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貴族様の成り下がり  作者: いす
五章

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46/69

46話目

46話目です

誤字・脱字があったら申し訳ありません

 夕暮れの日差しは見た目の割に、冬へと繋がるブランクらしい身に染みるような冷たさがある。

 片隅にしか残っていない夕日。

 黄昏時と呼ぶに相応しい空には雨の気配はしないというのに、不気味な色合いの雲が浮かび、風に導かれて流されていく。

 電灯の明かりも待ち伏せていたように灯り始め、まだ見通せる薄さの暗闇が追いやられて足元に揺蕩(たゆ)たい出していた。

 午後の見回りを終え、眼鏡の馬鹿と連立(つれだ)ってテントを目指す。

 舞踏会とは無関係な王都の方の学院祭は人の賑わいや騒がしさが緩やかに日頃の姿に戻っていたが、帰路に就く者も混じっているからなのか、人の多さは減っているようには未だ見受けられない。

「クーとレグ、もう戻ってますかね」

「知らん」

 横からの問いかけを適当にいなしながら歩いていると、背後から似たような会話が聞こえてきた。

「しゃくとワッフル、もう戻ってるかな」

「急いどくか?」

「んー…」

 提案をする声も思い悩むような唸りも、実に耳に馴染んでしまっている音色だ。

 だから、気付いてしまったのかもしれない。

 振り返ってみれば、数人を挟んだ先にサイドテールと直す気のない寝癖がいた。

「おい。後ろ」

 歩くのを声で止めてからもう一度背後に向くと、ワッフルはその意図を察して俺が顎で指した場所を捉え、嬉しそうに口を開けた。

「クー、レグっ」

 境になっていた人間が先を行き、クーシルとレグが開けた前方に俺とワッフルを認める。

「おー!あ、まえ歩いてたの?」

「気付かんかったな」

 馬鹿二人が使われた形跡の無い武器のバッグをがさりと鳴らして俺とワッフルの傍に来ると、雑談に紛れて流れるまま同道が始まる。

「ちょうど話してたとこだったよね?」

「な。奇跡じゃん」

「わたし達もです!もう戻ったかなって」

「俺は話してない」

 引っ掛かる言い方に馬鹿の誤解を招かぬよう訂正を入れたが、訂正したからこそ思い付かせてしまったらしく、眼鏡の馬鹿はにひっと口角を上げた。

「ランケさん、すごい心配してたんですよ?」

「嘘を付くな」

「えー?過保護すぎー…」

 にやにやとしながら俺をからかってくるサイドテールの馬鹿に睨みを返す。

 嘘だと分かっているというのに、ふざけて乗るのはやはりうざったらしい。

 テントのある広場まで近くなってきた時、遠くの電灯の真下に、見慣れた人影が降り注ぐ人工の光を浴びて佇んでいた。

 俺がテントに置いていったたぬきの人形入りの紙袋を大事そうに抱き抱えて、ふわふわの髪の毛を時折手櫛で直す。

 傍目から見て、明らかに人を待っている様子だ。わざわざテントから出てきたらしい。

「ミーせんせー、ただーいまっ」

「あっ、おかえり」

 クーシルが数歩駆け出し先んじて声を掛けると、俺と他の馬鹿共二人を確認してから、担任は安心した笑顔で迎えの言葉を返す。

 馬鹿二人もクーシルと同じようにただいまを言い、それにおかえりとまた応えた担任から俺からもとばかりに期待の色を塗り付けた瞳が控えめに覗き込んできたが、付き合う気は無く顔を逸らす。

