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貴族様の成り下がり  作者: いす
8章

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70/71

70話目

70話目です

誤字・脱字があったら申し訳ありません

 ガタガタと洗濯機が震えていた。

 王都は夜の9時を越えた。

 片付いていなかった家事を一つ終わらせに洗濯室へ向かい、使われていない三台の洗濯機から奥の一台を借りて、部屋から運んだ洗濯物を流し込んだ。

 その仕上がりは聞こえてくる波打つ水の音からして、まだまだ長そうに思えた。

 部屋の隅に置いてあった椅子を洗濯機の前まで運んで腰掛け、働く様子を眺めている間、ぼんやりと頭が回る。

 今月もそろそろ終わりが近い。気になるのは今月の実地訓練。

 先月は学院祭と合同という、一月ひとつきで二度の実地訓練が行われた。

 一月に一度が基本となっている実地訓練で二度もあったなら、もしかすれば逆に行われない月もと考えはするが、いまいち空想染みている。

 明日が明後日か、ネカスに宛てられた話が舞い込む用意を済ませているのかもしれない。

 風呂から上がり、一本一本がほどけた自分の金の髪の毛を軽く指でつまんで引っ張る。

 意味もない、ただの時間潰しだった。

「あ、こっちいたんですか」

 洗濯機の音に混じり、ふとそんな声がした。

 使用中の目印の為、半分ばかり開けたままにしていた扉から、斜めに傾いたワッフルが姿を覗き込ませていた。

「ワッフルか」

 俺が反応すると扉がもう半分横に引かれて、彼女が洗濯室に入ってくる。

 切り揃えられた紫混じりの黒い髪の下には、四角いフレームの眼鏡が構えている。

 その奥にある桃色の瞳が震える洗濯機を写した。

「お洗濯、だいじょぶですか?」

「全然まだ掛かる。…それ、どうした」

 彼女も風呂は済ませてきたようで寝間着を少し厚く着込んでいたが、その腕にはどうしてか俺の部屋のベットに置いてある筈の、やる気のない目をしたたぬきの人形が抱えられていた。

