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とある茶番劇の華麗ならざる舞台裏  作者: 海野宵人


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第二回シナリオ対策会議

 「呪われたシナリオ」第一部が配布された三日後に第二部が配布され、翌日の夕方に再び談話室奥での会議が開催された。出席者は前回と同じだ。


 出席者がだいたいそろった頃、イザベルは兄に話しかけた。


「お兄さま、例の失礼な方々にはあの後ちゃんと注意してくださった?」

「うん。きちんと反省してもらったよ」


 イザベルが想像したのがどんな叱責だったのかは知らないが、アロイスの対処は割と情け容赦ないものだったことをレーナは知っている。なぜならその「失礼な方々」は、なんとヴァルターとティアナの監視のもとでレーナに謝罪させられたからだ。


 実を言えばレーナ自身はその「失礼な方々」が誰のことだか、謝罪を受けるまで知りもしなかった。何しろそんな目つきで見られていたことに、本人は気づいてもいなかったのだ。だからティアナに呼び出されて行った先の談話室で、名前も知らない上級生の男子学生たちに青い顔で頭を下げられたときには大変に面食らったものである。学年の違う男子学生の顔と名前まで覚えていたイザベルは、すごい。


 アロイスは、その前に男子学生たちに注意する場にも、ヴァルターとティアナを同席させたらしい。

 ヴァルターは拳にものを言わせない代わりに、兄の立場から言いたいことを全部ぶちまけたようで、謝罪の場に同席したときにはすっきりした顔をしていた。


 ティアナも女子学生代表という立場から遺憾の意を伝えたと言う。ティアナは才女でありながらおっとりと優しい雰囲気を持つため男子学生の間で人気が高く、彼女の前で叱責されただけでもつらかっただろうに、その彼女から軽蔑の目で見られるのは精神的にかなりこたえたのじゃなかろうか、と他人事ながらレーナは不憫に思った。

 まあ、でも、自業自得ではある。誰より怒っていたイザベルまでは呼ばなかったのが、アロイスのせめてもの優しさかもしれない。


 ともあれ、そんなあれこれを聞かずとも、アロイスの端的な回答でイザベルは満足したらしい。笑顔で「ありがとう」と返していた。


 この日も、学院長は部屋のすみで腕組みをして目を閉じている。基本的には学生たちにまかせて、口を出さない方針のようだ。


 全員がそろうと、第二部の対策について話し合いが始まる。

 まずは第二部を全員が読んでいることを確認した上で、ハインツはさっそく問いかけた。


「どうしたらいいと思う?」


 これに対しては、誰からもあまりはかばかしい返答がない。

 それはそうだ。何しろ第二部の内容ときたら、些細な出来事の羅列でしかないのだ。レーナの学校生活でのちょっとした出来事が大半を占めている。その中で目玉となる出来事と言えば、レーナの定期考査の成績と、模範生の選出くらいしかない。だがレーナの成績が上がろうが、誰が模範生に選ばれようが、ぶっちゃけてしまうとどうでもいい。

 誰もあえてそうは口にしないだけで。


 発言が途絶えてしんとしてしまった中で、静寂に耐えられなくなったレーナは自分にできる最善策を神妙に告げた。


「ええっと……。あの、勉強がんばります」


 一瞬の沈黙ののち、まずハインツが吹き出し、それに続いて室内は静寂から一転して笑いにつつまれた。

 そんなに笑われるほどおかしなことを言ったつもりはないレーナは、ひとり憮然とする。


「うん、そうだよね。それしかしようがないものね」


 ハインツはレーナに慰めの言葉をかけたつもりのようだが、笑いをかみ殺しながらそんな言葉を口にしても、露ほどの誠意も感じられない。レーナはじっとりした目でハインツを睨んだ。

 レーナの視線に気付くと、ハインツは表情を取り繕って咳払いし、話題を変えた。


「で、この先の予定について、相談したいんだけど」

「予定って、何の予定?」


 アロイスが聞き返すと、ハインツは自分が言葉足らずだったことに気づいて説明を補足した。


「この会議の予定のこと。今まで新しい部分を配布するたびに集まってもらってたけど、もうじき定期考査だからね」


 定期考査は翌々週に行われるが、それまでの間も三日ごとに新しいシナリオが配布されることになる。そのたびに集まって会議をしていたら、試験勉強の妨げになるだろう。しっかり勉強することがシナリオ対策になるのなら、勉強が学生の本分でもあることだし、試験が終わるまでは集まるのを控えて勉強に集中すべきではないか、というのがハインツの提案だった。


 ハインツの案に反対する者はひとりもいなかった。

 特にレーナにとっては、ありがたい提案だった。何しろ、この中で誰よりも頑張らなくてはならないのがレーナなのだ。頑張ったところでどうにかなるようなものでもないような気はするが、とりあえず自分の最善は尽くしたい。


「今の予定だと、第五部の配布が定期考査の前の週なんだ。第五部で最終だから、次は定期考査後の試験休みの終わり頃に集まって、シナリオ全体の対策を話し合おうと思ってるんだけど、どうだろう?」

「賛成」


 面倒なことをとっとと終わらせたい気持ちを隠すつもりもないヴァルターが、いち早く賛意を表明する。内心では誰もが同じ気持ちではあったので誰も反対することなく、その場は解散となった。


 そう、誰もが「面倒なこと」という認識だったのだ。レーナ自身でさえ。


 それはそうだろう。学生たちに任されているのはあくまでも学院内の出来事に限られている。学院内の出来事なんて、少々想定外のことが起きようが、あくまで少々どまりである。しかも今回の件は、レーナの個人的な出来事ばかりだ。

 本当に国政に関わるような重要な案件、たとえば「外務大臣の署名が偽造された件」などは大人が対処することになっているのだから、学生たちの気がゆるむのも無理はないというものだった。


 学院内の出来事に限るなら、シナリオが現実に起きたとしても特に困ったことにはならないはずである。周囲に及ぼす影響なんて、ほとんど何もないだろう。

 だからそこまで真剣に対処を考える必要のあるようなものでもないだろう、というのが共通見解であった。


 誰もがそう思っていたのだ。

 それが大きな間違いだったと思い知らされることになるのは、定期考査の前日のことだった。

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金色に輝く帆の船で
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