「…なんで外なんすか?」

「はっ…!テントがない!」

「ほんとです…!」

 馬鹿共の驚愕した叫びにテントのあった場所を確認するが、この黄昏時だからこそ目立つあの白の小屋が確かにそこから消えていた。

 理由を知っているだろう担任に目を向けると、寂しげにしてぽつりと話す。

「もう終わりだからって、騎士の人が片付けてっちゃった」

「だからわざわざここにいたのか」

「そんな急いでやるー?」

「片付けをやらされるよりよっぽど良いだろう」

 時間は見回りの終了予定時刻から(いく)らか過ぎてはいるが、にしても早い撤収だ。

 理由はどうせネカスだからであり、片付けをさせられなかったのはむしろ良いことと言える。

「ランケくん。はいこれ」

 担任が俺の前に出てきて、抱き締めていた紙袋を渡してきた。

 なんの気もなく受け取ってしまったが紙袋の中から覗くたぬきの能天気な顔と目が合い、喉の奥から苦々しいのが遡上(そじょう)してくる。

 担任の体温が伝わったようでたぬきは妙に温く、中途半端にリアルなクオリティは生きていると錯覚しそうになる。

 馬鹿共は俺の密やかな嘆息など気付かずに、これからの事を話していた。

「とりあえず、これでもう実地訓練って終わりなんですよね?」

「じゃない?ミーせんせー、だよね?」

「うん、もう終わり。あ、でも、借りてきたの返さないと」

 出し物の代わりとして行う事になった実地訓練が終わったのであれば、もう寮に行くなりして問題はない。しかし、まずは学院で借りてきた武器を返却しなければならない。

「面倒な…」

 学院こそが今一番に寄りたくなかった場所であり、心からの苛立ちが言葉になる。

「…舞踏会、そろそろだもんね」

「あー、ミヤシロ会うかもだし?」

「いちいち口に出すな」

 俺の言葉の意味を察した担任がわざわざそれを口に出すと得心いったように馬鹿共が頷き、サイドテールがわざわざ忌々しい名前を呼ぶ。

「でも、借りてきた奴が返さないとっすよね」

 武器に関する学院の規則は、レグが言った通りになっている。

 やりようの無さにどうしようかと俺に視線が集まり、発言が待たれる。

「…返しに行くしかないだろう」

 ピアスの盗難の件もあって武器の管理については尚一層、厳重になってきている。他に抜け道も選択肢もあったものではない。

 俺が先んじて歩き出すと馬鹿共と担任が直ぐ様、肩を並ばせてくる。

 胸中に渦巻く、不安にしか行き着かない予感を追い出せないまま、学院に寄り添う時計塔を見上げる。

 距離と暗闇に隔てられた時計の文字盤は、何分かさえも時間は(わか)らなかった。


 ━━━━━  ━━━━━  ━━━━━


 路面電行車の停車音が遠くで聞こえた。

 テントがあった位置は、普段通学する際に使う路面からは遠い位置。

 この停車音は別の路線のだろう。

 近付いてくる時計塔をひっそりと見ていると、担任が足を止めて横を見た。

「あっち、公園かな?」

 担任の身体(からだ)が指す方向には、夏の終わりに花火で使った、庭のような小さなあの公園よりも、何倍か何十倍かも広い公園の出入り口。

「公園あったんすね。知らんかった」

「行ってみよ!そんな距離変わんないでしょ」

 公園ではあるが、広場だけではなくどうやら遊歩道もあるらしい。

 馬鹿共は新しい道という好奇心に煽られ、そちらに駆け足で吸い込まれていく。

 付いていくしかない、仕方なく公園へと踏み入った。

 遊歩道には左右に木々が生え、葉を着込んだ枝が並木道の天井になろうとかなり上にまで伸びている。

 そこから捨てられた無数の葉が石畳に敷き詰められ、むしろ石畳よりも道らしくなっていた。

 脇には木々に取り囲まれながら広々と設けられた広場があるが、学院祭に人気(ひとけ)はやはり取られていて電灯は木ばかりをつまらなく照らしている。

 奥の方に東屋(あずまや)が見えたが、やはり人が使っている様子はない。

 そんな静かな光景を見て、クーシルが何かを思い付く。

「今度みんなで遊び来たいね、ここ」

「フリスビーとか?なんかあったよな、掃除してたら出てきたやつ。違うっけ」

「ありましたよ。わたし覚えてます」

「一緒にしよーね?」

