第8章 身近な二人
「おはようございます、ソマリさま」
翌朝、ベスの声で杣梨は目覚めた。
あわてて飛び起き、少し赤くなりながら部屋を見回したがアルは既に打ち合わせに出ていて、正直、杣梨は昨夜の気まずさを感じずにすんでホッとした。
「ソマリさま、視察に出る準備をいたしましょう」
ベスがドレッサー前に陣取り、意気込んでいる。
今日はベスにとっても、大仕事だった。
今回の視察旅行はお妃となる杣梨のこの地域でのお披露目も兼ねているそうで、用意されていたのは動きやすく華美ではないが、贅沢な素材をふんだんに使った、杣梨のために誂えたドレスだった。
この世界に来た翌日、ベスの予言どおり午後からアルの呼んだ仕立て屋が妃の部屋を訪れ、細かな採寸をし、両手の倍ほどの数にもなるドレスがわずか数日しかたたない一昨日、納められた。
おそらくはその仕立て屋のお抱えのお針子達はその作業に徹夜で従事したことだろう。
杣梨は申し訳ない、と思った。
正直、マリナのために準備されていたドレスでもサイズ的にさほどの問題もなかった。
ただし、不本意ながら胸周りが少し緩い(!)ことには凹んだが。
別に他の女の為のドレスであっても、それは事情柄、仕方の無いことだし、杣梨自身は構わなかったのだが、アル側はそうはいかなかったらしい。
普段着の質素なものから、瞳輝石が散りばめられた豪奢なドレスまで、杣梨のジャストサイズで仕立てられていた。
この、一昨日納品されたばかりの杣梨の為のドレスを着るのは今日が初めてだった。
ベスが抱えているのはその中の1着、コスモスの様なピンク色の、動きやすいようにあまり広がりのないドレスだった。
洗顔をすませた杣梨に品の良いメークを施し、動きや風で崩れないように綺麗に、華やかに髪を結い上げるベスの腕は今まで一緒に仕事をしたテレビ局や雑誌等の、どのメイクアップアーティストや美容師よりも確かだと思う。
いつも、その場に相応しい雰囲気に仕上げてくれる。
ちょうど支度が終わったタイミングで、アルがルークと部屋に入って来た。
「ソマリさまのお支度、これでいかがでしょうか?」
ベスがドレッサーのスツールから一歩下がってアルにお辞儀をする。
アルはゆっくり杣梨の傍に来ると、その手を取って立ち上がるように促した。
夕べのキスを思い出し、赤くなった杣梨は、アルの顔をまともに見られない。
クスッとわらったアルは、取った手を支点に杣梨がくるり、と身体を回せるようにひねった。
そして、にっこりわらう。
「うん、ベス、上出来だよ」
ベスも満足そうに微笑む。
「ソマリ、仕立て屋がいい仕事をしたね。マリナのドレスでは胸元に隙間ができていたからね」
可笑しそうに笑うアルに、杣梨は乙女心のちょっとした恥ずかしさもあり、軽くイラッとした。
(どうせ私は貧乳ですよっ!)
明らかにムッとした表情の杣梨に、アルは優しく顎に指をかける。
「もし、公衆の面前でドレスが緩くて、我が妃の裸体が晒されでもしたら、私も耐えられないからね」
そう言って、杣梨のくちびるに軽く、触れた。
杣梨の頬がまた真っ赤になる。
その様子を見ていたベスは安心したように微笑んだ。
「アルベルトさまとソマリさまがご親密になられたようでようございました」
(違うから!親密になんてなってないから!)
杣梨の頬が不満げに少し膨らむ。
そして、心の声は口から出ていた。
「まぁ、ソマリさま!ご夫婦になられるのですから誰よりも親密でないといけませんわ!」
ねぇ、と、ベスはルークの傍に寄り添った。
「ルークとベスは結婚しているのだよ」
アルがわらいながら杣梨に教えた。
「え?そうなの?」
「はい。ソマリさま。妻共々、今後ともよろしくお願いいたします」
ルークがベスの手を取り、二人で同時に頭を下げた。
黒髪の、女性にしては大柄なベスと、アル程ではないが長身の、金髪のルークは美男美女のまさにお似合いのカップルだった。
「知らなかった⋯」
「公私は決して混同いたしません。お互い王家に仕える者同士ですからそこは心得ております」
端正な顔のルークが爽やかにわらった。
「ですから、今後ともわたくしたちとは変わらずに接してくださいませ」
横で、今まで杣梨が見たことも無いような可愛らしい笑顔で、ベスが頭を下げた。