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主人公になりたい


 学校に行きたくない。でも親にも心配はかけられない。病気にでもなった方がマシだ。君に全てを話したらきっと君は助けてくれる。でも、今の君には言えない。目標に向かって一生懸命な君に迷惑は掛けられない。君は今、一番大事なときだから、本来なら僕が君を守らなきゃいけないのに。僕は勇者じゃなかったんだ。ただの雑魚キャラ。すぐに殺される。でも君は僕とは違う。小説でもゲームでも主人公になれる。君はとても強いんだ。僕は足下にも及ばない。君が羨ましい。その力を僕に与えてくれ。僕も主人公になりたい。






 昼休み。弘はいつもと変わらず塔屋の上にいた。


 ただひとつ、いつもと違うことがあるというのなら隣に麻央がいるということだ。


 ひたすら弁当にがっつく弘と自身の弁当の具材を確認して口へ運ぶ麻央。


 正反対に見える二人だが妙に馴染む光景だった。


「ねえ、手塚さん。手塚さんは男の子も女の子も好きになる訳でしょ。それって、心も女の子であって男のでもあるってことなの?」


 何の躊躇もなく尋ねる麻央。


「……そうだな。そんな感じかな。ジェンダーレスって知ってる?」


「ジェンダーレス……聞いたことはあるかな」


「ジェンダーってのは性別によって与えられた社会的や文化的の性差ってことなんだ。男女差ってことかな。で、それがないのがジェンダーレス」


「それがないって?」


「つまり、男子は男性らしい格好、女子は女子らしい格好ってあるじゃん。そういうのがないの。男子でもスカート履いてお化粧したりするし、女子もメンズ着たりする。ほら、男性ならブルー、女ならピンクみたいな決めつけがあるじゃん」


「なるほど……」


 と、言いつつもいまいち理解できない表情を浮かべる麻央。


「まあ、それは社会的、文化的なことだから心とは違うんだけど。でも私個人は心もその感じに近いんだよね。女であって女じゃない、でも男でもない。真ん中って感じ」


 弘のまっすぐで素直な発言を受け止めた麻央はこう返した。


「そっか、手塚さんは、手塚さんってことだね」


 それを聞いた弘は頷きながら笑顔をみせた。


 笑顔を重ねるたび弘は心を解放しているようだった。


「……やば、なんか泣きそう」


 弘の心の声が溢れて口からこぼれた。


「え、なんで?」


「なんでもない……」


 昼下がりの青春の一時はとてもくすぐったいものだった。


「ねえ、手塚さん、私本当にここに来ていいの? 一人の時間を大切にしたいんでしょ?」


「ああ、一人が好きってのは嘘。ちょっと事情があってね」


「嘘?」


「……いつか話すよ。君になら」


 弘はどこか悲しげに呟いた。そしていつものように遠くを見つめる。


 果てしない青空に消えてしまそうなほど儚げな表情を見せる弘が麻央に緊張を与えた。


「無理、しなくていいよ」


「別に無理はしてないよ。それにここに来るのは自由。私に権利なんてないしさ」


 かみ合わなくなった会話に麻央は愛想笑いをした。


 自分から彼女への気持ちが一方通行な気がすると感じる麻央。


 だけど、弘への想いが薄くなる訳ではなかった。


 逆に距離を感じるほど弘への興味がわいてくる。


「私、手塚さんのこと、もっと知りたい」


 それは愛の告白に似ていた。


 そしてそれは隙のない弘の的を射った。


「……いいよ」


 弘は右手を差し出した。麻央はその手を両手で握った。


「よろしくね。手塚さん」


「弘でいいよ。君は、麻央だっけ?」


 麻央は無言で頷いた。言葉が出なかったのだ。


 抑えきれない想いが涙になる。


 弘は麻央のこぼれ落ちそうな涙を指でぬぐった。


 端から見れば恋人同士。キスして抱きしめ合ってもおかしくない二人。


 でもそこに芽生えたのは、苦難を超えた友情であることに間違いはなかった。


 この日をきっかけに弘の中でギッチリ締まっていたあるものが緩み始めた。そしてそれはとても残酷で耐えがたい過去と未来のジレンマを生み出すことになった。


 そのことに全く気付いていない弘は麻央との仲を深めていった。


 無口な少女の心が開いた。


 それは事態はとても微笑ましいこと。

  

 客観的にはそう見えるだろう。

 

 


「ねえ、弘ってラノベが好きなの?」


「ラノベ?」


「いつも読んでるじゃん。異世界転生的なやつ」


「ああ、これか。この小説、ラノベっていうのか」


 弘は鞄から小説を取り出しカバーをチラチラ見た。


「知らないで読んでたの?」


 驚いて少し後ずさる麻央。


 二人はその日もいつもの場所にいた。


「読んでたっていうか……、悩んでたっていうか……」


「小説読むのに悩むの? 推理小説じゃないでしょ」


「この手の本が苦手なんだよね」


 あぐらをかいて、しかめっ面をする弘。


「いつもは読まないの?」


「小説なら、漱石とか芥川とか、宮沢賢治みたいなやつが好きかな」


「純文学が好きなの?」


「最近の人のも好きだよ。村上春樹とか綿矢りさとか」


 弘の回答に頷きながらも麻央はとまどいを感じていた。


「だったら、なんでいつもその本……ライトノベルを読んでるの?」


「理解したくて」


 意外な返事だった。

 

「この本は大切な人からもらったものなんだ。だから内容を理解したくて、ずっと読んでるんだけど、いまいち理解出来ないんだよな」


「どんなところが?」


 麻央は弘が開いている小説のページを覗き込む。


「どうして死んだ人が別の世界に転生して死ぬ前の記憶を持ったまま変な悪者と戦うの? これ以外の本も同じような感じだし。何を伝えたいのかが謎で」


 弘はとても真剣な顔で異世界転生と向き合っていた。


「そういうジャンルだからだよ。小説にはジャンルがたくさんあるでしょ。恋愛とか、推理とか、ホラーとか。弘が好きなジャンルは純文学系なんでしょ。それと一緒」


「ジャンルかあ……」あまり納得出来ない様子の弘。


「弘は差別が嫌いなのに、小説のジャンルは差別するの? 異世界転生は小説じゃないって」


 麻央の発言は弘の思考に深く響いた。


「そんな、別にそんなつもりはないよ。ただ、慣れないから……」


 珍しく同様する弘。他に返す言葉が浮かばなかった。


「ねえ、そんなに無理して読まなくてもいいんじゃない。大切な人からもらった本を理解したいって思うだけでも相手の人に失礼じゃないって思うよ」


「それは、そうなんだけど……」


 弘は何かを言いかけて首をかしげた。


「弘って結構頑固なんだね」麻央は笑って弘の肩を叩いた。


 その時、ポツリと冷たいものが空から落ちてきた。


「雨……」


 空を見上げる麻央。


「何呑気にしてんの? 下りるよ」


 弘はそう言いながら慌てて荷物と大切な小説を鞄にしまい込んだ。


 次第に強くなる雨。二人は急いで塔屋の上から中へ移動した。


「びっくりした。さっきまで晴れてたのに」ドアを開けて屋上の様子をうかがう麻央。


 突然の雨だったが、弘の慣れた行動で、さほど濡れずにすんだ。


「これじゃあ今日はもう外出られないね」


 麻央は悔しそうにドアを閉める。


「雨がやんでも地べたが濡れてるから座れないよ」


「あっ!」麻央は何かひらめいた様子で目を輝かせた。


「うちに来ない?」



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