あの頃は若かった
大人になったら今のこんな考え方も変わるのかな? こんなちっぽけなことで悩んだりしないのかな? 母さんの口癖みたいに、あの頃は若かったから……とか、過去を振り返ってあんなこともあったなと笑って話す日がくるのかな? 中二の僕には解らないけど。大人になったら中二病の恥ずかしくなるらしい。密かに異世界で暮らしている僕も恥ずかしくなるのかな。それはそれで楽しみだ。
弘、麻央、加奈子は昨日の電話打ち合わせの後に集まり、事前に今日の準備をしておいたのだ。
飛鳥の残した動画を飛鳥の母に見てもらい、警察へ動画を見てもらった。
事件性がありそうだという判断で、刑事さんが協力してくれた。
中学の時、ガラケーの内容を証拠にならないと言っていた五十代の刑事さんと新米の刑事さんだ。
ただ、岡田本人の事件に関わる言動が少なすぎて任意同行も難しいと言われた。
そこで、翌日岡田の家に行くということを良い口実として、本人から当時起きたことを語らせようという計画が上がった。
しかし、スマートフォンやボイスレコーダーなどの録音機材を身に付けても、すぐにバレると加奈子が証言したため第三者である麻央が自分のスマートフォンからこっそり生配信をして、記録に残すことだけではなく真実を世間に知ってもらおうとした。
電気街で買ったのは遠隔操作が出来る小型カメラ。加奈子がふらついたふりをしてドアを叩く。それが麻央の配信の合図になった。部屋が汚かったためキッチンのゴミの下にさりげなくカメラを置いても全く気付かれなかった。
刑事と飛鳥の母には事情を話して隣の家にいてもらった。薄い壁にベテラン刑事がずっと張り付いて隣の音を聞いていた。
そしてタイミングの良いところで岡田を確保できたのだ。
生配信の視聴率は高く、反響も大きかった。
SNSの話題だけにとどまらず、ネットニュースになりテレビのワイドショーなどにも取り上げられた。
弘や加奈子に取材のオファーもあったし、通学路で記者に追いかけられることもあった。
しかし、二人はそれを笑顔でスルーしてのけた。
麻央の存在に気付いた者もいたが、麻央も弘たちにならって上手くはないが関わらないようにしていた。
「もう、どうでもいいんだ」と弘は言っていた。
事件のことを公表したい訳ではない。誰かに知ってもらいたかった訳でもない。
弘は、ただ真実が知りたかった。
幼なじみの飛鳥がどうして死んでしまったのかという真実を。
それが解った今、事件に対する世間の論争、ネットの書き込み、誹謗中傷記事、その他の騒ぎに興味はなかった。
岡田が逮捕され、送検されるか、されないか、起訴か不起訴か……。それさえもどうでもよかった。
真実と引き換えに憎しみはどこかへいってしまった。
弘がそう思うことを麻央と加奈子は理解し納得した。
「弘がそれでいいなら、私も気にしないよ」と微笑む麻央。
「私は脅されてたから、岡田のこと許せない気持ちもあるんだよね。でも……イジメの主犯でもあるから……」
「別にあんたは私に合わせる必要ないんだよ。岡田と裁判みたいなの繰り広げてもいいんじゃん」
「いや、それじゃあ椎名くんに申し訳ない。私が写真なんて気にしないで誰かに助けを求めてれば、椎名くんは死なずにすんだんだもん」
「相澤さん、あまり自分を責めないで」
「いや、責める! だから私も手塚さんと同じ。岡田のことは忘れる」
「無理しちゃって」と言って弘は笑った。
三人が居るのは、いつもの屋上だ。でも塔屋の上ではない。
向かい合う訳でもなく、麻央、弘、加奈子の順で横並びになって床に座り弁当を食べていた。
「ここ気持ちいいね」
「気に入らないでね。ここは私が見付けた場所だから」
「え……手塚さんて、そーゆー性格?」
「盗撮してたのに気付かなかったのかよ」
「その話しはもう止めるって言ったばかりじゃん」
「まーまー、二人ともケンカしないで……」
黙々と弁当を食べる加奈子。
「なんか、空が高いね。真っ青だしキレイ」麻央が言う。
「夏だからね」弘が答えた。
三人の制服は夏物に変わっていた。白い半袖のシャツが日に照らされてキラキラと眩しい。
「篠原さん、空なんて見なくても暑いんだから夏だって分かるでしょ」
「お前、食べながら喋るなよ。あと、情緒ってものを知らない奴が麻央の文句言うな」
「お、おまえ……」
「ちょっと、またケンカしないでよ。弘はジェンダーレスだから男っぽい部分も持ち合わせているだけだよ……ね」
上手くフォローを入れられず、麻央はこの日何度もため息をついた。
新しい関係。新しい季節。思春期でおとずれるもの。変わっていくもの。
そして、気付かぬ間に椎名飛鳥が残したもの。
麻央は気付いた。