「ランケさんの部屋行ったんですけど、いなかったんで」

 抱えたたぬきの頭をワッフルの手がもふもふと撫でる。

 ここまで持ってきた理由にはあまりなっていないが、俺の部屋に寄ってきた証拠という事なのだろうか。

「何か用だったか」

「それなんですけど…写真、持ってきました」

 たぬきを撫でていた手を口元に添え、極秘の話とばかりに小声で言ってくる。

「あぁ…前に話したやつか」

 思い出させるのは少し前にあった四連休。

 そこでワッフルと二人で過ごしたある日、今の彼女の黒髪が染められてなっているものであり、本当は違う色なのだという秘密を俺に明かしてくれた。

 証拠の写真がある事についても同時に聞いてはいたが、その日はまだ覚悟が出来ていないからと見せてもらっていなかった。

「覚悟…出来たんです」

「そうか…」

 たぬきに目が取られていて気付かなかったが、たぬきを抱える手には大事そうに一枚の写真が握られていた。

 過去のワッフルはその紙に、今を知らずに切り取られているのだろう。

「ちょっと持っててください」

 ワッフルは俺にたぬきを押し付けると、もう一つあった椅子を近くから運んで俺の正面に設置し、すとんと腰を落ち着かせる。

 俺もまた椅子の上で居住まいを正し、渡されたたぬきが転げ落ちないよう、その頭を抑え込むようにして両手を置く。

「じゃ、じゃあ…あっ、扉!閉めてきます!」

 写真を見せようとしたワッフルだったが洗濯室の扉が開けっ放しなのに気付くと、慌ただしく椅子から立ち上がる。

 扉まで走ると廊下に顔を出し、警戒するようにきょろきょろと左右を確認してから、がたんと厳重に閉め切った。

「ネカスは全員知ってるんだろう?何もそこまでしなくてもいいんじゃないか?」

 知っているのは確か、ミミコ先生、クーシル、レグの三人に加え、染めてもらっている人として美容師のカガミも挙げていた。

 この寮にいるのは知っている人だけであり、閉め切ってしまうのは過剰に思えた。

「うっかり落として飛んでっちゃう可能性、ゼロじゃ無いじゃないですか!それでそのまま外に飛んでったりしたら…!」

 考えたくないと青ざめたワッフルは震えながら椅子に戻り、俺と膝を突き合わせる。

「それでは今度こそ…。じゃあ、見せますね…じゃん!」

 俺とたぬきの目を受けたワッフルは緊張した面持ちで呼吸をしながらも、決めた覚悟から身を背けずに、俺の眼前へ写真を突きつけてきた。

 鼻が触れるぐらいの距離まで突きつけられ、少し顔を引いてから写真を見る。

 写っていたのは身を寄せて笑う三人の女子。

 顔立ちは三人共幼く見えた。

 着崩された服は制服で、うっすらと覗く背景はどこかの学校の教室らしい。中学時代の写真らしかった。

 それぞれ背はバラついていて、一番背の低い女子は赤い髪のお団子を頭に二つ作り、ありありとおでこが見えている。

 一番背の高い女子は薄い黄色の髪で、長い睫毛まつげを飾った瞳がよく目立っていた。

 じっくり過去の写真を眺めていると、その横から現在のワッフルが顔を出してくる。

「ど、どうですか?三年ぐらい前のなんですけど…わたし、どれか分かりますよね?ここ、この、ピンクのですよ?」

 何度も見ている写真なのか、裏側からでも自分が写っている場所は把握しているようで、ワッフルの指先が左右の女子に押し込まれながらも負けじと前に出て無邪気に笑う、派手な雰囲気をまとった中央の女子生徒を指差す。

「こ、これが…ワッフル…?」

 その女子生徒のピンク色の髪の毛は写真を見せられた瞬間に目に入ってきていたが、これをワッフルだとどうしても頭が認識しなかった。

 髪色はもとより長さも違う。その上、ツインテールの形で結ばれた髪はどの毛先も遊んでいて、今のように切り揃えられた髪など一つも見当たらない。

「眼鏡も…変えたのか?」

 眼鏡は掛けているが今の四角いフレームの眼鏡ではなく、明るい色味の細い丸フレーム。

「あっ、それはですね」

 写真を持つ現在のワッフルが、寝間着のポケットをがさごそといじり始める。

「これです!これ!」

 取り出した眼鏡ケースをぱかっと開けてもう一つの眼鏡を手に取ると、入れ替えでそれがワッフルの目に掛かる。

 それはだいぶ前に掛けていたのを見た、もう一つの度入りの眼鏡。

 写真のと見比べてみるとフレームの丸みや色、どれもが写真の中と同じだった。

「似てるな…あ、いや、本人なのか」

 実物を出されてようやく、写真の中で笑う女子生徒が目の前にいる彼女なのだと少しだけ認識が出来てくる。

「随分と変わったな…」

「まぁ、色々変えましたから。髪とか、言葉遣いも変えたんですよ?」

「でも…目の色は一緒だな」

 俺の呟いた言葉に、ワッフルが予想外そうにぱちぱちとまばたきをする。

「そう、ですね。目の色変えるのとか、まだ発明されてないですから」

 写真の彼女も今の彼女も、桃色の瞳は変わっていない。

 そこばかりはどうにもやりようがなかったと、ワッフルが力の抜けた笑みをこぼす。

「これもワッフル…なんだな」

「はい、ワッフルです!」

 いまいち認めきれない箇所が心内では数多く渦巻いていたが、目の色は何も変わっていない事に気付くと、どうしてかそこで自分の頭はすんなりと他も受け入れられた。

 写真の中の彼女は目の前にいるワッフル(彼女)である。

 俺がそれを理解してきたのを見て取ったのか、ワッフルは突きつけていた写真を小さな膝の上に引っ込めた。

「その写真はわざわざ王都まで持ってきたのか?あまり、人に見られたくない物なのだろう?」

 落として飛んでいくという万が一の想像にさえ、現実味を持って青ざめていたのだ。

 そこまで見られたくない写真ならば、地元に置いてくる選択肢もあったのではないかと気に掛かった。

「人に見られたくないもの…では、あるんですけど、だからって無くしたい思い出、っていうわけでもないんです。この頃はこの頃で、わたしにとってすごい大事なものなんです。捨てたり置いてったりは出来ませんでした」

「そうか…下手な質問をした」

 気にしていないと首を横に振ってはくれたが、大事な思い出というのは友人と並んだ彼女の屈託のない笑顔を見れば、そうなのだろうとすぐに気付けた筈だ。

 彼女にとって昔とは、変わったからとそこで切り捨てるものではない、抱えるべき思い出なのだ。

「それにですね…この写真、きっかけになった子も写ってるんです」

「きっかけ?」

「わたしが学院に行こうって決めた、きっかけの子です。ここ、ちょっとだけですけど」

 今度は突きつけずに差し出すように見せてきた写真の、ワッフルが指差す隅に目を凝らす。

 そこには、ぼやけながらも写る一人の女子生徒の姿があった。

 周りではしゃぐ男子生徒の様子からして休み時間か何かに撮られたものらしいが、机に腰掛けてノートにペンを向ける女子生徒の姿は、実に真面目そうな雰囲気をまとっていた。どことなく、今のワッフルと見た目の雰囲気が似通っている。

