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空が青いから


 今日も空が青い。ただそれだけで、僕は幸せだったんだ。学校へ行って、みんなにおはようって挨拶して。数学が苦手で、テストの点が悪くて母さんに怒られて。たまに小学校のときに作った隠れ家へ行って、小説を読んで、君が会いに来てくれて、一緒に帰って。そんな普通のことが幸せだったんだ。空が青いからケータイで写真を撮った。いっぱい撮ったから、一枚は君へのプレゼントだよ。




「岡田は……私のある弱みを握って脅してきた。私が主犯となって椎名飛鳥を……。私は必死になってクラスの人間が私の味方になるように弱みをかき集めた。自分の……がバラされるのが怖くて……、今でも毎日怯えてる……。いじめたくていじめたんじゃない。自分を守るにはそれしかなかった」


 自身の両腕を強く抱きかかえるように握りながら加奈子は話した。


「……飛鳥は……私のせいで死んだのか……」小さく呟く弘。


「そうよ! そして私もあなたの犠牲者なの!」


 大声を出さないように注意した加奈子本人が声を荒げた。自分のことには耳を傾けず、飛鳥の被害だけにショックを受けている弘の言葉に腹が立ったのだ。


「やめて、弘が悪い訳じゃないよ。どちらも被害者なんだよ」


 いても立ってもいられず、麻央が口を挟んだ。


「……そうね……あなたも被害者だものね」


 嫌みたっぷりといった感じで加奈子は笑った。しかし、すぐに顔色が変わり、余裕のない表情を見せた。


「……椎名飛鳥のこと、自殺するように仕向けたって言ったけど、実際自殺ってことにもなったけど……正直なところ、それは間違ってる気がする」


「どういうことだ……?」


 弘は顔を上げて、目線が泳いでいる加奈子の瞳を見た。


「椎名飛鳥は自殺していない。そう見せかけただけ……本当は、あいつに殺されたのかも」


「殺された……」


 口からこぼすように弘が言う。そこに感情はこもっていなかった。


「椎名飛鳥はいじめに耐え抜いている気がしていたから、簡単に自殺はしないと思っていたの……」


「……?」


「ただ、私が岡田と会っているところを彼に見られたことがあって……。それから間もなくして彼は自殺した。岡田はそのことについて意味深なことを言ってきた。『君もこうなるかもね』って」


 しばしの沈黙が続いた。


「……なんだか、もうよく解らない。……つまりは、私が岡田先生に会って事実を聞くしかないってことだろ」


「やめてっ! 岡田に会って何を話すっていうの? 私からこの話を聞いたなんて言うんじゃないでしょうね!」


 加奈子はムキになって、座り込んでいる弘の肩を掴んで揺さぶった。


「だって、それしかないじゃないか。飛鳥の死の真相を聞き出すためには……」


 バチンッ……。


 加奈子の手のひらが弘の左頬を引っ叩いた。じめっとした部屋に乾いた音が鳴り響く。


「余計なことしないで……」


 目に涙を溜めながら、それをこぼさないように加奈子は必死に呟いた。


「……言ったでしょ。私は岡田に弱みを握られている。あなたがもし、ここでの話を外部に漏らすことがあったら、私は終わりなの……」


 こらえてきた涙が加奈子の頬を伝い、彼女自身も弘のように床に崩れ落ちた。


「……君の弱みって、何なんだ? そんなに大事になるのか?」


 ヒリヒリとする頬をさすりながら、弘は小声で尋ねた。


「……写真」


「……え?」


「……裸の写真」


 本日、何度目かの動揺。弘は息が止まり、麻央は驚きで後ずさり、棚の角に肩をぶつけた。


「……悪いのは自分だって解ってる。……でも、当時は好きだったし、こんなことする先生に見えなかったから……」


「ごめん……どういうこと……。写真って……いつ……」


 いつもクールな弘も冷静ではいられなかった。


「中一のとき。絵のモデルになってくれって言われて……。恥ずかしかったけど、あいつのこと好きだったから興味本位で……。隠しカメラがあるなんて思ってもみなかった」


「……その写真をネットにばらまくって脅されているのか?」


「その通り――」


「……だから君は、ネットを使ったいじめが出来なかったのか……」


 麻央はホコリだらけの床に座り込む二人を見ながら無言で頷いた。納得が出来たのだ。


「そっか……君も苦しんでいるのか……」


 スカートの裾をギュッと握りしめる弘。


「みんな……私が呑気にしてる間に苦しんでたんだ。……飛鳥は命まで奪われ、君も麻央も、私と同じクラス、学校の人みんな……ほとんど関わりのない人まで……私のせいで……」


 涙すら出なかった。弘の全てが干からびてしまったかのようだった。


「そんな、弘が悪いわけじゃないよ……」


 いても立ってもいられず、無音の空間を切り裂く麻央。


 しかし、弘は何の反応もなく、側にあった鞄を引き寄せた。


「私のせいだ……。全部私のせいだったんだ……」


 鞄を抱きしめ、突然立ち上がった弘はその言葉を残し、部屋を飛び出した。


「待って!」


 必死に追いかけようとする麻央の腕を加奈子は掴んで離さなかった。


「お願い。もう彼女の側にいないで……」


 泣きながらそう訴える加奈子の手を麻央は振り払うことが出来なかった。


 弘が去った勢いで舞ったホコリを被りながら麻央は脅迫の恐ろしさを感じた。


「相澤さん、みんなの弱み返してあげてね。……先生とかも。全部弘に話したなら、もう、脅す必要なんてないでしょ……」


「……手塚さん、警察に言ったりしないかな?」


「しないよ。多分、弘はそんなことしない」


「解った」


 何に対する解ったなのか、感情のない空虚な会話をした二人には何も見えていなかった。


 走り去る弘の後ろ姿。それは麻央の脳裏に焼き付いていた。


 そして後悔した。何故、弘を追いかけなかったのかを。


 次の日も、その次の日も、弘が学校へ来ることはなかったのだ。



 

 君は僕のプレゼントに気付いてくれたかな? それはとっても大切なものなんだ。その場所に導く鍵が、ここに入っている。要は空が青いってことなんだ。


第二章終わり

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