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貴族様の成り下がり  作者: いす
五章

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43/69

43話目

43話目です

誤字・脱字があったら申し訳ありません

 昼を過ぎると、また更に人が増えてきた気がした。

 これからしばらくは自由時間となる。

 幕を閉めたテントから出て、馬鹿共の所為(せい)でどこへ行くかも決めず、何か面白いものでもあればという不意の遭遇を期待して、人に敷き詰められた王都を歩いていく。

 馬鹿共は学院にも行きたいと話してはいたが、午後からもまた見回りがある。

 学院までの道のりは往復でそれなりに時間が要する距離であり、尚且つ、時間通りに馬鹿共が遊ぶのをやめられないだろうという担任の判断でこういう事になった。

 残すは落ちるしかない日の下、忌々しい名前を眼鏡の馬鹿が名残惜しげに呼んだ。

「シルバレードさんと回りたかったですね」

「ねー」

「…お前達のその格好はなんだ」

 馬鹿共とはなるべく距離を離していたい。それを、今ほど強く思ったことはない。

「えへー、どうです?似合いますか?」

 俺の声に反応したワッフルの一線切られた黒髪の天辺には、クマを模したのだろう丸い焦げ茶色の耳。

 人工物の毛先を指で撫でながら、似合わないという不安は無い瞳が眼鏡越しに俺を覗く。

「ランケ、俺のは?これよくね?」

「グラサンちょーいいよね。あたしもまえ買ったの持ってくればよかったー」

「馬鹿丸出しだな…恥は無いのか」

 あまりにも馬鹿にしか見えない、原色そのままを使ったような、緑色(みどりいろ)の玩具っぽい(ふち)をしたサングラス。

「こういうのはやっぱ、フルで楽しみたいだろ」

「そうですよ、楽しまないと損ですよ!」

 俺が軽蔑の眼差しをしてもレグはワッフルと「なー?」「ですよねー?」と、楽しげな顔を見合わせるばかりで外そうとはしない。

 自由時間になって、馬鹿共が最初に寄ったのは小物を売る店だった。

 端的に言えば、このマントと同じような物をこいつらは欲したのだ。

 この学院祭を心から謳歌している事を身なりだけで伝えられる、間の抜けたアクセサリーを。

 よもやこういうのを自分から進んで身に付ける奴がいるとは…前々からそうだが、更に理解が遠退いた。

 クーシルのオレンジのサイドテールには、レグのと同じく玩具のような粗悪で簡素な出来の王冠が、作り物の宝石を(きら)めかせて嵌まっていた。

「せんせーも、もちょっとなんかいい感じの探せば良かったのに」

 流石に担任は恥じらいが勝ったのか、付けているのはワッフルと似たような縁をした、安物の度無しの眼鏡。

 なんの意味もないレンズの奥で、瞳が照れくさそうにうーんと細まる。

「もしかしたら他の先生と会うかもしれないし、流石にね…」

「わたしは好きですよ。お揃いみたいに見えるじゃないですか!」

 担任の傍にワッフルが寄ると、クーシルが「あっ、でも確かにいいかも」と制服から小さなカメラを取り出して、シャッターを鳴らし一枚収める。

 これが昼食の時に話していた、文通に使う写真の一枚なのだろう。

「折角なら、武器(これ)置いて楽しみたかったけどな」

「鍵も掛けられないあんな場所に置いておけるか。…何度見ても馬鹿丸出しだな」

 今まで実地訓練で使った宿やホテルと違って、鍵も掛けられないテントの中に置いておくのは危険極まりない。

 ワッフルの背負う盾もバッグに入っており、隠れていても丸い形に違和感はあるが、生身で出すよりかはよっぽど見た目としては大人しい。

 俺も細剣は腰に下がったままだが、長時間着けているとむしろこの形が慣れてくる。

「お前に文句言われるの違うだろー。俺らがこの格好のおかげで、お前ちょっと目立たくなってんだぞ?」

「ね、だよね。しゃく見るヒト減ったよね」

「一括りで見られるようになっただけだ。屈辱だな…」

「もっと距離詰めてやろうぜ」

「やめろ」

 にやりと口元を緩めて俺との距離間をぐっと詰めてきたクーシルとレグを、両肘に力を込めて抑える。

「あっ、あれなんですか!」

 ワッフルが興味を示した先には、周りに学院祭の客を集めたタキシードの男。

 近寄って見てみれば、タキシードの男の前には台とその上で裏向きにされて並べられたトランプ。

「マジックかな?」

「見よ見よ!」

 担任が言うと、馬鹿共は興味の色で瞳を輝かせる。

 馬車用の道もない歩行者専用のこの通りは、どうやら大道芸が占めているらしい。

 左右どちらにもまさしくと言う人間がいて、どこにもそれなりの数の客が前を陣取っていた。