 クーシルの確かめるような声が耳に触れたが、どうせどう返そうがその日が来れば無理矢理連れて行かれるに決まっている。

「…結局、また着けるんだな」

 それよりもと、馬鹿のサイドテールにまた着けられた簡素な王冠に呆れの目を向ける。

「うん、学院行くし」

「どういう理由だ、それは」

 説明が下手だと文句を付けるが、改める気はないのか、動いて傾いた王冠を直しながらにひっと八重歯を見せつけてくるだけで小賢しくもはぐらかしてくる。

「あっ…」

 担任だけは馬鹿共の目的に気付いたようで、はっとすると、教員用の制服に仕舞っていたフレームだけの眼鏡を掛ける。

 なんの気か知らないが馬鹿共が馬鹿らしい格好に戻った結果、周囲のマントを見る目はまた減ったのだ。

 馬鹿相手にしつこく訊くというのも気分が悪い。

 一括りに見られるという不満はあるが、着けたいのであれば着けさせといて損は無いだろう。

 長い道を抜けると、学院も近くなってきた。

 学院から吐き出されたのか人は多いが、俺達とは進む方向がほとんど真逆。

 中には同じ向きに進むのもいたが、そういうのは等しく蒼色の制服を着込んでいた。

 正門を越えて、武器が保管されている倉庫までを目指す。

 道中に等間隔で置かれた電灯と学院の内から漏れ出た光が重なり、学院の庭は夜を感じさせながらも打ち消すような眩しさがあった。

 学院の大扉まで伸びる道には多くの出店(でみせ)が軒を連ねていて、それよりも多くの学院生が更にそこには溢れかえっていた。

 どいつもこいつも満足げな顔で友人らしいのと語り合いながら出店の片付けを行い、馬鹿共と同レベルのアクセサリーを身に着けているのもちらほらといる。

 本格的な片付けは後日、時間を設けて行われる。

 今は簡単な片付けをしているのがほとんどだったが、マントを下げていても特別目が向けられるような事は無かった。

 そうやって無価値な人間を見てしまうのは、あの男がいないか不安が故だったのだろうか。

 朝から開け放たれていた大扉から、学院の校舎の中へと入る。

 学院の天井に嵌め込まれた外にまで漏れていた電結晶の明かりは、廊下の隅々までを光で染めあげている。反射した光が床で滲んでいた。

 途中までは出し物の集客を狙う貼り紙の貼られた壁や飾り付けされた窓の縁に凭れかかって話し込む学院生がいたが、武器の倉庫までの廊下となると人も飾りも途端にいなくなる。

 学院の賑わう廊下や庭、教室から拒まれてきたのが寄り添い合ったかのような静寂ばかりが蔓延(はびこ)る倉庫までの廊下。

 揃わずにこつこつと鳴る五人の靴音と、馬鹿共の無価値な会話がよく響く。

 人がいないのであればあの男が現れることはない、多少は楽に息が出来た。

 着いた倉庫の受付口には学院祭で買ってきたのか、手書きの落書き染みたデザインが入った紙コップを脇に暇そうにしていた学院の職員がいて、そこに武器を返却する。

 何故か返却の順番が最後になりながらも、腰に提げていた物が無くなると一気に身が軽くなる。

 その足取りで受付口から少し離れた廊下の壁で待っていた四馬鹿の方に行き、追い越しざま、声が聞こえる距離だと見計らってからこの後の行動を伝えてやった。

「寮に行く」

 舞踏会も何も、俺には興味が無い。

 学院祭の強制される部分は終わり、武器も返してやった。後は寮に行く他ない。

 例え四馬鹿が舞踏会を見に行きたいと言い出しても、どの風が吹き回ろうが舞台であるホールまで近寄る事は決して無い。

 ここばかりはと馬鹿共の強引さを押し切るつもりで心構えていると、横から当たり前のように並んできた担任は真逆を口にしてきた。

「じゃあ、私も帰ろうかな」

「…あ。あたしらもー」

 担任だけでなくこの後を話し合っていたらしい三馬鹿も、待ってと空いた距離を駆け足で埋めてきて、行きと全く同じ形になる。

「邪魔臭い…舞踏会、見てくればいいだろう」

「や、別にあたしら、そんな踊り好きって訳でもないし」

「踊ってんなーぐらいしか、見て感想出てこねーもんな」

「あ、晩ごはん。今日どうします?」

 ワッフルのその言葉にすっかりと全員で寮に向かう事は決定事項として片付けられ、街に残ってる出店で今日は楽に済ませようと担任が思い付けば、三馬鹿は何を買おうかと昼間の記憶を辿ってうんうんと思案し始める。

