第一回シナリオ対策会議 (4)
談話室での会議が終わり部屋に戻ると、配布されたシナリオを片づけてからレーナはアビゲイルに声をかけた。
「ねえ、アビー」
「うん?」
「ちょっとアレ見せて」
「はいはい。どうぞ」
アビゲイルは本棚からシナリオの原本を取り出して、レーナに手渡した。
相変わらず「アレ」で何でも察してくれるアビゲイルに、レーナはすっかり甘えきっている。以心伝心の仲だとレーナは思っているが、実は逆は通用しないことを本人は理解していない。互いに通じ合っているわけではなく、単にアビゲイルの察しがよいだけの話である。
レーナはベッドに寝そべって原本のページをめくっていたが、やがて顔を上げた。
「ねえ、アビー」
「ん?」
「配布されたものと原本って、何か違わない?」
「そりゃ違うわよ」
「え、原本なのに。どうして?」
机に向かって予習を始めていたアビゲイルは、教科書にしおりをはさんで閉じ、椅子を引いてレーナのほうに身体を向けた。
「だって、順番を入れ替えたもの」
きょとんとしているレーナに、アビゲイルは理由を説明した。
原本とは、レーナの夢の記録である。レーナの夢は、おおむねストーリー仕立てになってはいたが、必ずしもすべてを時間順に夢に見たわけではない。ときおり前後することがあったし、同じ場面を別の日にもっと詳細に夢に見ることもあった。
活字化するにあたり、アビゲイルは父経由でリヒャルトに相談した上で、原稿をすべて時間順に並べ替えることにした。分割して配布するのであれば、順不同の部分があると不都合だろうと判断したからだ。
「翌日がお休みだったからよかったようなものだけど、大変だったのよ。たっぷり半日かかったわ」
「そ、そっか……。それは大変ご苦労さまでした」
レーナがベッドの上に起き直って深々と頭を下げるので、アビゲイルは笑った。
「で、どうしたの? なんでそんなことを気にしたの?」
「いや、第二部の内容を確認しとこうと思って。でもこれ開いて見たら、なんか第一部がどこまでだかよくわからなくなって、それで聞いてみたの」
「ああ、なるほどね。ちょっと貸して」
アビゲイルは原本を受け取ると、ページをめくりながら数か所に紙片をはさんだ。
「ここからここまでと、ここからここまで────っていう具合に紙ではさんだ部分が第二部よ」
「おお、ありがと」
レーナは教わった場所を流し読みした。
第二部は、何でもないような日常生活の記述が大半を占めていて、それ以外の出来事はふたつしかない。
ひとつは、レーナが定期考査で学年首位の成績を取ること。
もうひとつは、レーナが模範生に選出されること。
「ねえ、アビー」
「はいはい」
「こんなこと、本当に起こるのかな……」
「さあ。人目につく出来事だから、仮説どおりなら起きるんじゃない? 消灯前の点呼よろしくね、模範生さま」
「まだなってないから!」
模範生は、原則的に定期考査の結果によって選出される。「原則的に」と付くのは、素行の評価がいくらか考慮されるからだ。ただし加点ではなく、減点方式。どういうことかというと、成績が優秀であっても素行不良なら模範生に選ばれることはない。逆にどれほど品行方正であろうとも、成績で劣ればやはり模範生には選ばれない。
なお、成績の順位は男女混合だが、模範生は男女別に選出されるため、模範生だからといって必ずしも成績が学年首位とは限らない。
選出に影響するのは成績と素行評価のみで、他の要素、たとえば家柄などは一切加味されない。
したがって定期考査の結果がもし本当に首位になるなら、これといって減点される理由がないのでレーナが模範生に選ばれることにはなるだろう。ただしその定期考査が問題なのだ。
「定期考査で学年一位だなんて、無理にもほどがあるわ」
「そんなに無理かな?」
「そりゃ、アビーだったら問題ないでしょうけど、私よ?」
「うーん。すごく頑張れば……」
アビゲイルの言葉に、レーナは鼻で笑った。
レーナは別に成績が悪いわけではないが、特別に優れているわけでもない。せいぜい中の上か、よくて上の下といったところだ。定期考査の結果も、これまでの最高で十番台前半。順位がひと桁だったことは、一度もない。これでいきなり一位の成績を狙えるとは、とても思えない。
「そんな風に笑うけど、外国語の試験はいつもレーナが一番じゃない」
「ああ。だって第一外国語がシーニュ語だもん……」
「それは関係ないんじゃない? どんなに頑張っても、あれだけは絶対に勝てないわ。毎回毎回、満点とりよってからに」
アビゲイルがレーナの額を指でつつくと、いつもなら笑いながら身をよじって逃げるのに、このときのレーナは目を細めて据わらせた。
「それ、シーニュ語限定だから。ずっと祖父に騙されてたせいなのよ……」
「どういうこと?」
レーナは準備学校に行かないかわりに、祖父母と家庭教師から初等教育を受けた。その際、祖父母はシーニュ語の教科書を使い、シーニュ語で授業をしたのだと言う。外国語の習得にはそれが最も効率のよい方法なのだと祖父母に説明され、素直にそれを信じていた。だからレーナは、シーニュ語に限れば母国語とほとんど変わらない水準で読み書きできるし、普通に話せる。
学院に上がったときは、授業がオスタリア語で行われるのに驚いたものだ。
それを聞いてアビゲイルは吹き出した。
「オスタリア国内での授業がオスタリア語で驚くって……。ああ、おかしい。笑いすぎて、お腹痛いわ」
「アビーったら、もう。だって、あれが普通だと思ってたんだもの」
「実際、効率のいい学習法なのは確かよね。レーナの成績がそれを実証してるじゃない」
「まあね。そこは感謝してる」
さんざん笑った末に何とか息を整えたアビゲイルは、笑いの発作を抑えるために大きく深呼吸した。
「それにしても、レーナはちょっと騙されすぎ」
「騙す方が悪いと思うの」
「そうだけど、でも自衛はしないとね」
「してるもん」
不満げに口先をとがらせた相棒に、アビゲイルは少々意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「ねえ、レーナ。王宮のほうから来ましたって人からどんなに薦められても、高いバケツなんか買っちゃダメよ?」
「買いません!」
何かからかわれたら枕を投げてやろうと構えていたレーナも、これには思わず吹き出した。
そんな何日も前のネタを持ち出すとは、卑怯である。そう文句を言おうとしたが、そんな何日も前のネタにうっかり笑ってしまったレーナの負けなのだった。




