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とある茶番劇の華麗ならざる舞台裏  作者: 海野宵人


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第一回シナリオ対策会議 (2)

 しばらく全員考え込んでいたが、もの言いたげに小さく首をかしげたアロイスに気づいたハインツは、手で「どうぞ」とうながした。


「過去の事例から学ぶのは決して悪いことではないけど、それはそれとして参考程度にとどめておくべきじゃないかと思うんだ」


 アロイスの主張はこうだ。

 今回の事例は、過去の事例とは予言者が違う。別人であるだけでなく、予言に対する姿勢が違う。過去の予言者は予言を成就させようと動いていた様子が先日のリヒャルトの話からうかがえるが、レーナは真逆だ。予言者自身の予言内容への関わり方が、予言の実現の仕方に影響を与える可能性は十分に考えられるのではないか。

 だから過去の事例はあくまで参考にする程度にとどめ、過度に当てにすべきではない。


 それに今回の事例について言えば、アロイスが知るかぎり「呪われたシナリオ」に記載されているにも関わらず現実には起こらなかったことが少なくともひとつある。


「先日の、談話室で騒ぎになった日のことだけど、ベルはレニーを呼び出したりしてないよね」


 それは質問ではなかったけれども、イザベルは首を横に振りながら「していません」と答えた。

 レーナも同じように答えながら「そう言えば、夢の中では呼び出されたんだっけ」と、おぼろに思い出した。その後の出来事が衝撃的すぎて、すっかり忘れてしまっていた。


「そういう食い違いが起きるのがどんな条件のときなのか、時系列に確認してみたらどうかな」


 いかにも理に適った提案であり、誰からも反対の意見が出なかったので、順を追って確認することになった。


 まずはシナリオ冒頭にある、朝食前にティアナに注意を受けた件から始めた。レーナとティアナがそれぞれの視点から確認し、アビゲイルが補足する。この件に関してだけ言えば「呪われたシナリオ」に記載された内容は記述どおり現実となっていた。場所、時間、状況、セリフ、すべてが完璧に一致する。


「でも、不思議なんだよなあ」


 独り言のようにこぼしたハインツに、レーナはきょとんとした。夢に見たことが現実に起こるという不思議現象について話し合っている中で、これ以上いったい何を不思議がることがあると言うのか。


「どうして今回に限って噂になんかなったんだろう」


 よりによって一番そっとしておくべき事柄に触れられて、レーナはギョッとしてハインツのほうへ振り向いた。ハインツもその瞬間にハッと我に返り、失言に気づいて口を閉じたが、イザベルは聞き流してはくれなかった。


「あら?」

「うん?」


 明らかに不快感をにじませた冷ややかな声のイザベルに対して、ハインツはとぼけた返事でしらを切ろうとしたが、もちろん彼女はそれを許さない。


「今回に限ってとおっしゃるからには、これが初めてではないということですよね?」

「え? いや、あの……」

「ずるいわ、ハインツさま」


 責められる点が、想定と違う。

 が、それはそれとして、ハインツは現状、大変な窮地に立たされている。ハインツは情けない顔でレーナのほうへ救いを求めるような視線を向けたが、直前に気配を察知したレーナは、目が合う前に無情にもスッと視線をそらした。

 口を滑らせたのはハインツなのだ。責任は自分で取るべし。


 そもそも、しつこく絵をねだったハインツが悪い。レーナは嫌だと言ったのだ。何度も何度もちゃんとはっきり断ったのだ。にもかかわらず、勝手に資金調達した上に「そっと愛でる会」なんかを発足してレーナを会長に祭り上げ、会員限定品と称したタロットシリーズを印刷してちゃっかり自分も手に入れているのはハインツだ。そのつけが回ってきただけなのだから、存分に困るがいい。


 レーナが会長を引き受ける際の絶対条件として「イザベルには絶対に内緒にする」とハインツは誓っている。だから、これはハインツひとりの問題である。ハインツが失言しようが何をしでかそうが、レーナがハインツの肩を持たなくてはならない義理はない。もしそれで誓いを破るようなら、今後二度とレーナの絵を手に入れることはかなわなくなる。ただそれだけのことだ。


 責めるイザベルと、焦るハインツと、かたくなに視線をそらし続けるレーナをよそに、他の出席者たちは裏事情を知っているだけに余計な口をはさむことはせず、微妙な空気の中で沈黙を保っていた。

 しかしながらしばらくの後、ついに見かねたアビゲイルが助け船を出す。


「実はレーナが代表、私が副代表を務める、ごくごく私的な事業がありまして。それに国王陛下ご夫妻がこれまた私的に資金援助してくださっているので、業務連絡のために王太子殿下とお話しすることがときどきあるのです。事業内容については非公開のため、ご容赦ください」

「まあ、そうだったの。ハインツさまも、そうならそうとおっしゃればいいのに」


 相変わらずの素直さというか、ちょろさである。未来の王太子妃としてはいささか心配になるレベルのちょろさではあるが、何とかギリギリ嘘を言わない範囲で言いくるめることができて、アビゲイルはホッとした。これは、ハインツに貸しひとつだ。目線でそう合図を送ると、ハインツは神妙にうなずいた。


 おもむろに咳払いをして、ハインツは話し合いの司会を再開する。


「ええっと、じゃあ、次に談話室での出来事に移ろうか」


 そして談話室での騒ぎについての確認を始めたが、こちらはシナリオとの食い違いがかなりあった。まず、レーナが談話室を訪れた経緯がまるで違う。シナリオではイザベルから呼び出されているが、実際にはレーナが自らの意思で出向いている。

 場所と一部のセリフはシナリオどおりだが、話の流れは全然違う。


 シナリオではレーナとハインツの逢瀬の噂を耳にしたイザベルが、レーナをなじるために呼び出している。しかし現実には、イザベルはレーナから聞くまでそんな噂のことは知らなかった。だからもちろん、なじろうはずもない。


 なぜ、こんな風にシナリオどおりだったり、全然違ったりするのだろうか。

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