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冒険が出来たら


 君と僕は性格も趣味も正反対だった。でも仲良くなれた。僕は嬉しかったんだ。僕の好きな小説を君が理解しようと一生懸命読んでくれてることが。僕のために苦手なことまで付き合ってくれたね。つい最近のことなのにずっと昔に感じるよ。また君と冒険が出来たらいいな。悪い奴らを叩きのめすんだ!絶対許さない。






 麻央の置き折りたたみ傘に相合い傘で高校前のバス停から十五分、更に徒歩でまっすぐな上り坂を五分。

 到着した頃には雨はもうあがっていた。


「ちょっと待ってて、部屋片付けてくるから」


 そう言って麻央は自宅の鍵を開け家の中に入っていった。


 弘は玄関前のスペースで待たされることになった。


 白いゴシック調の門に同じく白く可愛い郵便受け。植物のプランターが庭を囲むように置かれている。雨に濡れた草木がとてもみずみずしく、弾けた雨粒がキラリと輝いていた。


 それを見て弘はうっすらと微笑んだ。


「お待たせ。さあ、入って」ドアを外に開いて、麻央は弘を招き入れた。


「おじゃまします」その言葉を使うのは久しぶりだった。それも友人の家で。


「いえいえ、汚くてゴメンね」


 社交辞令を吐きながら、麻央は弘を階段へ誘導した。


「すごい豪邸だね」


「ぜんぜんだよ。建て売りだし、周りの家と比べたら小さい方だよ」


「家の中に階段とかって、なんか感動する」


「え、階段が?」


「うちは団地だから。子供の頃、祖父母の家に行ったことがあったけど平屋だったし」


 そんな雑談もつかの間、麻央の部屋にたどり着いた。


 ドアにはローマ字でMAOと書かれた可愛らしいネームプレートが掛けられている。


「親御さん、共働きなの?」


「うん。普通のサラリーマンと普通のパート」


「なにそれ。普通のパートって」くすりと笑う弘。


「弟もいるんだけど、今日も塾みたいだから今は誰もいないよ。あ、飲み物持ってくるね」


「うん」


 弘は引き返す麻央の背中に頷いた。


 そして、ゆっくりと部屋の中を見渡した。


 木製のベッドにピンクの掛け布団と枕がお揃いの柄で置かれている。ベッドの上には窓があり、レースのカーテンとまたしてもピンクの遮光カーテンが開かれていた。

 ベッドと窓の間にはキャラクターのぬいぐるみが並べられている。

 机は真っ白でキチンと整理されている。その傍らにノートパソコンが置かれていた。

 タンスもドレッサーも白を基調としており、清潔感がある。

 壁にはカレンダーや時計、有名アイドルのポスターも貼ってあった。

 全体的にハートやリボンの装飾が多く、お人形の部屋のようなガーリーな部屋である。


「もう、そんなにジロジロ見ないでよ。座って座って、ベッドの上のクッション使っていいから」


 戻ってきた麻央は恥ずかしそうに折りたたみ式のテーブルを用意し、ジュースとクッキーを並べた。


「可愛い部屋だね」弘はぬいぐるみクッションを抱きかかえて座った。


「普通じゃない。弘の部屋はなんかクールそう」


「うちは部屋自体が狭いから、あんま物置いてない」


「シンプルでいいね」


 それが褒め言葉なのかただのお世辞なのか、弘には解らなかった。


「……あっ」


「どうしたの?」


 弘は床に置いてあった雑誌を見付けて、思わず指をさしてしまった。


 ティーン向けのファッション雑誌だ。表紙には、あのアイカナこと相澤加奈子が起用されている。


「ああ、その雑誌は毎月買ってるの。まさかそこの有名読モさんと同じクラスになるなんて思っていなかったな」


「相澤さん、好きなの?」


「スゴいなって思ってるけど、興味はないよ。私は雑誌が好きなだけだから。それに……相澤さんて、なんか近寄りがたいんだよね」


「私より近寄り辛かった?」おしぼりで手を拭きながら弘は尋ねた。


「うん。……なんか、怖い」


 麻央は雑誌を手に取って表紙の加奈子を見つめた。


「相澤軍団。中学のときからそう呼ばれてたけど、なんか怪しいんだよね」


「怪しい?」


「悪目立ちしてるっていうか……なんかさ……」


 弘は途中で話をやめてオレンジジュースをグイッと飲んだ。


「こういうのに載る人ってみんなそうなのかな?」


「読モだったら私もやってるよ」


 弘の新たなカミングアウトに麻央は驚いて持っていた雑誌を落とした。


「無名の雑誌だから、そいつらとは全然立場が違うけど」


 放心状態の麻央。開いた口が塞がらないとはこのことだ。


「そんなに驚くことじゃないじゃん」


「お、驚くよ! だって弘ならスーパーモデルになれそうだもん」


「スーパーモデル? なにそれ……」


「もう、なんで教えてくれなかったの」


「なんでって、話す機会がなかったから」


 麻央はやけ酒のようにオレンジジュースを一気飲みした。


 そして目だけで弘に訴えかけてくる。詳しく話せと。


「本当にマイナー雑誌なんだよ。土日に原宿で撮影してるけど、バイト感覚ってか半分遊んでる感じ」


「原宿! スゴーい! どんな雑誌なの?」


 まるで山奥の田舎に住んでるようなリアクションを見せる麻央。


「ジェンダーレス系の雑誌。女の子が男子の格好したり、その逆だったり……」


「弘にピッタリの雑誌じゃん!」


 麻央の興奮は収まることを知らなかった。そのうち、サイン下さいと言ってきそうな勢いである。


「だから引き受けたんだけどね。他なら断ってるよ」


「ああ、なんか勿体ないね。弘すっごくかっこいいから色んな人に見てもらいたい。……あ、でも人気が出て私から遠ざかっていくのは嫌だな。複雑な心境……」


「勝手に妄想ふくらませないで」


 弘は呆れた顔でクッキーをつまんだ。


「毎週土日に撮影するの?」


「毎週ではないけど」


「いいな。撮影見てみたいな」


「……今度ついてくる?」


 麻央は瞳をキラキラと輝かせて「うん!」と即答した。


「まあ、君に話したらこうなるよね。勝手に尾行されるよりはマシか」


「何、その言い方」頬をプクッと膨らませる麻央。


「だって、前科ありじゃん」


 麻央は返す言葉がなかった。それでもとても幸せそうな笑顔をみせた。

 あのとき尾行していた弘が、今自分の部屋にいる。

 それが奇跡のようで麻央には全てが眩しかった。

 弘の言葉ひとつひとつが貴重だった。

 だから憎まれ口も麻央の宝物のようなものだった。


「ねえ、パソコンって何に使うの?」


 急に話題を変えて、弘は机の周りを指さした。


「何って、動画見たり、音楽聴いたり、そんなもんかな……」


「そっか」


 そう言って弘はまた遠くを見つめた。



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