを紛らわすために、何かしていたかったのだ。


 レーナがぼんやり廊下で待っていると、しばらくしてからアロイスが「ごめん、待たせたね」と医務室から出て来た。おそらく実際に待っていた時間は大したことがないはずなのに、とても長いこと待っていたような気がした。


「あれ、ヴァルは?」

「椅子を運んで来るため食堂ホールへ行きました」

「ああ、なるほど」


 アロイスに説明しているところへ、重ねた椅子を抱えた男子学生たちがヴァルターを先頭にして廊下の向こうからぞろぞろと歩いてきた。十人以上もいる。どうやらヴァルターが有志を募ったらしい。ひとり二脚ずつ運んでいるので、一気に二十人分以上の椅子が用意されたことになる。医務室内に運び込むと、座れない者はほとんどいなくなった。

 足りない分は、有志のうち数人がもう一往復することになった。


 ヴァルターが椅子運搬の有志たちに謝意を伝えている間に、アロイスはレーナに声をかけた。


「レニー、お願いがあるんだけど、聞いてもらえる?」

「何ですか?」

「女子の監督生と模範生に声をかけて、談話室に集まってもらえるかな。情報共有と相談をしたいんだ。本人がつかまらない場合は同室者とか、誰か代理でいい」

「はい。すぐ集合ですか?」

「いや、三十分後にしよう。まだ昼食が済んでない人もいるかもしれないからね」

「わかりました」


 レーナはさっそく女子寮に向かった。ところがたった三人に声をかけるだけの仕事なのに、これが思いのほか大変だった。


 幸いなことにティアナは部屋にいて、すぐに連絡がついた。

 二年生の模範生はアビゲイルだが、医務室で休んでいるのでレーナが代理を務めることにする。

 問題は、一年生と三年生の模範生だった。ふたりとも部屋にいない。それだけでなく、同室者も不在だった。念のため食堂ホールも覗いてみたが、もう食事をしている学生はほとんどいない。


 困り果てたレーナは模範生の隣の部屋をあたり、そこももぬけの殻のときは反対側の部屋をあたり、何とか代理を立てたときには、すでにほとんど三十分が経過してしまっていた。

 寮と食堂ホールを往復したり、寮の端から端へ模範生の部屋を探して回ったり、散々歩き回ったおかげで、談話室に集合したときにはすっかりへとへとだった。

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金色に輝く帆の船で
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