54話目
54話目です
誤字・脱字があったら申し訳ありません
放火と時計の窃盗、両方の犯人を一度に捕まえた弊害で、詰め所にいる時間が相当なものになってしまった。
予定であれば書くのは放火の報告書類だけだったのだが、中途半端ながらも時計の窃盗犯の確保にも手を貸してしまった為、二枚も書かなくてはならなくなってしまった。
ただでさえ片方は騎士の犯行。普通の事件よりもややこしく手間のいる案件が故、時間を取るというのに…。
ピアスに相当量の魔力を引き出された所為で、集中力もままならない。
個々の魔力に合わせてピアスは調整されている。あの眼鏡馬鹿、魔力だけはそれなりにあるらしい。
多様な問題を抱え、結果やるべきことを済ませた頃には、昼前に詰め所には入った筈だというのに、出る頃には朱色の西日が横顔を強く照らしてきた。
俺とレグ、イアの女は同じ班という事もあって同じ部屋で書かされ、終わりの足並みが自然と揃った。
歩道に出てホテルに続く道を左右から見つけ出したが、一歩進もうとしたところでレグが俺を呼び止めてきた。
「クー達待とうぜ、先生も来てんだし。あんだけやって疲れてんのは分かっけどさ」
「はぁ…」
馬鹿共とイアの不遜な男だけでなく、ネカスの担任とイアの担任も実地訓練解決に伴い、詰め所の騎士と話をしている。
両方待つとなれば更に時間が掛かってしまう。
心からのため息が夕暮れの風に混ざる。
「…疲れたね、色々」
俺の吐いたため息をレグの言うような疲弊だと勝手に解釈したようで、同じ気持ちだとイアの女が言葉で寄り添ってくる。
「一応認めてるんだってな、放火」
「鞄から道具も出てきている。逃げられないと踏んだのだろうな」
例の鞄の中からはまさに放火をあの後にでも行おうとしていたのか、黒い服だけでなく、容器に入った可燃性の液体、マッチが見つかっている。
誰が持っていても不審な物であり、こちらが提供したワイシャツの男の話も念入りに調査される事になっている。直にあの男だと断定されるだろう。
そういった結末が分かったところで、この街からはとうにいなくなってしまっているが。
車道と歩道を分け隔てる鉄柵に腰を預け、眩しさの強い西日から顔を反対に逃がす。
「俺たちが調べてるって知ってたのに、なんでまた放火しようとしてたんだろな」
「感謝…されたくなったのかな。言ってたよね」
「はっ…馬鹿らしい。犯罪者の考えなど興味を持つだけ無駄だ」
俺の返した言葉に、レグが物言いたげな眼差しで応えてくる。
しかし、俺に変えるべき言葉はない。
その意思として視線をレグから外し詰め所に向けると、扉が建物の内側から外に開かれた。
誰が出てきたのか確かめようとしたが、西日の所為で顔が隠れてしまっている。
だが、男で騎士の制服という格好からして、俺を待たせている人間の誰かではない事は分かった。
「あ…お、お疲れ様です」
「…どうもっす」
「あぁ、君たちか」
西日から顔が晒けても予想の通り知らぬ顔だったが、レグとイアの女が反応したのを見て今一度、誰かと顔を見定める。
詰め所から出てきた男は青年の騎士と同じ交番に務める、あの中年の騎士だった。
同じ交番に勤務していた部下が捕まったのだ、上司として呼び出されて当然か。
言いたいことでもあるのかこちらの前で止まった中年騎士の顔は、最初に会ったときよりも幾らか疲れで老けたように見える。
こちらに気付いた時に眉を上げようとしていたが、あまり上がってはいなかった。
「今回の件は悪かったね。まさか、彼がそんな事をしていたとは…気付けなかったよ、悔しいな」
「全くだ。何を見てたんだ、貴様は」
「はは…手厳しいね」
苦笑の表情を作ろうとしてか、また上手く出来ていない固いだけの笑顔がその顔に出る。
「これから…どうするんですか?」
「明日には仕事に戻るよ。信用を失ったからね、取り返さないといけない」
「すごいっすね…。や、なんか、雑な言い方であれなんすけど…」
自分の感情を雑な言葉でしか言い表せない事に馬鹿がむず痒そうにしたが、中年の騎士は気にしないでくれと頭を横に振る。
「いやいいんだ。放火の犯人…捕まえてくれてありがとう。…それじゃあ」
騎士は頭を深く下げ、自分の務める交番がある方向に一人だけの影で歩いていく。
