僕の世界は終わり
僕の描きたかった世界は少し狭すぎたかもしれない。小さく、薄っぺらな箱の中では君は自由に動けないからね。やっぱり君にはこっちの世界が似合ってる。果てしなく青い空、どこまでも続く大地。だから、もうここで僕の世界は終わりにする。君にラスボスは会わせないよ。アイテムはみつけられたかな?あれだけは見付けて欲しい。あれは、こっちの世界で役立つかもしれないから。そうならないといいんだけど。そうなる前に僕が助けなきゃ。
「私を監視してるって……それは君だろ?」
「私は命令されてそうしているだけ。……私がクラスの奴らにしたように、私もそいつの指示で動いているの」
加奈子は少し声を震わせながらも落ち着いて話した。
「誰なんだよ、そいつ」
切迫した弘の表情を見て、麻央はゴクりと唾を飲んだ。
「あなたがよく知っている人物よ」
「え? ……麻央……じゃないだろ」
「違うよ!」麻央は大きく首を振った。
「大きな声出さないで。……聞かれたら困るの」
人差し指を口元に持ってくる加奈子。
「何が困るんだよ?」
「それは……後で話す……」
「だったら、回りくどい言い方しないで教えてくれよ。私のよく知ってる人間で君と麻央以外なら中学のときの奴らくらいだぞ」
「それ」
加奈子は真剣な顔つきで弘の目をじっと見た。
「中学の誰かってこと?」
「あのいじめを教師たちも皆否定していた。だけど一人いたじゃない……あんたの味方になった人物が」
「え……」
弘の顔が硬直し、青ざめていく。
「……それって、さっき話してくれた……」
名前も知らない人物が麻央の中で蘇った。
「あいつの名前なんて言いたくない。でも、あなたが知りたいなら答えてもいい」
「嘘だろ……」
「嘘じゃない」
弘と加奈子、どちらの声も震えていた。
「……美術の先生って言ってたよね」
その場では部外者のような麻央が呟いた。
緊張感の走る部屋に響く麻央の小さな声がガラスを割る音のように聞こえた。
「岡田正信。現在四十七歳。中学で美術を教える教師」
加奈子が吐き捨てるように言った。
「……嘘だ。何で岡田先生がそんなこと……」
額を手で押さえる弘。
「何でか、知りたい? あなた、壊れるかもよ」
加奈子は一見弘を攻めているように見えるが、とてもおびえた口調である。
「……あの、だったら私にこそっと教えて」
慌てて麻央が間に入ろうとするも、加奈子からは完全に無視されていた。
「……ありがとう、麻央。大丈夫だよ。真実を知るためにここに来たんだから」
「……じゃあ、話してもいいの?」
弘は加奈子の目を見て「いいよ」と言った。
「……岡田には裏の顔があるの。表面はとても優しいオブラートみたいなものに包まれているけど、あることになると……別人のように恐ろしくなる」
「あること?」
「……愛する手塚弘のこと」
弘の頭は真っ白になった。
「岡田は、あんたが……手塚弘が好きなの。愛しているの」
おとぎ話の中にいるような気分を味わう弘。まるで現実味のない空想の世界に立っているような状態で言葉も出なかった。驚きが度を超すと心は宇宙空間へ行ってしまうのかもしれない。
まばたきもせず、呼吸も止まっているように見えた。
麻央はそんなマネキンのような弘のことを唖然として見ていた。
「それだけで固まらないで。まだ、ちゃんと話してない……」
どことなく会話をためらう加奈子。
「……っ本当のことなのか?」やっとの思い出話す弘。
「本当だから、色々面倒なことになってるの」
麻央にはなんとなく解ったが、どうせ無視されるだけだと口を塞いでいた。
「岡田先生は……なんで君に?」
「それは最後にして。私だって怖いの」無造作に髪をかき上げる加奈子。
弘はいつの間にか視線を斜め下に落としていた。
「……岡田は入学してすぐあなたに好意を抱くようになった。そして手塚弘を自分のものにしたいという願望が芽生えた。そして、あなたの周りにいる人物がうっとうしくなった。あなたと仲良くする人物に消えて欲しかった……」
加奈子がそこまで話すと弘は震える両手で口を塞いだ。
「そう、邪魔だったの。椎名飛鳥の存在が。……だから二年のクラス替えであなたと椎名飛鳥を引き離し、……彼のクラスでいじめを起こさせ、自殺するように仕向けた……」
弘は吸い寄せられるようにゆっくりと床に膝を付き、うなだれるように座り込んだ。小さなホコリが舞い上がり、鞄のドサッという音だけが小さな部屋に響き渡る。
麻央はどうすることも出来ず、ただの傍観者となった。