社畜だった私、仕上がってしまったようです!!2
騎士の視点も入ります。
騎士の名前はリベルトと言った。
彼は今、執務机で業務を片付けている。
厩で会ったときは騎士の格好をしていたが、彼は魔導騎士という役職で魔導師としての仕事の方が多いようだった。
今日も騎士の演習には向かわず、書類とにらめっこだ。
そして、私は今、同じ部屋で仕事をしている。
積み上がった書類に囲まれて。
書類の隙間からチラリと盗み見ると、彼の端正な横顔が見える。
柔らかそうな金髪に、吸い込まれそうな深い藍色の瞳。
すらりと伸びた長身に、がっしりとした体つき。
執務机は彼のための特注品のようでとても大きい。
彼の少し骨張った長い指が紙をめくる音。
時々聞こえる彼の息遣い。美しい唇から溢れるため息が……。
……っは。
一体何を考えているの、私は。
仕事、仕事。
ぼんやりしてる暇はないわ。
さくさく進めないと終わらない。
集中しないとっ!
止まっていた手を動かして、積み上がった書類を片付けていく。
仕事がしたくて堪らなかった私は彼のおかげで仕事を手に入れた。
ここ数日は、朝から晩まで仕事に追われ、充実感をたっぷり味わっている。
結局自分で見つけることはできなかったが、仕事を探すことで彼と出会うことが出来た。
仕事も与えてもらえたし、行動してよかったと本当に思う。
うん。行動するって大切!
それにしても……。
同じ部屋で仕事をしていて気づいたが、彼は日によって機嫌の差が激しい。
機嫌のいい日は、私の視線に気づくと目を合わせて微笑んでくれる。
意志の強そうな目が優しく細められる笑顔は、ドキッとしてしまうくらい素敵だ。
でも、今日は少し不機嫌だ。
そういう日は、私の視線に気づいても無視をする。
無視をするくせに時々、目線を向けてくる。
底冷えするような仄暗い瞳。
深い藍色の瞳が温度を持たない光を放つ、冷たい視線。
それがまた、たまらなく気持ちい……いやいやいや。
なんで気持ちいいのよ。
おかしいでしょ!
だめだめ。落ち着いて、私。
上司の不機嫌なんてどう考えてもこわいでしょ。
こわいものよね!?
私は気持ちを落ち着けるようにゆっくりと深呼吸をする。
そして、がさがさと書類を移動させて、彼が見えないように目の前を塞いだ。
――召喚された聖女は異国の顔立ちをしている。
この国では珍しい漆黒の髪に漆黒の瞳。
真っ直ぐ伸びたその髪は艶を湛え、彼女の白い肌をより白く見せた。
私は魔物討伐にも同行していたが、たいした興味を持つことはなかった。
ただ、その髪が美しいとだけ思っていた。
そんな彼女は今、私の隣で仕事をしている。
仕事が欲しいと言った彼女は、与えられた仕事を熱心にこなす。
積みあがった書類を前に嫌な顔ひとつせずに。
一生懸命にこなすその姿は好感が持てた。
彼女は時々私を見ているようだった。
視線を合わせるように、少しだけ微笑むと、頬を赤らめて俯く。
好ましい反応だと思った。
その日、私は機嫌が悪かった。
彼女から向けられる視線すら煩わしく思えた。
大人気ないと思いつつもそれを抑え込むことが出来なかった。
私は彼女に冷たい目線を向けた。
女性に向けるにはあまりにも酷いものだったはずだ。
しかし。
しかし、彼女はその視線を受けた瞬間、恍惚の表情を浮かべた。
悩ましく寄せられる眉。薄くあいた唇。
漆黒の瞳は濡れ、白い肌は色づくように赤みを帯びた。
その表情は、私の琴線に触れた。
そして、私の中の感情を呼び起こした。
今までの私には知りえなかった、欲求。
私は彼女を手に入れたいと思うようになった。
「はぁ……」
今日もなんとか仕事をこなした私は自室でため息を吐いた。
同じ部屋で仕事をするのが辛くなってきた。
集中できない。どうしても集中できない。
それも、不機嫌な日ほど!
もう認めるしかない。
ちゃんと認めよう。
私はきっと彼のことが好きなんだわ。
私に仕事を与えてくれた彼のことが!
魔道騎士、リベルト様。
だから、彼が不機嫌だとどうしても辛い。
すごく辛い……。
だって、身体が熱くなってしまう。
身体が火照って、なんだか気持ちよく……いやいやいや。
気持ちよくならないでしょ!おかしいでしょ!
なんで気持ちよくなるのよ!?
どうしてそうなるのよっ!
私の頭の中は一体どうなっちゃったの。
とうとうおかしくなっちゃったってことなの?
そういうことなの?
だめだ。頭がまとまらない。
本当にどうしたというのか。
やめよう。今日は寝よう!
