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僕とは違う世界


 君はいつもかっこよかった。そして君の隣にいる僕はいつも地味だった。日陰の僕は日向の君に勝てたことがない。苦手だって言ってたゲームもすぐに攻略していた。僕は君が好きな難しい本を理解することが出来なかったのに。君はいつでもヒーローなんだ。いつか、僕とは違う世界で輝くんだろうな。その頃僕は何をしているんだろう? もう、君の側にはいないかな?





 明治神宮前駅のC3出入口を出たところにある木陰で二人は待ち合わせをした。

 

 先に付いたのは麻央の方だった。

 服装もメイクも、あの雑誌を手本に精一杯のおしゃれをした。お気に入りの白とピンクをベースにフワフワとした妖精をイメージしたスタイルだ。


 だが、周りを見渡し、ため息をつく麻央。


 原宿という場所はいつの時代も個性的で、奇抜なファッションの人が多い。しかもそのほとんどの人が自信に満ちあふれている。自分の着たい服を着て誇り高く歩いているのだ。


 そんな人々を見ていると、どんなに精一杯がんばったおしゃれスタイルでも、自分は地味だと感じてしまう。


 麻央はまさにその状況に置かれているのだ。


 原宿に来たのは初めてではない。好きだったアイドルのショップがあったので、母親や友達と何回か来ていた。


 しかし、一人で訪れたのは今回が初だった。


 普通の格好をしている人の方が遙かに多いのに、麻央の目には雑誌から飛び出た人がいっぱいいるように思えてならなかった。


 それは弘の隣に並ぶことへのプレッシャーである。


 楽しいという気持ちと緊張が混ざり合って吐きそうになる。運動会前日に熱を出す子供のようだ。


「……」 


 駅前の信号が青に変わった。


 麻央はひときわ目立つ存在に鳥肌が立った。


 その存在はオーラを放ったまま、麻央の目の前で足を止めた。


「おはよ。早かったね」


「おはよ」それしか言えなかった。


 それはいつもの弘ではなかった。


 いつもかっこいい弘ではあったが、制服を着ているときの弘とは別人のように見える。


 メンズのシンプルな黒と白のコーディネート。白黒ストライプのシャツがふわりと風に流され、黒のタイトなパンツは元々の長い足をさらに強調させた。


 そこにいるのは完全に男性の手塚弘だった。


「かわいいね」


 そう言われても、声も出せず、喜んでいいものかも解らなくなった麻央はただただイケメン弘を凝視しながら口を真一文字に結んだ。


「どうしたの? トイレ?」


「ちっがーう!」ようやく出せた声に周りの人々が振り向いた。


「そんな……そんなかっこいいなんて聞いてないよー! 私なんて地味でブスでチョウチンアンコウで、隣なんか歩けないよー」


「は? いや、ぜんぜんそんなことないよ」


 弘は片手で麻央の頭をポンポン叩いた。仕草まで男前である。


「うそー。私、かわいくないもん」と騒ぎながらも頬を赤らめる麻央。


 周囲の人々は二人のやりとりにクスクスと笑っていた。


「ほらー、笑われてるじゃん!」


「それは君が大きな声でおかしなこと言うからだろ」


「だって……」


 麻央は何か言いかけた。しかし、それを阻止するように弘は麻央の手をつかみ、路上へ引っ張る。そしてそのまま歩き始めた。


「待っ……」


「いいから、おとなしく歩け」


 弘に耳元でささやかれた麻央は、顔を真っ赤にして半分意識を失った酔っ払いのようだった。


 手を引かれて歩く。ただそれだけのことがこんなに難しい。


 男らしい弘の背中を眺めながら麻央はそう思っていた。


 やがて大きな交差点にたどり着く二人。


 信号を渡るとベージュの少しダサい帽子をかぶった中年男性が近づいてきた。


「おはようございます。橋本さん」弘が声をかける。


「おはよう。今日も男前だね」


 橋本と呼ばれた男性は高身長だが少しぽっちゃりしていて、ピンクのポロシャツにチノパンを履き、大きな黒いバッグを肩からぶら下げていた。


「彼女、例の友達。こちらはカメラマンの橋本さん」


 弘は撮影に麻央を連れていくことを事前に出版社に連絡していた。


「かわいいじゃないか。はじめまして、橋本浩二(はしもとこうじ)といいます」


「はっ、はじめまして。篠原麻央です」


 橋本の「かわいい」はすんなり受け入れる麻央。


「弘、本当にただの友達か? おてて繋いじゃって、恋人なんだろ」


「友達だよ。友達だって手ぐらいつなぐだろ」


 橋本の指摘にぶっきら棒に返事をした弘は直ぐに麻央の手を離した。


 麻央は少し寂しそうに空になった弘の手を見つめた。



 その日の撮影は原宿の駅から離れ、国立競技場に向かう細い路地や小さな公園で行われた。


 だたの中年おやじにしか見えなかった橋本もカメラを構えると別人のように見える。

 プロが見せる本気モードに麻央は緊張していた。


「じゃあ、軽く撮ろうか」


 弘は衣装に着替えることはせず、私服のままカメラの前に立った。


 人通りの少ない民家や商店が建ち並ぶ都会っぽくない路上に、モデルとカメラマン、そして見学者の三人だけで行われる雑誌の撮影。

 撮影機材もカメラ以外は素人の動画クリエイターが使うような機材だけである。


 コンクリートの壁にもたれ掛かり、様々なポージングを繰り出す弘。


 クールな表情だったり、笑顔だったり。


 シャツが風になびくと、漆黒の髪も踊る。それを受け入れて身体を伸縮させる弘。


 そんな躍動感のあるシーンを逃さずシャッターを切るカメラマンの橋本。


 麻央は異次元を見付けてしまったかのような表情を浮かべた。呼吸をするのも忘れるほどだった。


「よし。場所を変えようか」


 弘は硬直している麻央を見付けると、顔の前で手を振った。


「起きてる?」


「……ん、うん」


「どうしたの? なんか変だよ」


「あっ、圧倒されちゃって……」


 裏声になってしまった麻央の言葉を聞いて、弘は笑った。


「これで圧倒されてたら君が買ってる雑誌の撮影の場合は失神だよ」


「はは……」麻央は笑い返すことしか出来なかった。


 三人はすぐ近くの公園に移動した。公園といってもベンチがひとつあるだけの小さな緑地帯みたいなものだ。

 木に囲まれていていて木漏れ日が差している。静かで涼しくて、都会の真ん中とは思えない。


「こんなとこ、あったんだ」息を吹き返した麻央が呟いた。


「渋谷、原宿って昔は田舎だからね」


「そうなの?」


「田舎とまではいかないが、郊外だったのは本当だよ」


 少女たちの会話に入り込む橋本は機材を組み立てている。


「ねえ、橋本さん。ここの撮影、麻央と一緒に撮ってもらってもいい?」


「えっ?」


「いいよ。もともとそのつもりでいたんだ」


 麻央の思考回路が再び停止した。


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