第七話
第七話目です
誤字・脱字があったら申し訳ありません
「貴様ら…何をしてる」
寮から進み、場所は学院の敷地内。
校門が見えてくるやいなや、人目に付きにくいだろう生け垣の影にまでクーらしいのに引っ張られ、困惑のまま声が漏れた。
「なにって、見られるのヤなんでしょ?そんな帽子被っちゃってさ」
「それは…」
「というかさ、しゃがんでよ。バレるじゃん。…て、あー来た来た」
帽子の意味を遠からずも見抜かれ言葉に詰まっていると、先に学院の方に走っていっていたレグとワッフルらしいのが、二人とも周囲に頭を振りながら、学院指定の鞄を揺らして駆け足で引き返してくる。
その二人をクーらしいのは生け垣から身体を少し上げて「どうだった」と出迎えた。
「オッケーです。大体みんなもう学院の中でしたよ」
「外に残ってるのもまぁいたが、あっちから離れたルートなら多分、普通に行けるっぽいぞ」
学院内の寮が並ぶ方角に顔を向け言う、レグらしいの。
クーらしいのは背負ったリュックと俺にも近い腰丈ぐらいの生け垣をうっとおしくがさっと騒がして、意気揚々と立ち上がる。
その所為で制服に付いた葉。
それを、苛立ちながら手で捨て払った。
「よーし…誰かに見つかったらあたし達の負けだからね!」
「偵察ならお任せあれです!」
「…なんだ、このくだらん遊びは」
玩具でも見つけた子供のように、目を輝かせて足を駆け出させていく馬鹿共。
揺れたスカートには淑やかさ、華麗さのどちらも微塵に感じられない。
こいつら…まさか前からこんな調子だったのか?
くだらん遊びに付き合わされていたと知り、軽蔑の眼差しを馬鹿共に送るが、俺の先を行くそいつらがそれに気付くことは無かった。
その後も、やれ学院の中に入れば、やれ階段を前にすれば、馬鹿共にいやにカッコ付けた顔で止められ、物陰で待っているよういやにカッコ付けた声で言われ、ほとんどその指図に文句を言うぐらいの気力さえ無くなった頃。
廊下の遠い先、反対側の階段の手前に、三人の違う制服を着た奴等を見つけた。
三人の中の一人はコルファのみに与えられる俺と同じ白の制服を着込み、もう一人の地味な蒼の制服は…あの女、ラーコか。
となると、最後のラーコと同じ制服のは…あぁ、前にラーコの傍にいた奴。
随分と幸せそうに笑むラーコの顔から場所を変え、コルファの制服、そこで視線を上げた。予想は出来ていた。
紛れもなく、その顔はミヤシロ。
そうか、あいつはコルファに…。
まぁ、5属性持ちである事はほとんど確定したのだ。
無かったにしても、2属性であの尋常でない魔力、コルファへの編入は止められないだろう。
別れてしまう前になにか、話でもしているのだろうか。
歩くような気配はせず、そこに立ち止まって、三人共、等しく笑みの色が見せていた。
このままあの光景を見ていれば、奴もいつかこちらの気配に気付きそうな気がして、視線を消えていった馬鹿共の方に戻した。
「ランケ、こっちオッケーだぞ」
「さっ、ほら早くです!」
すると、曲がり角から現れ、目を合わせてきたネカスの馬鹿共。
背後をちらちらと気にしながら、気取った顔でこっちと俺を手招いてくる。
少し前まで階段で越え、そして足場として踏み付けていた場所。
着実に自分に無様が擦り寄り、溶け込んでいくのが分かり、また、何が面白いのか嘲笑ってしまいそうだった。
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相当に、学院の中を歩いた。
王城よりは劣れど、それを除けば街の中で一、二を争う広さを持つこの学院。
壁の作りこそ変わっていないが、歩いた距離は足の疲労が教えていた。
ここら辺は最早、コルファ以前に普通のクラスからも程々離れている場所。
他の生徒の声など全く聞こえず、通りがかりの教師の姿さえ見かけやしない。
ネカスのクラスはあまり目立たない場所にあると聞いた事があるが、ここまでとは…。
「おい、いつ着く」
「もうちょいもうちょい」
先を歩くクーに向け我慢出来ずに声を飛ばしたが、奴は振り向く事なく前に向かって能天気に言う。
人がいなくなったこともあり、あのくだらない偵察ごっこは終わったらしかった。
