あの扉を開けて
本当は怖い。怖くてたまらない。真っ暗な闇の中にいるようだ。あの集団は何者かに操られてる。女王様のように身分の高い人間が遠くから見下ろしている。助けを求めたい。早くあの扉を開けて君の温かな手に触れたい。でもダメなんだ。僕は君を守るって決めたから。きっともう直ぐ解決する。奴らはホントは良い奴だから。あと少しの辛抱だ。
二年四組のホームルームが終わり、生徒たちはそれぞれに動き始めた。
麻央はのんびりと帰り支度をしている。
「あれ、麻央ちゃん、今日は部活ないの?」
綾奈と詩織はスポーツバッグを片手に麻央の顔をのぞき込んだ。
二人は中学時代からバスケ部で活動をしている。
「そうそう、うちの部は今年から自由参加なんだって」
文化系の麻央は仲良し三人組の中で唯一美術部の部員である。
「そうなの? 何で?」と尋ねる綾奈。
「顧問のこだわりっていうのかな。一年のときはがむしゃらに描いて基礎を鍛えるんだけど、二年になったら個々で想像力や観察力を鍛えるんだって。だから部室に行く必要がないの。好きなときに自由に想いのままを描くんだって」
「そうなんだ……」
詩織はあまり理解できないこだわりに若干引いていた。
「なんだか難しいね。こっちは今すごく楽しいよ。ね、詩織」
「うん。後輩が出来たからね。今までは先輩に指示されてばかりだったけど、これからは自分たちが指導したりも出来るから」
「そっか、いいな二人とも楽しそうで」
「麻央も入る?」わざとらしく誘う詩織。
「私の運動音痴をバカにしてるでしょ。いいの私は、自由に生きるんだから」
そんなバカらしい会話を繰り広げたのち、綾奈と詩織は笑いながら駆け足で教室を出て行った。
大きく伸びをしてため息をつく麻央。
その時、席から立ち上がる弘の姿が目に入った。
ドキッと鼓動が脈うつ。麻央の目線は弘の姿を追った。そして本人も気付かない間に足が彼女の方に向かっていた。
教室を出て、廊下を歩いて、階段を上って、麻央はいつの間にか弘の後を追っていた。
「階段上るの? 部活かな?」
周りから怪しい目で見られても気にならなかった。
弘に気付かれないようにそっと尾行を続ける麻央。
教室から一番遠い階段を最上階まで上る。
「……この先って、屋上?」独り言も多くなった。
弘は屋上へ続く階段を上りきって、目の前にある扉のドアノブに手をかけた。
息をのむ麻央。
両開きドアの片方を思い切り引く弘。明るい日差しが階段に降り注ぎ、麻央は眩しさに目を細めた。
光の中に吸い込まれて行くように弘の姿がなくなり、バタンとドアが閉まる音だけが残った。
麻央は急いで階段を駆け上がった。
そしてドアに耳を押しつける。
何も聞こえない。
そっとドアノブに手をかける麻央。
深呼吸をし、ゆっくりとドアを引く。
そこのあったのは何の変哲もないごく一般的な普通の屋上だった。
小学校の頃プールの時間に何度も通ったあの屋上と変わらない。
麻央は一歩足を踏み出し、そのまま屋上の観察をを始めた。
たった今、ここへ着いたばかりの弘を探しているのだ。
プールにある屋上よりもずっと狭い屋上。
進んだり、戻ったり、回ってみたり、何度も同じことを繰り返す麻央。
しかし、どこを探しても弘の姿は見つからなかった。
「神隠し……?」
次の日も、また次の日も、麻央は弘の後を追いかけた。
昼休みも同じ場所に行っていることが解ってからは、一日に二度尾行した。
「麻央ちゃん、それストーカーだよ」
友人に呆れられても何故か止めることが出来なかった。
まるで変な呪いに掛かったようだ。
「もう止めなよ。手塚さんだって一人がいいって言ってたんだし」
余計なことは気にしない性格の詩織にまで注意された。
「……解ってるの。だけど変なの。黙っていると胸が苦しくて。私、どうしちゃったんだろう?」
ほとんど手をつけていない弁当に手を添える麻央。
「……それってさ、恋じゃない?」
綾奈がぼそっと呟いた。
詩織もジーっと麻央の顔を見つめる。
「え? ち……違うよ。な、何言ってんの? 相手は女の子だよ!」
頬を桜色に赤らめた麻央は何度も首を振った。
「でも、今ってそういうの関係なくない」
「そうだよ。性別も年の差も関係ないじゃん」
「だから、違うってー!」
教室のすみで壁にもたれ掛かり、三人のくだらないおしゃべりを真面目な表情で聞いていた人物がいることをこのときの麻央たちは知らなかった。
アイカナこと相澤加奈子。
そして加奈子の友人であり、弘を中学時代から知る者。
井上結香と、宇野和美。
相澤軍団と呼ばれるこの三人は弘の本当の姿を知っていた。
そして、それから一ヶ月、麻央は弘を探すため毎日屋上を訪れた。