もう、寝てしまえ!
そう決めたものの、結局頭の中はリベルト様でいっぱいなのだ。
ゴロゴロと寝返りを打っても、シーツを被っても。
思わず、ベッドから飛び降りてヨガをしてみても、羊を数えても。
頭の中をリベルト様に占領されて、まったく眠れそうにない。
明日も仕事があるのに。
こんな状態じゃ、溜まった仕事に埋もれてしまう。
リベルト様がくださる仕事に埋もれるなんて、しあわせ。
……しあわせ?
しあわせなの?なんで?
どうして?どういうこと?
どういうことなの!?
がばあっと起き上がった私はベッドから飛び降りて窓に向かって走った。
動揺をすべて吐き出すように叫ぶ。
深夜だろうが関係ない。
吐き出さないわけにはいかない。
「わたしはいったいどうなっちゃったのー!!!」
だ、だめだ。
どう考えてもおかしい。
これは俗にいう……いやいやいや。
いやいやいやいやっ!
そんなはずない。そんなはずない。
し、深呼吸しよう。うん。
吸ってー吐いてー。
吸ってー吐いてー。
気持ちを落ち着けようと必死に深呼吸をしていると部屋の中にコンコン、コンコンとノックの音が響いた。
ばっと振り返った私はまさか!と身を固くする。
予想通りの声が扉から聞こえてきた。
「聖女様。どうかされましたか?」
リベルト様!
リベルト様だよ!ど、どうしよう。
こんな時間に叫んじゃだめよね。
そうよね。
とにかく謝らなきゃ。
とりあえず何もないって言うしかない。
よろよろと扉に近づいているうちに再びノックが四回。
「聖女様。……さっさと扉を開けたらどうだ?」
その言葉に全身を甘い疼きが走る。
正常な思考はどこへいってしまったのか。
私は躊躇いもなく扉を開け放った。
そこには、しどけない寝間着姿のリベルト様が立っていた。
「リベルト様……」
「いい格好だな、聖女様」
そう言われて、寝間着がはだけていることに気付いた。
焦った私は隠すように体を抱きしめる。
わわわ。
見えちゃう見えちゃうっ。
彼は、そんな私にゆっくり近づくとぐっと腰を引き寄せた。
薄い布越しに彼の体温が伝わってきて、痺れが走る。
背伸びをしても届かない位置にある顔が寄せられた。
「疲れているはずだろう。眠れないのか」
彼から紡がれた思いのほか優しい言葉に、私はほっと息を吐く。
リベルト様……。
優しい。
でも……だめ。
それじゃ物足りないわ。
って、いやいやいや。
物足りないってなに!おかしいでしょ!
自分に浮かんだ思考に、動揺を隠せない私。
至近距離の彼の瞳は、探るように揺れる。
彼の瞳と逞ましい腕に捕らわれて身動きが取れない。
目を晒すことも出来ずにいると、彼が口を開いた。
「一緒に寝ようか?」
一緒に寝て……っ!
恥ずかしさのあまり、体中の熱が顔に集まってくる。
かあっと赤くなるのがわかって、私は逃げるように身を捩ると、耳元に彼の唇が寄せられた。
「違うようだな」
違う?なにが違うというのかしら?
浮かぶ疑問に思考が落ち着きを取り戻す。
しかし、寄せられたままの唇から彼の吐息が耳元に触れ、心臓が痛いくらいに音を立て始める。
だ、だめ。
だめだめだめ。
無理!無理っ!
このままじゃ、私っ!
「……お前はここで私が寝ているのを見ていろ」
そんなっ!
目の前で眠るリベルト様を見ていろだなんてっ!
なんて。
なんて……っ!
彼の言葉に頭の先から足の先まで、全身を甘い疼きが駆け巡る。
脳内では変な物質が溢れて正常な思考は遥か彼方。
ピンク色のグラデーションに彩られる。
ビクビクと体中が震え、その逞ましい腕の中で気を失ってしまいそう。
でも……。
そんな勿体ないことできないわ。
彼はゆっくりと口角を上げると満足そうに微笑む。
私を離すとベッドに向かって歩き、さっきまで私が寝ていたベッドに腰掛ける。
怖いくらいに深い闇を湛えた藍色の瞳に、私の腰は砕け床に崩れ落ちた。
そのまま横たわる、彼。
それを見るだけの、私。
触れることも許されず、彼はベッドで眠る。
柔らかな金髪は寝返りを打つたびに乱れ、閉じられた瞼は長い睫毛に縁取られている。
美しい唇から規則正しい寝息が溢れ、呼吸に合わせて逞ましい胸板が上下した。
私は充実感と満足感に体中を満たされながら、瞬きさえ惜しむように一晩中、彼を眺め続けた。
そんな一晩を過ごした私は、間違いなく仕上がってしまっているのだった。
認めたくないっ!
認めたくないいい!!!