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貴族様の成り下がり  作者: いす
7.5章

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65/69

65話目

65話目です

誤字・脱字があったら申し訳ありません

「な、何があった…」

 風呂から上がり、共用スペースに行くとテーブルにぐったりと上半身を預けたクーシルとレグ、そしてワッフルの三人がいた。

 自分が風呂に入る前は穏やかに談笑をしていたというのに、数十分もの間に一体何が起きたのか。

 倒れる三人の正面に座り、自分の膝に掛けたブランケットを直していたミミコ担任に戸惑いの目を向ける。

「うぅ、しゃく…あたしら負けちゃった…」

 テーブルに掛かるオレンジの髪がくいと動き、さらりとした髪の毛の束の隙間からクーシルの目を(つむ)った悔しそうな顔が出てくる。

 悔しそうな顔は隣のレグも見せてきた。

「ミーせんせー、異常にジェンガつえーんだよな…」

「一回も勝てたことないよね…」

 担任と三人の間、テーブルに散らばっていた無数の木の棒の意味を理解する。

 崩れた棒を一本頭に乗せたワッフルがからんとそれを落としながら、ぐったりしたまま、やはり悔しそうな顔を俺に見せてくる。

「ラ、ランケさん…わたし達の仇を!わ、わたし達に、四連休をっ…!」

「ランケくんもやる?」

 崩れたジェンガを手慣れた様子でぱぱぱっと直して、担任が小首を傾げてくる。

 俺に見せる穏やかな笑みは本当に、明日から始まる四連休を牛耳(ぎゅうじ)っているように思えた。

 明日金曜日から翌週月曜日まで、祝日と休日が合わさって四日連続の休みとなった。

 学院から実地訓練の通告もなく、正真正銘、完全な四連休。

 今日まで散々この話は上がっていて、今日の放課後もそれを話したばかりだった。

「分かった、やろう」

 担任が、ジェンガが強いなど初めて聞く話。

 だが俺が風呂に入っていた数十分もの間で、三人との連戦にこうして決着を付けている。

 嘘ではない実力を予感しながらも、並ぶ三人の悔しげな顔は無視出来ない。

 こういったゲームは特に苦手ではない。

 担任の隣の空いていた椅子を取り、三人の真ん中までそれを運んで、建て直されたジェンガと向き合った。


 ━━━━━  ━━━━━  ━━━━━


「負けた…」

 ガラガラと音を立て、目の前で崩れていったジェンガ。

 負けてしまったのなら流れを汲むべきだと思い、三人に並んでテーブルに上半身をぐったりと預ける。

「ふふふー、いぇーい」

 四連勝を果たし、ぐったりする四人の頭に担任の嬉しそうな息が降ってくる。

「まさかランケまでも負けるとはな…」

「あたしらの四連休が…」

「真剣にやってはいたんだがな…」

 担任が抜き取った一本がジェンガ全体のバランスの重要な箇所を担う一本だったのか、途端に安定を欠き、次に俺が取った一本が大崩壊への決定打となってしまった。

「あたしら四人から四連休を勝ち取ったという事は、ミーせんせーの分も足して…」

「えー…ミーせんせーは計二十連休出来るという事になりますね」

 クーシルとワッフルが倒れた上半身を上げ、景品という事なのかそんな計算をし出す。

「あったらいいね…そんな長いお休み」

 無論口にしたような長期休みを作り出すのは不可能で、言葉で渡された景品に担任もむしろ悲しそうな微笑みを小さく浮かべた。

 担任の完勝でジェンガは終わり、散らばった木の棒を全員で拾って傍に置かれていたジェンガの箱に片付ける。

 風呂上がりにタオルで拭いてはあったものの、髪も乾かさないままのジェンガ。

 そろそろ乾かそうと席から離れドライヤーを捜すが、周囲にそれは見つからない。

 男子側の洗面室でもドライヤーは見ていなかった。

 あるなら共用スペースか女子の方の洗面室になるのだがどうしたものかと悩んでいると、キッチンでジュースを注いてきだワッフルが、椅子までの途中で俺に声を掛けてくる。

「どうしました?」