「この子が王都の学院に行きたいって先生に相談してるの、偶然聞いちゃったんです。わたし、その時王都なんて考えにもなくて。だからどんな場所なんだろうって、すごく気になったんです」

「それで学院に?」

 その時の感情は今も鮮明な熱を持っているのか、大きくはいと頷いたワッフルは言葉を続ける。

「友達はみんな、地元で進学するって話してたんですけど、わたしはもう、学院が気になって気になって仕方なくなっちゃって。これはもう行くしかないと!で、色々ムリ言って来たんです!」

 にひっと無邪気に笑ったワッフルは写真を自分の方に回し、きっかけになった女子生徒に視線を落とす。

「この子、すごい頭良い子で、真面目で…。そんな子が行くって言うぐらいの場所なんですから、わたしもじゃあ、それぐらいならないとダメなんだと思いまして。こうして、今のこの真面目ワッフルが生まれたんです!」

 写真のぼやけた女子生徒は、ワッフルにとって目標のようなものなのだろう。

「なら、その人も今、学院に?」

「いるっていう話は中学の時の先生から教えてもらいました。見掛けた事はないですけど…」

 一般の教室から離れた、立地の悪い場所にネカスの教室はある。偶然見掛けるというのも難しい話なのかもしれない。

 一通り話したい事は喋り終えたようで、ワッフルがおほんと咳払いをした。

「というのが、中学時代、髪を染めるまでのワッフルでした」

「ありがとう、写真まで見せてくれて」

 彼女にとって写真まで見せるというのは、簡単な決断ではない筈だ。

 俺という相手にその決断をしてくれたお礼を口にすると、ワッフルが丸い眼鏡の奥からじーっと俺を見つめてくる。

「…ありがとう」

 洗濯機の音に紛れてしまったのだろうか、もう一度礼を口にする。

「すごい話でしたよね」

「……あぁ」

「ワッフルに意外な真実あり!ですよね!」

「………」

 俺が返す言葉を見失うと、途端にワッフルの瞳がじとりと温度を無くした。

「やっぱり反応薄くないですか!前話した時とほとんど差ない感じするんですけど!洗いざらい話したのにっ!」

 俺の観客としての反応があまりにもつまらないと、椅子から立ち上がったワッフルがむがーと憤慨して迫ってくる。

「ま、前よりも本当に驚いている」

「クーとかレグは飛び跳ねてくれたんですよっ!ランケさんずっと座ってたぬきもふもふしてて!真顔でもふもふしてて!」

 不機嫌そうに言う彼女の背後、ずっと動いていた洗濯機が一度ガタンと大きな音を立てて動きを止める。洗濯が終了したらしい。

 静まった洗濯機を横目で見たワッフルが、尖った唇でちくりと一言俺を突いてくる。

「洗濯機の方が良い反応ですよ…」

「…悪い」

 洗濯機の脇に置いたカゴを取りに、たぬきを椅子に預けて立ち上がる。

 すると、ワッフルは自分の使っていた椅子を元の場所に片付けに行く。

 部屋に戻るのかと思いきや、突然、俺の椅子からたぬきをかっさらい、洗濯室の扉までわたわたと走っていく。そしてそこから俺に乾いた笑みを向けてきた。

「ふふふ…ランケさんの反応がへなちょこなばっかりに、この子は今日、わたしと一緒に寝ることになりましたよ。ふふふ…綿わたの形が明日には変わっちゃってるかもしれませんね…」

