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未来を視る者 (5)

 最終的にリヒャルトが選択したのは、ふたつの案を合わせたものだった。つまりタイプライターで先に二部作成して王宮と学院に一部ずつ保管し、その後に分割で作成することになった。


「本のタイトルはいかがいたしましょう?」

「そうだな……」


 オイゲンの問いに、リヒャルトは小さくうなりながら首をひねる。そしてアビゲイルに向かって尋ねた。


「アビゲイル嬢は、この本を何と呼んでいるのかな?」

「特にタイトルはつけてませんが、人に説明するときはレーナの夢の記録と言ってました、が……」


 レーナは自分の名前が出てきたのを聞いて、ギョッとした。こんなものに自分の名前をつけないでほしい。アビゲイルに向かって必死に首を横に振って見せると、彼女はチラリと横目でレーナを見てから「しかたないな」という顔をして言葉を足してくれた。


「……本人がすごく嫌そうなので、できれば別にタイトルをつけていただけるとありがたく思います」


 そのやり取りを見て、リヒャルトは「そうか、わかった」と声を上げて笑った。


「そうだな、順当につけるなら『予言の書』あたりなのだろうが。うーん」

「何か気になる点でもおありで?」

「予言というより呪いだよなあ、と思ってね」

「確かに」


 ため息をつくリヒャルトに、オイゲンが笑いをこぼす。オイゲンは少し考えた後、案を出した。


「では、『呪われたシナリオ』でいかがでしょう」


 どっちもどっち、と言うよりは「予言の書」よりもさらにオカルト感あふれる命名だったが、驚いたことにすんなり採用となった。

 自分の夢の記録が呪い呼ばわりされたことに対しては、思うことがないでもないレーナだったが、「実現したら困るが実現しつつある未来の筋書き」であることを考えると、確かに呪いと言われても仕方ないような気もするのだった。


「学院内のことは学生たちにまかせるとして、我々は冤罪の対策をしないといけないな。何をどうしたらよいものやら……。エーリヒ、この後相談しよう」

「了解です」


 リヒャルトとジーメンス公エーリヒを残してお開きになる気配に、出席者たちが退出の挨拶をしようと口を開きかけたところで、ヨゼフがこの日二度目となる挙手をした。


「陛下、もうひとつよろしいですか」

「どうした?」

「冤罪の件ですが、すでに始まっているかもしれません」

「何だと⁉」


 本日二度目の爆弾投下である。

 大声で聞き返したリヒャルトはもちろん、エーリヒも唖然としていた。


「どういうことですか?」

「ハーゼ領で、ジーメンス公の署名入りの書簡が厄介を引き起こしたことがあるんですよ」

「私の書簡が?」

「ああ、いや、もちろん偽造されたものでしたがね。奥方から聞いてませんか」


 険しい顔で首を横に振るエーリヒに、ヨゼフは数年前にハーゼ領で起きたことの顛末を話し始めた。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 それはパトリックが学院を卒業し、領主としてハーゼ領に居を移して間もなくのことだった。

 隣国シーニュでは政変により国王がすげ変わった後、それまで穏健だった外交政策が、強硬で好戦的な姿勢に変わってしまった。オスタリア王国としても相手の姿勢に合わせて態度を硬化させざるを得ず、港の使用を規制したり、関税を上げたりする対抗策を取っていた。


 そんな中である日、新米領主パトリックに領民から陳情が上がった。

 寄港を許可されていないはずのシーニュの商船が、たびたびハーゼ領の港に立ち寄ると言うのだ。自分たちの船はシーニュ国への寄港を厳しく制限されているというのに、シーニュの船が頻繁に我が物顔で自国の港を利用しているとなれば、面白くないのも道理である。


 パトリックが港の官吏を訪ねて確認したところ、確かに国の方針に反してシーニュの船を寄港させたことが何度かあると言う。しかしそれは独断で行ったわけではなく、相手の船がジーメンス公エーリヒの署名入りの書簡を所持しており、そこに「この船に特別に寄港の許可を与える」と記されていたためだった。

 官吏たちは書簡に使われていた用紙や書式、および署名から本物だと判断し、寄港を許可していた。


 この話を聞いて、経験のない新米領主は対応に困った。この件を放置するのがよいこととは思えない。しかし、かと言って格上の貴族の書簡をむげにするのもはばかられる。

 事なかれ主義の者なら対応に悩んで困ったりせず、知らなかったことにして頭の中から追いやったのだろうが、あいにくパトリックは生真面目だった。


 困った末にパトリックが相談した相手は、彼が成人するまで家令とともに領地運営を行っていた監査人だ。この監査人こそ、ヨゼフの手助けにより隣国から亡命してきた元侯爵だった。元侯爵はパトリックに、その書簡が偽造されたものである可能性を指摘した。実は元侯爵が冤罪をかけられた際に証拠として提示されたものがまさに偽造された署名入りの書類だったので、その手口に対しては危機感が強かった。


 元侯爵の助言に従い、パトリックは港の官吏に「次に書簡を提示されたときには、その書簡が本物であるか確認するためにいったん受け取るように」と指示をした。確認が取れるまでの間は港への係留を認めるにとどめ、上陸はもちろん、海上での取り引きも禁じることとした。


 次に書簡を携えた商船が入港したとき、官吏は指示どおりに対応したが、相手の船長は書簡の引き渡しを拒んだ。それもただ拒んだだけでなく「ジーメンス公と懇意にしている者に対して、何と無礼な!」と激高し、官吏は身の危険を感じたほどだと言う。それでも折れずに官吏が書簡の引き渡しを要求し続けたところ、捨て台詞を吐いて港から去って行った。


 これはもう、書簡が偽造されたものと認めたも同然であろう。


 この後、偽の書簡を持った船が入港することはなくなった。

 だが残念なことに、この件がすっかり解決したわけでもなかった。

 今度は「陸路でシーニュから入国する商人が、同じような手口で関税逃れをしている」という報告が上がるようになったのだ。まるでいたちごっこだ。しかも護衛の名目で武装した者を連れているため、相手が非協力的な態度であってもなかなか官吏が強く出ることができずにいた。


 ここに至って、元侯爵の勧めもあり、パトリックは義父ヨゼフの武力を頼った。

 もちろんヨゼフは全力を挙げて協力する。


 それでも結局、この件が落ち着くまでに三年ほどかかってしまった。

 なぜならヨゼフの抱える私兵団は精鋭ではあるものの、規模は決して大きくない。領内にある港や税関すべてに同時に派遣するのは不可能だった。相手の目的が不明なままなのも痛かった。目的がわからないので相手が次にいつどこで何を仕掛けてくるのかが読めず、どうしても対応が後手に回ってしまうのだ。


 手を変え品を変え、そのくせジーメンス公エーリヒの署名を偽造する手口だけは共通しているため、一年も経つ頃にはハーゼ領内の官吏たちの間で「ジーメンス公の署名を見たら偽造書類だと思え」と言われるようにさえなってしまっていた。

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