三人はひたすらに、正面を見据えてかつかつと靴を鳴らしている。
日を差し込ませる窓の外は、学院のかなり奥の方を写していた。
そこを見て何度目かのため息を漏らした時、目の前の三人が一つの扉の前で揃って足を止めた。
「着きましたよ」
ワッフルらしいのが、こちらにメガネ越しの顔を見せてきた。
「ミーせんせー、失礼しまーす」
とんとんと雑なリズムのノックをしてから、クーらしいのが扉を開け、その部屋へと入っていく。
二人もそこに続くと、扉の奥からは担任のあの控えめな声が聞こえてきた。
「あ…えっと、ランケくんは…?」
名前を出されたのだ。
さっさと顔を出してやろうと扉に近付こうとしたが、クーらしい奴の意地の悪い声がそれを止めてきた。
「それなんだけどさ…その…ね?」
殊更悲しくさせたようなクーらしいのの声。
そこに馬鹿共特有の連携力なのか、残りの二人も似たような悲しげな呟きを発せさせた。
「やっぱり、あいつはな…」
「えぇ…残念ですが…」
死人でも扱うような言葉の並べ方。
「そっ…か。頑張ったんだけどね…」
扉の先から漂い始める、重苦しい空気。
本当にこいつらは…。
「…おい」
馬鹿共を叱るように言いながら帽子を取って部屋へと入れば、担任が面白いくらいにぽかんと口を開け「えっ!?」と、目を丸くさせた。
「ラ、ランケ…くん!?き、来てくれたの…!?来てくれたんだ!?」
教卓の前にいた担任が、いきなり距離をぐいと詰めてくる。
しかし昨日とは違い、その瞳はいやにうざったらしい希望で輝いていた。教員用の制服も、喜ぶようにひらりと靡く。
「貴様が言ったからだろう」
脅迫の結果だと、見上げてくる眩しい瞳から視線を逸らす。
「そ、そうなんだけど…!も…もーっ!みんな!なんで嘘付くの!」
弱々しい怒りの矛先が、馬鹿共に向けられる。
だが、当の奴らはまるで悪びれもしない。
「いや、別に嘘は付いてないよな?」
「えぇ、嘘は付いてませんね」
「なははー、ミーせんせー騙されたー」
「もーっ!」
両腕を突き上げ、まさしく怒っているという態度を見せる担任と、けらけらイタズラに満足したと笑いながら、席へ歩いていく三人。
「はぁ…」
もう数えるのも億劫な、呆れのため息。
しかし、ここは…。
教室の全貌を見た。
今の教室は軒並み十年程前に改修されており、イメージするのであれば、三角の下線をボールのように膨らませた形。
そこから段差を付けて下がっていき、一段一段に三人は余裕を持って座れる長机が幾つか、下線の膨らみに沿って配置されている。
そして教師は、その膨らんだ三角の頂点に黒板を構え、日々授業をしている…のだが。
けれどここは、改修前のまま。
段差も無い四角い部屋に二人が限度の長机が与えられ、その正面に教卓と黒板がある古いタイプ。
改修から外された、使われなくなった昔の教室の一つなのだろうか。こんな辺境染みた場所から考えてそうに違いない。
それも、人数が少ない所為で後ろの方は席が余りまくっている。
最前列に並べられた、三つある内の二つしか長机は使われていない。
「こほん。まずは、自己紹介からだよね。ランケくん、こっち来て」
ワントーン弾んだ声が、隣に立つことを望んでくる。
見れば、担任の顔は満面の笑み。
とりあえずは、俺の部屋がこんな辺境になる事は無くなったと安心して良いのだろう。
大量にある胸の荷を一つ落としてから担任の隣へと歩み寄り、馬鹿共の方に身体を向けた。
「じゃあランケくん、お願い」
「…ランケ・デュード・グランドルだ」
誰も腰掛けていない廊下側の長机を見ながら、何の力も使わずにぽつりと名乗った。
すると、担任の不安げな、言い換えるなら不満そうな声が俺の肩を叩いてくる。
「そ、それだけで良いの?」
「別に、他に言う事もないだろう」
「意気込み…とかは?」
「ふっ、ネカスに意気込みなぞ、なんの役になる?」
「あっ、じゃ先生、はいっ!」
担任からの提案を弾くと、クーらしいのが閃いたような顔の上に手を伸ばした。
「なに?クー…。あ、違くて、クーシルさん」
間違えたと口に指を当て、言い直す担任。
クーシル、か。
そっちが、背の高いの奴の本当の名前なのだろうか?