 洗濯室の扉をスパンと一気に開け、たぬきを抱えたワッフルが廊下へと出ていく。

 俺の言葉を待つ事もなく、扉はガラガラと閉まっていく。だが、彼女の身体分の隙間を残した所で不意に音が止まった。

「…おやすみなさいです、ランケさん」

「おやすみ、ワッフル」

 これだけは言わないととばかりの言葉に返事をすると、完全に扉が閉められる。

 音の一つもなくなった洗濯室で、自分の濡れた服を洗濯機からカゴに移し替えた。


 ━━━━━  ━━━━━  ━━━━━


 朝のホームルームが始まるまでの間、教員が来る限界ギリギリまで、友人との会話を続けようとする学院生で廊下は溢れかえっていた。

 人波の隙間をすり抜けてついには人のいなくなった廊下まで進み、ひっそりと構えるネカスの扉を開ける。

 教室にミミコ先生の姿はまだ無かった。

 四人それぞれが各自の席に行き、鞄やリュックを長机に置いて、これから夕暮れまで続く、学院での一日の準備を整えていく。

「ランケさん、全然驚いてくれなかったんですよ」

 むすっとした声は窓際の長机の椅子にレグと並んで腰掛けるワッフルからで、口にする内容は昨日の洗濯室でのやり取り。

 俺に自身の髪色について話した。という話をワッフルが二人にして、路面で始まったそれがここまで引き続いていた。

「あー、イメージつくー、それ」

 コンパクトミラーを開いてオレンジの前髪を整えていたクーシルが、着いた椅子の上でこくこく頷きながらあはーと笑う。

「まぁそんなでしたので、たぬきをかっさらってやろうと思いまして」

「朝返してたのそれか」

 朝食の時に俺にたぬきを返していたのをレグが思い出して言うと、ワッフルがですと頭を下ろす。

 ぐったりと長机に倒れて際限なく欠伸を繰り返していたレグだったが、ふっと口元を緩ませる。

「最初の頃あったよなー、敬語とタメ口半々のよく分かんないやつ」

「あー、あったあった、憶えてる」

 記憶をくすぐられたかのように、クーシルが大きく口を開ける。

「そんな時代があったのか」

「一年の頃ね」

 知らない時代の話につい興味をこぼすと、クーシルがそうだったのと俺に微笑んでくる。

「なんか焦ったりするとね、出てたの。あと髪染めるの遅れたりして、黒とピンクで変な感じなってたり」

「あったー、それ。それで俺ら、染めてんの知ったんだよな」

 髪色を知った経緯にクーシル達が相槌の息をこぼしていると、ワッフルの座る椅子ががたっと大きく鳴る。

「む、昔の話です!今はもう、そんな失態しませんから!実際ランケさん違和感持ってませんでしたしー!」

「あれもう見れないのかー」

「見たいよねー」

 窓の真横に座るレグと真ん中の長机に座るクーシルが、ワッフルを挟んで名残惜しそうな視線を交わす。

「しゃくも思わない?」

 交わされた視線は一つになって、壁際の長机で影に染まった俺に流れてくる。

「あまり無理強むりじいはしたくない」

「興味はあんだ?」

「…ある」

 俺が見たピンクの髪のワッフルは中学時代の写真だけ。

 今の彼女の場合はと考えた事を、クーシルが言葉端から鋭く見抜いてくる。

「見せませんよっ!」

 うぐぐと真ん中で唸っていたワッフルは、決意固そうにそう言って左右からの視線を睨みで押し返す。

「あのワッフル、かわいいのになー」

「…そうですか?あ、いや、しませんからね!」

 クーシルがぽろっとこぼした声に若干揺らぎながらも、やはりワッフルは頑として譲らない。

 そんな会話の合間に覗いた時計は、普段先生が来る時間を幾らか超えていた。

 これぐらいの時間となるとミミコ先生は既に教室には来ている筈なのだが、今日は遅い気がする。

 そう思った時、扉ががらがらと退けられた。

「おはよう」

 ふわふわとクリーム色の髪を揺らして、ミミコ先生が教室に入ってくる。

「おはよう、先生」

 登校前、俺達よりも先に学院へ行く先生に寮で一度言ってはいたのだが、もう一度朝の挨拶を交わす。

 うんと頷いたミミコ先生は長机に置かれた俺のペンケースを見て、くすっと口元を緩めた。

「かわいいね、それ」

「まぁ…少しあってな。貰ったんだ」

 先生が目に留めたのは、布地のペンケースに付いた一枚のバッチ。今日も変わらず、黒猫は木陰で心地よさそうに眠っている。

「おはよ、せーんせ」

「うん、おはよ。あれ?クーも付いてる。かわいいね」

「へへー、ちょっとね、もらったの。ふふー、よいでしょー」

 ペンケースに付いた柴犬のバッチをクーシルから自慢げに見せつけられながら、レグとワッフルからの挨拶も受け取って、ミミコ先生は教卓まで向かう。

 教科書を抱えるその腕には、一緒に紙の束も抱えられていた。

 どうやら今日がその日らしい。