レグとイアの女はゆっくりと遠ざがっていく背中を見送っていたが、それよりもまだ出てこない奴らにため息がまた漏れる。
「まだ来ないのかあいつらは…」
と、噂をすればというやつなのか、ネカスの担任を連れて、イアの不遜な男と馬鹿二人が詰め所から外に出てきた。
「おう。おつかれさん」
視界の端にでも写ったのか、しばらく騎士の行く先を眺めていたレグも片手を上げて馬鹿共達を出迎える。
「おつかれー。んー、つかれたー…」
「やっと終わりました…」
クーシルが伸びをし、ワッフルがペンで疲れたのだろう手をぶるぶると振る。
学院祭の時に固めた覚悟は確からしい。
馬鹿共は罪悪感を浴びた顔ではなく、受け入れたらしい物静かな表情。
言うならば、普通の見慣れた表情だった。
「あれ…。あの、ミミコ先生、ルミトラ先生は…」
イアの女が詰め所に来ていた筈の自分の担任を捜すと、クリーム色の髪の毛の下でネカスの担任が苦笑いをこぼす。
「先、帰っててって。なんか、顔合わせられないとかみたいで…」
「…それ、あたしらが歌聞いちゃったから?」
イアの女の肩から顔を出したクーシルが、申し訳なさそうに担任に尋ねる。
「……多分」
「そ、そうなんですか…」
「ならもう行くぞ」
どれだけ馬鹿馬鹿しい理由であれ、これで待つべき人間は揃ったということだ。
一番に俺が歩き出すと、他の靴の音も一定の距離感を保って後ろで鳴り始める。
が、そこから俺の隣にまで石畳を勢い強く踏み鳴らし飛び出してくる、一人の靴音があった。
「ランケさん!」
「なんだ」
酷く不機嫌さが滲んたワッフルの声が、俺の左耳を叩いてくる。
「わたしのピアス、なんで壊しちゃったんですか!」
横目で見た頬を膨らますワッフルの耳には、片方だけにしか電結晶のピアスが揺れていない。
砕いたもう片方は、制服のポケットから飛び出た小さな紙袋に入っているのだろう。
「あれが確実に倒せたからだ」
下手な威力では騎士にまで雷が届かず、人質だけ倒して逃げられてしまっていた。
人質までをも貫く威力は、ピアスでなければ出せなかった。
「むー…。それなら、仕方ないですけど…」
もう幾らか感情任せに不満をぶつけてくるかと思ったが、予想外にもワッフルは冷静な判断で頬の膨らみを小さくさせる。
「ほんと謝ろうとしないね…」
更にもう一つ、靴音が俺の隣に並んできた。
視界の右端で、スカートとオレンジのサイドテールが大きく靡く。
「てかしゃくの雷、見たの初めてだけど、あんなすごい威力してんだね」
「ピアスの影響もありはするがな」
「…あんな使い方でも、効果って出るんですね」
興味があるのか、唇を尖らせながらワッフルも話に口を出してくる。
「むしろあっちの方がだ。油に火でも点けるような物だな」
「でも…使ったの炎じゃなかったよね?」
「ピアスの影響は雷にしかない。だからそっちで撃っただけだ」
電結晶のピアス。そういう名前の時点で、大体予想は出来るだろうに。
「ピアス…直りますよね?」
ワッフルは制服のポケットから砕けたピアスの入った小さな紙袋を少しだけ引っ張り出すと、心配そうにじっとそれを見下ろす。
「ジス先生に言いに行ってみる?学院探したら会えるかな」
気落ちしたワッフルの悲しむような声は、意図の有無はともかくとして俺を遠回しに非難するかのように聞こえ、口がほとんど無意識に反論をこぼす。
「誰も怪我せず終わらせたんだ。ピアスぐらい別に良いだろう」
「…それなんだけどね、ランケくん」
俺が発した言葉を、後ろを歩く担任が拾う。
俺を見捉えた眼差しはあまり見掛けないほど真剣で、まさかこの俺が困惑でもしたのか、思わず足が止まってしまった。
馬鹿共もイアの男女も、先頭が止まったからなのか歩みを止めた。
「なんだ」
「人質になったって言う人…騎士の人に言われたんだけどね、身体に怪我したらしいの」
「俺が原因でか?」
詰め所では特にその事について言われなかったが、どうやら担任の方に話が行っていたらしい。
担任は俺の問いに一瞬戸惑うような色を瞳に見せ、その色を残しながら深く自分の頭を頷かせた。
「ランケくんの雷が凄い威力だったみたいで…治りはするし、傷も特には残らないみたいなんだけど…。でもしばらくは、ちょっと動くのに不便になるかもしれないらしくて…だからね」
「だからどうした」