クーの方は愛称だったのだろうか。
まぁ例え、どっちであったとしても、俺には到底無関係。未来永劫、口に出すかすら怪しい。
クーシルらしいのは担任の言い直しにくすっと笑ってから、閃きの提案を口にした。
「や、あたし達も自己紹介しよーよって。まだ灼熱、あたしらの名前とか知らないんだし」
「あ、まだしてなかったんだ?」
「うん。灼熱ずっと引き籠もってたんだもん」
「…ふん」
そうだったんだと言うと担任は「ならそうしよっか」と、こくりと頷く。
ネカスの奴らの素性など埃程に興味は無かったが、それで学院での時間が潰れるなら、こちらとしてもどうこう言うつもりはない。
担任は空いていた真ん中の長机、クーシルらしいのの隣の椅子に向かうと、それを引き、スカートを抑えながら腰を落ち着かせる。
「んじゃ、あたしからね」
変わるように、クーシルらしいのが背中で椅子を無作法にぎいっと引いて立ち上がった。
「えっと、名前、クーシル・ラフィスね。親が寮からもそんな遠くないとこでパン屋やってるの。灼熱が食べてたやつも、あれ、あたしの店から持ってきたのだから」
「あれは貴様のだったのか…」
毎日ではなかったが、時折挟まれていた、あの袋に包まれたパン。
適当な所で買ってきたのかと思っていたが、その予想から外れた事を言われ、驚きでちらりとクーシルに目が向いた。
俺と同じぐらいの背の高さに合わせて、すらりと伸びた脚と腕。
高めの位置から垂れる赤みがかったオレンジのサイドテールの脇にある、無邪気さ、というよりも能天気さが詰まった笑顔がこちらを捉えている。
クーシル・ラフィス。
如何にもな自己紹介のせいで、その顔と名前を頭が記憶に書き込んでしまった。
「あたしが作ったのじゃないけどね。美味しかった?」
「そうでもなかったな」
事実、あれより美味いパンなら、何度も家の食事で食べてきている。わざわざお世辞を言って気遣ってやる理由など無い。
てっきりパン屋の娘として自分の家の商品を貶されれば怒ってくるかと思ったが、クーシルは肩を竦めると最初から俺が言うことを分かっていたような、そんな腹立つ雰囲気を出してきた。
「そ。貴族様が食べれるので良かった。これからよろしくね、灼熱」
自己紹介終わり、と、席に腰掛けようとするクーシル。
それを呼び止めた。
「ちょっと待て、座るな」
「え、なに?話すこともうないんだけど。あ、彼氏ならいないよ?」
中腰の体勢のクーシルが、こちらをからかうような、阿呆で間抜けな笑顔をにへっと浮かべる。
「そんなくだらない事ではない」
「くだらないて…」
「前から気になっていたが、その呼び方はなんなんだ。灼熱とかどうとか言う」
とっくの前から気付いていたが、こいつは俺の事を、名前をどう組み替えても当て嵌まらない名で呼んできている。それも、全く身に覚えの無い呼び方で。
ふざけているのかと睨むようにクーシルを見れば、そいつは俺の言った立てという言葉を無視して椅子にとすんと座った。
「や、自分で言ってたんじゃん。灼熱の皇子って。ね?」
細い通路を挟んで窓側の長机に席を取るワッフルとレグらしいのに、クーシルはそうだよねと首を傾けた。
「灼熱の…皇子…」
「覚えてないのか?ミヤシロと戦ってた時叫んでたろ」
こいつら、あの時あの場にいたのか…。
レグなのだろう奴に言われて、あのミヤシロとの戦いの最中、自分の言動を思い返す。
あぁ……そうだ、そう言えば、そんな事も口走ってしまっていた。なんたる失態。
馬鹿共らしく、人の嫌な部分だけはしっかりと覚えている。
身に覚えが生まれてしまい、喉から出した言葉が少し弱まった物になってしまった。
「…その呼び方は、ひとまずやめろ」
「えー、じゃ皇子?」
「そっちではない!」