「ドライヤー、どこか知ってるか」

「はっ、わたし置きっぱにしてました…!待っててください!」

 ワッフルはグラスをテーブルに置いて、寝間着として着ていたオーバーサイスの服をぱたぱたと忙しくはためかせると、女子側の洗面室に消えていく。

 しばし待っていると、ドライヤーを抱きしめて駆け足で戻ってきた。

「ごめんなさい、戻すの忘れちゃってました」

「いや、ありがとう……ワッフル」

「いえいえ」

 ドライヤーを受け取り、洗面室に向かう。

「……………む?」

 洗面室に進もうとする俺の前に、小さな唸りをこぼしたワッフルが、ずさっと滑り込んできた。

「い、いまっ、名前呼びませんでした!?ワッフルって!」

「………呼んだ」

 自然に呼んだつもりだった。

 しかし自然に呼んだとは到底思えない反応をされ、暴かれた恥ずかしさが体温を上げる。

「髪乾かしてる場合じゃないですよ!ランケさん!」

「うぉっ」

 テンションを上げたワッフルにくるっと身体を回転させられ、ワッフルの頬が付くぐらい全力で背中をぐいぐいとテーブルに押されていく。

 のんびり話していた他の三人がどうしたのかと、こちらに目を集める。

「聞いてください!ランケさんが今、ワッフルって呼んでくれたんです!」

 ドライヤーを持ったままの俺の脇からワッフルが満面の笑みを出し、集まった目にそう応える。

「え、うそっ!」

「まじで?ランケが?」

「はいっ!ですよねっ?」

「呼びは、した」

「今までずっと『馬鹿』とか『お前』とか、ぶっきらぼうばっかだったのに…」

「…適当な呼び方は、もうやめようと思ってそうした」

 レグが挙げたその二つの呼び方を、俺は一体何度使ってきただろうか。

 そういう傲慢な部分を今後、俺は直していくと決めた。

 そうなると全員に対して新しい呼び方をしなくてはならず、名前で呼ぶのがひとまず落ち着いたところだった。

「嫌ならまぁ…変えはする」

「いやいやいや嬉しいです!ワッフルって、もう一回呼んでください!」

 俺の後ろにいたワッフルが前にまで出て、名前を呼ぶ事を再度求めてくる。

 しっかりと求められて言うのも気恥ずかしいが、呼んで良いのならと口を動かす。

「ワ…ワッフル」

「おぉ、なんかいいですね…」

 何か心地良い風でも浴びたように目を細めたワッフル。

 その奥のクーシルが手を挙げ、風呂上がりで解いたオレンジの髪を目立たせるようにひらひらと振る。

「あたしも!あたしも名前呼んでほしい!」

「クー…シル」

「おぉ、なんかうれしい…」

 ワッフルと同じように目を細めるクーシルの横で、今度はレグが手を挙げる。

「ちょ、俺も!」

「…レグ」

「おぉ、なんか良いな…」

 やはり同じく目を細めるレグ。

 残った担任も髪を直し服の表面を軽く払うと、ここぞとばかりに手をぴんと真上に挙げる。

「わ、私も…!いい、かな?」

「……担任」

「なんでぇ…!?」

「流石に教師を呼び捨てというのは…」

「いや、つっても一人だけ『担任』呼びってなぁ…固すぎんだろ。あ、てかいっそ、俺らみたいに『ミーせんせー』呼びは?」

「そんな軽い呼び方も…どうだろうか」

「ミーせんせー、いいのになぁ」

 そう呼ばなければなのか、つんと口を尖らせ自ら名前を口にする担任。伏せられた目に掛かる睫毛の奥で、瞳が俺を小突いてくる。

「ほら、呼んであげなって」

「うっ…」

 クーシルが困ったように微笑んで、眼差しで俺に促してくる。

 担任を担任以外の呼び方、ましてやそんなあだ名のような呼び方をするのには、大きな抵抗があった。

 恥ずかしいという分かりやすい感情が原因なのは既に理解しているが、それよりも更に本能的な部分から一層の強さを有した抵抗があった。

 これは過去、貴族として施されてきた教育の影響なのだろう。

 自分を評価する教師という立場の存在にさも友人かのような接し方を取るのは、その時の教育が刻み込んだ教師への適した振る舞いと大きく相反するものがあるらしく、これまで見下すという接し方をしておきながらなんではあるが、切り替えるのにはどうも一筋縄ではいかない難しさがあった。