想像していたよりも大した話ではなく、肩透かしに口が即座に言葉を返す。
「…」
担任のクリーム色の瞳が丸く見開かれた。真紅の唇は開けど言葉を発さない。
担任が持つ何かの糸に、触れた感覚がした。
それが無音の反響を伴って肌に伝わり、自分の口に更に言葉を吐かせる。
「相手は所詮くだらぬ窃盗犯だ、人質と言えどな。あれでなんの問題もなかった」
「………」
「っ…お前っ!なんも変わってねぇよ!」
揺らいだ担任の目に揺らがずに目を向け続けていると、イアの不遜な男の叫びが突如として沈黙を突き刺した。
「…あ?」
「あいつん時もそうだったのか!?『カァレ』ん時も何も思わなかったのか!?」
「ちょ、ちょっとリッド!どうしたの!?」
止めようとしたイアの女を振り払い、イアの男は俺の目の前にまで迫ってくる。
白の制服の胸が力任せに掴まれた。
衝撃で脱げた帽子が、影を伸ばす地面にひらりと落ちる。
「誰だ、そいつは」
誰かの事を言ってきているらしいが、記憶の棚に反応する物はない。
「は…?」
制服の胸を掴むイアの男の力が、一瞬だけ抜け落ちる。
俺にどうしてか向けてきている怒りの感情が、違う感情にその時間だけ乗っ取られたようだった。
「…ふざけんなよ。なんでそんな忘れたみたいな顔出来んだよ…!あいつのこと、覚えてねぇのかよ!?」
「だから誰だ」
「お前が…!お前が一年の時に『決闘』っつって虐めてた奴だよ!」
「い、虐め、って…」
呟かれたクーシルの声は誰にも拾われず、かすかに吹いた肌寒い風に流される。
一年の頃の決闘。
その言葉で記憶を振り返ると朧げながら浮かんでくる、実技エリアでのとある場面。
しかしそこで相対した人間が誰なのか、記憶は顔の欠片も残していなかった。
「ほんとに覚えてねぇのかよ!?」
「決闘をしたのは覚えている。だが、相手が誰かは知らんな」
「…本気で言ってんのか?お前のせいであいつずっと学院来れてねぇんだぞ」
「知らぬ人間のことなど興味無い。いい加減この手を離せ」
「お前がやった傷、残ってんだぞ…!?」
離せと言っているのにも関わらず、制服の胸を掴む力がより強さを増す。
何事かと話を聞いてやってはいたが、そろそろ煩わしくなってきた。
「…覚えている事もあるぞ。あの決闘の時、邪魔をする人間は誰もいなかった」
「んだよ…何が言いてぇんだよ」
伝わらないこの男の馬鹿さに、軽蔑の嘲笑いがふっと漏れる。
「何を理由にしてか正義感ぶって突っかかってきているが、貴様は…あの時、一体何をしていた?貴様にとって何か気に喰わない事だったならば、どうしてそこで異を唱えてこなかった?」
「っ…!てめぇ!」
俺の制服を掴んでいない手を爪が食い込みそうなまでに握り締め、イアの男が拳を振り上げてくる。
「待って!…落ち着いて」
首も中々苦しくなってきた。
幼児がするような喚きも聞き飽きて振り払おうとした時、担任の気迫に満ちた声がイアの男を制した。
「ランケくん、虐めって…?一年生の時、何をしたの?」
イアの男は担任とその背後で混乱し、この場を口も身体もまともに動かせずに見つめるだけでいる馬鹿共にも目を運ぶ。
「…誰も知らないんですね。そんな気してましたけど」
掴まれていた制服の胸がようやく外される。
「汚れたな」
形を崩した制服を直していると、俺との間を埋めた担任が顔を見上げてくる。
「相手の人、覚えてないって本当?」
「あぁ」
揺れた毛先が邪魔しようとも、その髪と同じ色の目は内に金色の瞳を宿し続ける。
「それは……興味が、無いから…?」
「あぁ。覚える以前に、そもそも相手が誰かなど気にしていなかった」
「どうしてそういう事…平気で言えるの?」
質問に素直に答えてやっていたのに、担任の瞳の奥底に金色の瞳を塗り潰して強く現れた不信の色。
担任だけではない。
この場の全員が俺を写す己の瞳の色を変えていた。
何も変わらずにいたのは、彼方の夕日のみ。
朱色の空は雲一つ無く、沈み行く日は尚も明るい。
俺を写しながらも震えている担任の瞳、状況を理解出来ずにいる馬鹿共の間抜けな顔、取り残されたイアの女の呆然と立つ姿、イアの男が握り締めた拳、その全てを許さぬように夕日が影へと染め上げる。
地面に落ちた帽子を拾い上げて被り直す。
弱く輝き夜を待ち侘びる月だけが、俺と共にこの夕日を見つめていた。




