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とある茶番劇の華麗ならざる舞台裏  作者: 海野宵人


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第一回シナリオ対策会議 (3)

 ひととおり確認が終わると全員が考え込むように黙ってしまったが、しばらくするとアビゲイルが手を挙げた。


「ひとつ思い出したことがあるんですけど、今いいですか」

「なになに?」


 ハインツにうながされて、アビゲイルは気づいた点を説明した。

 彼女の仮説は、第三者の関わりの有無が関係するのではないか、というものだった。


 レーナがイザベルに謝罪に行ったとき、心配だったのでアビゲイルは談話室のすみに控えていたが、そこはちょうど談話室の全体が見渡せる場所だった。談話室には自分たち以外にも学生が数人いて、レーナとイザベル以外は比較的アビゲイルの近くに座っていた。逆に言うと、レーナとイザベルは他の学生たちとは離れた場所にいた。


 レーナの髪がイザベルの服のボタンに絡まるというトラブルが起こるまで、他の学生はレーナとイザベルの存在には特に注意を払っていなかった、とアビゲイルは言う。離れた場所で静かに話していたこともあって、話の内容は誰にも聞こえていなかったようだ。少なくともトラブル前は、アビゲイルの耳にふたりの声は届いていなかった。


 だから第三者の目にはシナリオどおりに映っていても、実際にはシナリオと異なっている場合がある。そのようなときには当事者はシナリオが現実になっていることには気づきにくいのではないか、というのがアビゲイルの考えだった。


「たとえばイザベルさまがレーナを呼び出すところですが、学院の廊下でレーナに伝えてることになってますよね。実際には呼び出したりはしてないけど、でも廊下でふたりきりで会話したことならあったりするのかもしれません」

「なるほどね。イザベル、レーナ嬢、どう? 何か思い当たることはある?」


 ハインツに尋ねられ、イザベルとレーナはそれぞれ考え込む。やがて何か思い出したように、ふたり同時に声を上げた。


「あっ」

「あ……」


 しかしそれ以上どちらも口を開かないので、ハインツはイザベルに尋ねた。


「うん? 何かあった?」

「言われてみれば確かに、あの日の前日にレーナさんに廊下で話しかけました」

「そうなんだ。何て話しかけたの?」


 イザベルは伏し目がちにチラリとレーナを見やり、「ええっと……」と口ごもったきり押し黙ってしまった。仕方なくハインツがレーナのほうに問いかける視線を投げれば、ものすごくきまり悪そうな顔をしてもじもじしている。

 辛抱強くそのまましばらく待っていると、ようやくレーナは重い口を開いた。


「制服の裾がふくらはぎの上までめくれ上がっていたのを、こっそり教えてくださいました……」

「あー……。それは言いにくいことを言わせて、すまなかったね」


 ただしシナリオの記載では、イザベルが険しい顔でレーナに呼び出しの言葉を告げたことになっている。状況的に見て、そこは食い違いがありそうだ。


「なら、イザベルは怒ってたわけじゃないよね?」


 一応ハインツが確認すると、イザベルは不機嫌そうに眉根を寄せた。


「いいえ、怒ってました」

「え、なんで?」

「だって! ニヤニヤといやらしい笑い方をしながら振り返って、レーナさんの足を見ている男子学生がいたんですもの。とても不愉快でした」


 これには一同、一様に「うわあ……」という表情になった。それは確かに、表情が険しくなるのもうなずける。


 男子学生の視線によってレーナの制服の裾に気づいたイザベルは、急いで彼らの視線からレーナを隠すために廊下の端に引き寄せたと言う。その瞬間カッと頭に血がのぼっていたこともあって少々乱暴だったかもしれない、とレーナに頭を下げた。

 ヴァルターはそれまで少し引いた姿勢でほとんど発言せずにいたが、この話を聞くと身を乗り出してイザベルに話しかけた。


「イザベル嬢、その男子学生の名前がわかったら教えてほしい」

「わかります。後でお伝えしますね」

「助かる。そういう不届き者には、兄として少しお話ししておかないとなあ」


 そう言いながらヴァルターは剣呑な表情で、拳を反対の手のひらに小気味よく音を立てて打ち付けた。

 すると、それまで存在感をきれいに消していた学院長が、静かな声で「ヴァルターくん」と呼びかけた。その声を聞いて学院長の存在を思い出した学生たちが、一斉に振り返る。注目を集めてしまった学院長は、困ったように微笑んだ。


「気持ちはよくわかるが、拳で語るのはやめてくれたまえよ。君の腕力で手を出すと、傷害事件になりかねない」

「……わかりました」


 いかにも不承不承といった様子ながらも、ヴァルターはうなずいた。


「こういうことは、監督生の管轄だな。アロイスくん、よろしく頼む」

「はい、承知しました。ベル、後で教えてね」


 イザベルは兄に「はい」と素直に返事をした後、いくらか据わったような目をして付け加えた。


「お兄さま。しっかりこってり、しぼって差し上げてちょうだいね」

「もちろん。きちんと反省してもらうよ」


 学長はそのやり取りを見届けてから、ハインツに向かって先をうながすように手で合図した。


「ごめん、聞くだけと言っておきながら口を出してしまった。どうぞ、続けてください」

「いえ、必要な指導でしたから。ありがとうございました」


 ハインツは話を引き取って、シナリオの確認作業に戻る。

 アビゲイルの仮説に当てはめるならば、レーナとイザベルの話を総合すると、シナリオ上にある「イザベルがレーナを談話室に呼び出す」という出来事が起きていたと言えそうだった。


 さらにアビゲイルの仮説を前提にして、ティアナがレーナに注意をしたときの状況をもう一度洗い直してみると、第三者による目撃は少なからずありそうだということがわかった。何しろ朝食前の大階段前である。食堂ホールに向かう学生たちが、ひっきりなしに通っていた。

 ティアナは決して大きな声で話したわけではないけれども、かといって特別に声をひそめたわけでもない。したがって、通りかかった学生たちの耳には断片的に言葉が届いていただろうと推測される。


「まだ断定するには早いかもしれないけど、こうして見るとアビゲイル嬢の仮説はなかなか有力だね」


 手持ちのシナリオ分の確認はすべて終わり、それ以上の考察はもう出てきそうもなかったので解散した。次回は、第二部のシナリオ配布後に集まることになった。

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金色に輝く帆の船で
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