「呼んでみましょう!ミーせんせーと!」

「ミ、ミー…」

 担任がそれが良いのならばとなんとか言おうとしてはみるものの、内側からの本能の抵抗が口の動きを固くさせていく。

 担任は鈍くも動く俺を見つめると表情を幾らか真面目そうなものに変え、クリーム色の髪をふわふわと横に振った。

「…無理しなくてもいいよ。慣れないなら担任…ミミコ担任…ミミコ先生って呼んでくれれば」

「ミ…ミ、ミミコ…先生」

 あだ名よりかは幾らか軽い動きで、口は先生の名前を紡ぐ。

「うんっ」

 温かな笑みを見せ、俺から呼ばれた名前を先生は頷いて受け取る。

「あ、ドライヤーごめんね?するんだよね?」

「あぁ…」

 手に持ったままのドライヤーを先生の一言で思い出し、洗面室に向かおうとすると、背中に触れた温かい感触。

「わたし押しますね!」

「じゃあ…頼む」

「はいっ!」

 自分がここまで運んだからなのか、ワッフルが楽しげに微笑んで、再び俺の背中を両手でぐいぐいと押してくる。

 断るべきではないのだろう。ドライヤーをしに、二人の力で洗面室に向かった。


 ━━━━━  ━━━━━  ━━━━━


 共用スペースで過ごし、閉鎖時間間際に先生の一言で全員が廊下へと出た。

 共用スペースの鍵を閉めた先生を一番後ろにして、五人のスリッパの音が統一感もなしに広がっていく。

「ふふふーん、四連きゅー♪」

 先頭のクーシルの四連休を期待する鼻歌を聞きながら、階段の前にまで着く。

 そこを上がった先の二階は女子の部屋が並んでいる。

 先生とクーシル、ワッフルが階段を上がりながらこちらに振り向いた。

「おやすみ、レグ、ランケくん」

「おやすみー」

「おやすみなさいです」

 三人の言葉にレグが手を上げて応える

「おう、おやすみ」

 四人の視線が静かに俺へ向く。

「…おやすみ」

 視線の圧に言わされた訳では無い。

 心のどこかで言いたいという思いは抱きながらも、背中を向けてきた言葉なのだ。

 そして、背中を向けてきただけにいざ正面に向いてのそれはなんともぎこちなく、聞いた四人はくすっと笑う。

 三人が階段を上がっていくとレグと二人きりになるが、それも自室までの短い道。

 レグの部屋を先にして別れ、数時間ぶりの自室の扉を開ける。

 スイッチを押して、電結晶(でんけっしょう)の明かりを点けた。

 部屋の暗闇が一気に剥がれ、窓の縁に置かれた観葉植物やベットの上で眠るやる気の無いたぬきの人形、それだけじゃない、自分の動き方に馴染むよう最初の配置から細かく位置を調節したテーブルや椅子など、積み上げた生活が緩やかに作り出した自分の居場所を明るく照らす。

 外の空気でも入れようと窓を開けに行く。

 開けるとたちまち弱い風が流れ込み、冬を匂わせる肌寒さがほんのりと髪を撫でていく。

 星の無い夜空で月は捜さず、窓の開け具合を多少調節してから、明かりを消してベットに倒れた。

 クーシル、レグ、ワッフル、それとミミコ…先生。

 呼ぶと決めた名前を心の内で確かめて、まだ少し冴えている瞳に目蓋(まぶた)を被せた。

 明日から、四連休が始まる。

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