周りの担任含めた三人が、俺とクーシルのやり取りを見てくすくすと笑う。いや、クーシルまでもがその笑いに混ざっていた。
「…ちっ」
「分かった分かった、ちゃんと別の考えとくから」
「あぁ…そうしろ」
名前のやり取りを苦労しながらも済ませると、次に、通路を挟んでクーシルの隣、ワッフルらしいのが席を立った。
「では、次はわたしですね。ワッフル・ロロルです。これからよろしくお願いしますね、ランケさん」
俺の前髪とも似たように、綺麗に一線切られた、紫色が控えめに溶けたような黒の髪の毛。
ラインの太い四角フレームのメガネの下には丸い瞳があり、それが下から俺の顔を覗いてくる。
ワッフル・ロロル…。
一見すると、こんな馬鹿の集まりには居そうにない、かなり生真面目そうな外見だが…。
「貴様…本当にネカスの人間か?」
だからここに居るのだろうが、疑問は口を突き動かす。
「え?そ、そう見えます?」
問われたワッフルは何処か喜ばしげに髪をいじり始め、そしてちらりと、照れるかのような眼差しを使って聞き返してくる。
その脇腹に、席をがたりと近付けたクーシルが頭をくっつけた。
「良かったじゃんワッフル。騙されてるよ」
「ちょっ、黙っててくださいクー!」
「騙す?なんの事だ」
まだ何かくだらない小細工でも仕掛けてあるのかとクーシルに聞けば、ワッフルがぐいと自分の身体を使って口を開きかけたクーシルを黙らせた。
「なんでもありません。他に特に言うこともないのでわたしはこれで。レグ、次です」
「ん、りょーかい」
ワッフルの隣、窓に一番近い席のレグらしいのが、がたりと日に染まる椅子を鳴らした。
「レグ・ミグアね。よろしく」
レグ・ミグア。
俺よりも背の低いそいつの、如何にもやる気を感じられない目の色。
加えて、寝癖をそのままにしたような無造作な髪型。濃い緑のような髪があちこちに跳ねている。
それを見るにまぁ、隣に比べてネカスに居そうな雰囲気はある。
「あー、そだそだ。変に隠す理由もないしで言っとくけど、俺、そっちより歳上だから」
さらりと、他愛もない話でもするようなトーンでレグが言う。
「歳上?…まさか」
「入学初っ端から留年しちゃってさ。それでここいるんだよね」
俺より一つ歳上…。
他に続くような奴らがいないということはそうなのはこいつだけなのだろうが、よもや留年するまで怠惰な奴がいるとは…。
ネカス、やはり相当な奴らの集まりだな…。
「でもレグ、あんまり背高くないせいで、歳上らしく見えないですよね」
「ま、歳上ゆっても一つだし」
椅子に凭れあっけらかんと語るレグを最後に、一通りの自己紹介が終わった。
クーシル・ラフィス。
ワッフル・ロロル。
レグ・ミグア。
三人の名前で活発になるような記憶は無い。やはり、こういう所に落ちるのは貴族ではなく、平民か。…いや、俺も、か。
「これで自己紹介は終わったね。早速授業に移りたいんだけど…席は…あっ、わ、私が使ってたところになっちゃうけど、良いかな?」
立ち上がった担任がクリームのような色の髪を振って、自分の使っていた椅子をゴミも無いのにぺしぺしと払う。
残る座席の場所を考えれば、必然、そこになるだろうとは予想出来ていた。
しかし、おいそれとこんな騒がしい奴の隣に席を構えてしまえば、馬鹿が風邪みたく移りかねない。
それだけじゃない、ネカスの担任の指図をそのまま聞いてやるのも癪に触る。
「自分で決める」
勧められた場所ではなく、誰も使っていなかった廊下側の長机、それも、一番端の隣が壁になる場所に向かう。
すると背後、担任の困ったような声と、クーシルの聞き飽きた能天気な声が耳に触れた。
「うぅ…私、使ったからかな…」
「わー、ミー先生の使った椅子あったか…体温たかー」