 通ってきた廊下を引き返し、大扉に向かう。

 もう、何も言う気はない。

 寮へと行けば良くも悪くも普段に戻る。

 学院でどれだけ特別な一夜が行われようとも、見なければ何も思う事はない。

 これと言って時間は掛かってなかったような気はするが、往復の後の大扉に近い廊下からは人気(ひとけ)が大きく失われていた。

 この時間帯は少し経つと、一瞬にして空の色を暗くさせる。窓から見える空の色はかなり黒が濃くなっていた。

 目に見える舞踏会への開始時刻に、片付けが急がれでもしたのだろう。

 大扉の先で動く無数の影は、皆一様にホールへの進路を導かれるかのように定めていた。

「あっ…!」

 外に出て人混みの背後を抜けようとした時、クーシルが耳に響く声を上げた。

 舞踏会に向かう人混みを眺めていたクーシルは、他の馬鹿三人に声と同じな騒がしい顔を急いだ様子で見せると、視線を交わして何かを伝える。

 なんなのかとその人混みを俺が見ようとした時、三馬鹿が焦ったように俺の視界を己の身体(からだ)(さえぎ)ってきた。

「何をする」

「い、いいじゃん、ねっ!?」

「そ、そうですよ!ねっ!?」

「ほ、ほら、サングラス!サングラス付けるか!?なっ!?」

 自分のサイドテールを俺の目の前に持ち上げてきたり、クマの耳を外してその丸い耳の部分で俺の目に蓋をしようとしてきたり、自分のサングラスを俺に何故か付けさせようとしてきたりと、ひたすらに視界の妨害をしてくる馬鹿共。

「は、早く行かないと、出店(でみせ)終わっちゃうから!」

 首筋に丸い汗を垂らした担任が、俺の足を進めさせようと距離を詰めてくる。

 …そういう事か。

 ここまで露骨にやられて理解出来ない訳が無い。

 いやむしろ、この場合は理解出来ぬ人間の方がいっそ人生は幸福なのかもしれない。

 答え合わせをするように、馬鹿共の隙間から覗いたミヤシロの姿。

 大扉から奴まで距離はあった。

 だがミヤシロが出てきた通用口の明かりが、タキシードに身を包んだ奴の姿を俺に見せつけるように照らし出していた。

 ミヤシロの見る先にはどうしてか逃げ回るラーコと、友人なのだろうラーコを追いかける蒼い制服の女。

「ラーコーっ!待ちなさいってー!」

「ミ、ミミ、ミヤシロくんとなんて…そんなの、ムリだってー!|

「恥ずかしがんないのー!せっかくドレス用意したんだぞーっ!」

 否が応でも聞こえてくる二人の騒ぎは、俺達だけでなく周囲の耳目(じもく)も集めていた。

 距離を空けながらもやり取りの断片さえも見落としてしまわないようにと、ミヤシロ達の周りを取り囲む野次馬。

 その形が、あの決闘の場を思い起こさせてくる。

 もしかしたらこうなるのではないかと、舞踏会の話を最初にしたあの日から頭のどこかでは考えていた。

 予想していたのであれば無論、感情もそう暴れぬものだと思っていた。

 見えていた物を踏んだだけなのだ。たったそれだけでしかない。

 だが、こうして頭がひたすらに何かの感情を抑えつけようと言葉を巡らしている時点で、自分が酷く動揺をしている事を分かってしまった。

 大扉の方が光は多く眩しい筈なのに、何故だろうか、随分と暗い場所のように思えて仕方ない。

 自分から色が抜けていくような不思議な感覚だった。

 自分だけでは無い、野次馬のも馬鹿共のも全て含めた色という色が、着飾ったあの男とラーコやその友人に奪われ、己の色であった時よりも輝きを増して映え映えとしていた。

 あいつらだけがこの世界で今、色を持っているような気がしたのだ。

 あぁ…ここまで俺は追いやられたのか。

 人垣(ひとがき)の一番奥で、有象無象に邪魔されながらにしかあいつを見れないのか。

 そして、人垣の隙間から見ただけの姿に、ここまで動揺してしまっているのか。

 帽子を目深に、それだけでなくマントなぞ着込んで、人の目を避けるようにして。

 沈黙した俺に、自分達の邪魔が無駄に終わった事を理解したのだろう。

 動きを止めた馬鹿共と担任から心配するような眼差しが来ていたのは視界の端に見えたが、何も言わずにいると馬鹿共も担任もミヤシロの方を見つめ出す。

 ミヤシロはラーコを捕まえた友人に薄く微笑み掛けながら、出てきた通用口を引き返していく。

「…っ!」

 その瞳が、俺を射抜いた。

 周囲の野次馬を気に掛けて動いた奴の瞳が、俺を見てきたのだ。

 決闘で気絶する寸前に見た、あの恐ろしい目。

 帽子の影に隠れた俺の苦痛に歪む顔を見抜き、眼前のラーコ達に注いでいた微笑ましげな眼差しが、マントに包まれた白の制服を嘲笑うような眼差しにすり変わる。

 頬に冷や汗が伝い、身体(からだ)が強張る。

「ラ、ランケくん…!?」

 動悸に阻まれて、担任の声が遠くに聞こえる。

 地面が溶け出したように脚のバランスが崩れ、自分の影が写った地面が目の前に迫ってきた。

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