第4章 アルデルベルクと言う国
杣梨が呼ばれた世界は、元の世界で言う15世紀あたりのヨーロッパに近い印象だった。
街並みや人々の服装、生活ぶりも世界史で学んだルネサンス以降のフランスやイタリアとあまり変わらない.........と思う。
この国の名は【アルデルベルク】と言い、地図で見ると本当に小さな国だった。
アルは直系の、正当な王で、庶子の兄が1人、妹が2人、いるらしい。
兄は現在、他国に遊学中で、妹達はすでに嫁いでおり、どちらも臣下に下っていた。
市井の人々の暮らしは確かに豊かで争い事はなく、皆仲良くくらしている。
街にはマリナの駆け落ち相手と同じような容姿の人間、ピッコロ大魔王やリトルグリーンメン、シュレックの様な姿形をした者も多くいた。
他国から来た労働者や、傭兵なのだそうで、そういう異形の者にも分け隔てなく接していて、義務も権利も与えられている。
異形の者と人間、また異形の者同士の夫婦も珍しくは無い。
彼らはちゃんと職を持った国の民で、鶏ガラ悪代官が罵った様な『奴隷』ではなかった。
初めて彼らに会った時は、杣梨も一瞬たじろいだ。
が、すぐに彼らの善良な性根はわかった。
心の中で彼らを「ピッコロさん」と、杣梨は呼んでいたが、皆、穏やかで心優しい者達だった。
兵は存在するが、王族の警護や、瞳輝石や輝砂の採掘できる山を守ることが仕事の全てで、のんびりとしている。
しかし、兵士としてはかなり優秀な、選ばれた者達で、他国の傭兵も一大事の時のために雇われ、訓練は怠らないが、腕前を披露する機会は全く無い、らしい。
人々の食べるものや調理方法も、元の世界とほとんど変わらない。
さすがに米は無かったが、パンやケーキはある。
果物、と言えば杣梨の大好物の苺やオレンジなど豊富だし、肉や魚も変わらなかったし、ベーコンなどの加工食品も同じだった。
そういう意味では杣梨は違和感なく、この世界に溶け込めていた。
そして.........瞳輝石。
本当に際限なく採掘できるらしい。
まさに、湧いてでる、程に。
もちろん、品質は千差満別ではある。
特に美しく輝きの良い物は装飾品や調度品にされ、濁っていたり、不純物の多いものは武器などに加工された。
輝砂の方の使い方も、元の世界と大差ない。
ただ、他の国ではほとんど採れないか、採れてもわずかな量の様で、この国の貿易における輸出品はこの2つが主だった。
その取引価値は杣梨の元の世界での価値とまったく変わらない。
(こんなお金が掘れば出てくるような国、そりゃ豊かで争いもないのが頷けるわ)
杣梨はそう思った。
便宜上、貨幣はあるが、貧富の差はあまり感じられない。
人々は皆、変なマウント取りや、いがみあいがないので、ストレスなく暮らしている。
皆、働き者ばかりだった。
そんな桃源郷の様な国の、唯一の争い事は.........浮気や不倫、という所はなんとも考えさせられるが.........。
『全能の神が地に降り立ち、地上で最も美しく、豊かな土地を造られた。そして、その地の山脈に自身の髪の毛を一本埋められた。髪はやがて、瞳輝石と輝砂を滾滾と生み出す泉となった。その地はアルデルベルクと名付けられた。その地で暮らす者たちは神に選ばれし幸運な民である。神は民達の中から抜きん出て勇猛果敢で賢明な1人の若者、ハインリッヒを王に指名した。神はハインリッヒのもと、全ての民が争い無く、幸福に、未来永劫この地で繁栄することを約束された』
アルデルベルクの民ならば全てがこの伝承を諳んじている。
もちろん、雇われてアルデルベルクにいる「ピッコロさん」達も例外ではなかった。
アルデルベルクの民達は皆、自分が選ばれてこの豊かな土地で暮らす事を許された者である、と日々感謝を怠らない。
「ピッコロさん」達もまた、自身が神に選ばれてこの地で雇用されている、と思っている。
(おめでたい国だわ.........)
あまりに能天気とも言えるその思考回路に呆れながらも、しかし、本当の意味での黄金郷で暮らしているとそうなのかもしれない、とも杣梨は思う。
民達は日々になんの憂いもなく、毎日気持ちよく働き、食べ、呑み、遊び、平和に楽しく暮らしている。
(本当に.........おめでたい国だわ)
いつか、その「おめでたい」は「呆れた」から「感嘆」に変わっていく。
豊かな国で暮らす、と言うことはこんなにも民が幸せに生活できるのだ、と。