 教卓にどすんと置かれたそれに気付かないまま、クーシルがワッフルに話し掛けた。

「せんせーには?話した?」

 名前を出され、ミミコ先生が「ん?」と目を向ける。

「あの、話しました。ランケさんにわたしの髪のこと」

「あ、そうなんだ」

 俺がワッフルの髪色の秘密を知ったと分かると、ミミコ先生はこちらに顔を運んでくる。

「じゃあ、ランケくんもあの写真?」

「昨日見せてもらった」

「ふふっ、びっくりするよね」

 自分がそうだったと言うようにミミコ先生は軽く微笑んだが、何かに小さくはっとすると目の前の教卓に視線を落とす。

「あ、でも…それじゃあ」

「あれっ、その紙…!」

 先生の気になる様子に三人も同じ場所に目を向け、そこでようやく、実地訓練の紙が用意されている事にクーシルが声を上げた。


 ━━━━━  ━━━━━  ━━━━━


 ホームルームの時間を少し早めに迎えさせて、実地訓練の仔細をまとめたプリントと武器の申請書を、先生が全員に配っていく。

「今週の金曜日から三日間、実地訓練があります」

 教卓に戻りながら予定を口にした先生は自分も手にするプリントを見て、おもむろにワッフルへ視線を運んだ。

「それでなんだけど…場所が『ロプトーン』なんだよね」

「えっ」

 出されたその名前に引っ掛けられたように、ワッフルが読んでいたプリントから顔を持ち上げる。

 クーシルとレグも言葉なく口を開け、これまたワッフルに二つの視線を運んだ。

「ワッフルの地元なのか?ロプトーンというのは」

 四人の様子から答えを探して口にしてみると、黒髪がこくんと大きく頷く。

「そうです。ランケさんに話した途端こうなるとは…」

「すげー偶然」

 プリントには何枚か、ロプトーンについて街の写真が貼り付けられていた。

 さっきまでは建物が広く立ち並ぶ普通の街とだけ見えていたが、ワッフルの地元と分かると見る目が変わる。

 切り取られた景色の一部の、小さいところにまで目が入り込もうとする。

「ここがワッフルの地元か…」

「なんかあんの?名物的なの」

 名前は知っていてもどういった場所かまでは知らなかったようで、写真を食い入って眺めていたレグが興味深げにワッフルに尋ねる。

「全然ないですよ。ちょっと人が多いくらいで、後は普通のとこですから」

 恥ずかしがって語ったワッフルは、プリントを上から下まで丁寧に読み込んでいく。

 そして最後まで読み切ると、不安げな顔をしてミミコ先生を見た。

「せんせー、わたし達がする事件ですけど、『強盗』って…」

 事件内容の箇所には、俺達が今回担当する事件の欄として『宝石店への強盗』と書かれていた。

 自分の地元で事件が起きている。

 加えて、強盗という言葉が想起させる物は大きい。

 それを突きつけられた彼女の不安は、横顔に濃く滲んでいた。

「うーん…最近起きた事件みたいであんまり情報もらえなくてね。でも、怪我した人が出たとかそういうのではなかったみたいだよ」

 安心する材料としては物足りないと思うかもしれないがと、ミミコ先生は申し訳なさそうな表情を浮かべながら、分かっている限りを口にする。

「そ、そうですか…」

 しかし一番の悩みのタネはそこだったようで、ワッフルはほっと胸を撫で下ろす。

「あたしらも頑張るからね!ワッフル!」

「ありがとうございます、クー」

 ワッフルの地元の事件ならばとサイドテールをはらりと舞わして、いつもに増して意気込むクーシルの姿に、ワッフルは湧いてきたような笑みをこぼす。

「…」

 そうだ、俺も頑張らなくてはいけない。

 今の俺として…改めて、実地訓練への心構えをしなくてはならない。

 これで実地訓練の説明は終わりかと思ったが、ミミコ先生があぁと声を上げた。

「今回の実地訓練なんだけどね、開始は今週の金曜からなんだけど、電行車でんこうしゃの都合で、その前の木曜日には事前に着いてなきゃだから、短いけど、準備しっかり済ませといてね?」

 言われてプリントを見直してみると、予定表は確かに木曜日からの始まりを記している。

「じゃあ、もう明後日には出んのか。はや」

「そういうちょっと不便なとこなんです…」

 今日は火曜日で、実地訓練の開始は金曜日。

 それでも余裕のない日程になるのだが、木曜日には既に王都を出立するとなると、準備時間は更に少なくなる。

 ご面倒をお掛けしますとばかりに頭を下げたワッフルに苦笑いしながら、忘れないでねとミミコ先生が念押しをする。

 プリントをもう一度見直して他に伝えるべき事が無いのを確かめると、それじゃあと話は一限へ切り替わった。

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