「念入りにシャッフルしたこのトランプから…それでは、じゃあ…君、一枚引いてくれる?」

「…あたし?」

 サイドテールの王冠が目立ったのか、マジシャンはクーシルを視線で指す。

 おずおずとクーシルが人の集まりから一歩前に出ると、マジシャンは並べられたトランプに引いてくれと一度手を差し出してから、反対に背を向ける。

「…一枚引いている間、私は後ろを向いています。引いたら、他のお客さんにも見せてくれるかな」

「は、はいっ!これ、これです!」

 半円のような形で並べられたトランプの右端の方から引いたクーシルは、そこに描かれていた真っ赤な色のダイヤの3を、周りの客にも念入りに見せる。

「確かめたら、元の位置にトランプを戻してください」

 それじゃあとクーシルは、引いた場所にトランプを裏向きにして戻す。

 それから「いいです」と呼ぶと、マジシャンが前に向き直った。

「えー今、私は彼女が引いた手札がなんなのか、それを確認しませんでした。一枚一枚確かめていっても、何も描いてもらっていない為、どれかは全く分かりません」

 どこか演技でもするように言いながら、広げたトランプを一束に纏め、更にそこから何度も、執拗なばかりにシャッフルをする。

 なんの仕掛けも無いのであれば、この時点で馬鹿が引いたダイヤの3の行方は、完全に分からない事になる。

「ですが、重さは違います。彼女が触れた事で、そのトランプは少しだけ重くなってしまったのです」

 奇妙な事を演技でもするようにわざとらしくマジシャンは語ると、束にしたトランプを右手で持つ。

「つまりトランプを振った時、重みで下に落ちた一枚が、彼女が引いたトランプという事になります」

 縦向きのトランプを瓶の奥に詰まった物でも取り出すように、マジシャンの男は上下に揺さぶり出す。

 半信半疑の空気が漂う中、トランプの束から一枚だけが揺れの反動で少し顔を出し、更に数回揺らされると束からすっと外れ、ひらりと宙を舞った。

「こ、これが…」

「見てみてください」

 マジシャンの男が手を向ける、台の上に落ちた裏向きのトランプにクーシルか手を伸ばす。

 胸の近くまで寄せてから、それを恐る恐るでひっくり返した。

「ダイヤの3…!うそっ、なんでー!?」

 クーシルが手を上げて周りの客に見せびらかしたトランプには、確かについさっき見た、真っ赤な色で描かれたダイヤと数字の3。

 他の客も見事な正解にざわめきを走らせ、それは直ぐに称賛の拍手へと変わる。

「サクラみたいな反応するな、あいつ」

 俺が独り言として言った事に、担任がくすっと笑う。

「ふふっ、ちょっとわざとっぽいね」

「なんで分かったんだろな。まじすげー」

「やっぱり、トリックあるんですかね?」

 仕組まれた物ではあるとは理解していても、拍手を送る馬鹿共の声音には、奇術を見たことへの興奮が確かに滲んでいた。

 深く頭を下げていたマジシャンの男の前から、クーシルが人混みを分けて駆け足で帰ってくる。

 他の馬鹿と同じような興奮の色で、その瞳は煌々と輝いていた。

「見た!?なんで一緒の当てられたんだろ!?」

 マジシャンの男は、このまままた別のを始めたりするつもりはないらしい。

 終わった雰囲気を俺と馬鹿共全員がなんとなく察し、誰が決めた訳でもなく人が流れる道に戻り、また何か面白い遭遇に期待しながら、クーシルの話に言葉を注いでいく。

「クー、あれさ、なんか変な動きとか無かったん?」

「無かった!ほんとに振ってるだけだったし、後ろ見てる時もちょっと見てたりとかしてなかったし!…てことは、え、じゃあ、あたしの手に力があるってこと…?」

「ハンドパワーってやつですね!」

 クマの耳が(さか)しらぶって言うと、クーシルはふざけてレグの肩に手を置く。

「ういー、ハンドパワー」

「うえー」

 置かれた指先から痛みでも走ったような顔で、レグはクーシルから首を少し反対に伸ばし、大げさなリアクションを取る。

「ふふっ」

「馬鹿馬鹿しい…」

 微笑ましげに担任はくすりと口元を緩めるが、俺からは呆れの言葉しか漏れ出ない。

 適当な事をしている自覚はあるのだろうが、その上でふざけて乗っかるこいつらの性格は、やはり理解に苦しむ。

「うい、ハンドパワー」

「触るな」


 ━━━━━  ━━━━━  ━━━━━


「お、ガラポンやってんじゃん」

 現れる道の分岐の度に、気まぐれに曲がったり直進したりしていると、今度はレグが興味に引っ掛かるものを見つけた。

 どうやら、学院祭中のキャンペーンの一つのような物らしい。

 テントの下には係の人間が数人立っており、目の前の台にはハンドル式の抽選機と、アタリが出た時の為なのだろう、ハンドベルが一つ置かれていた。

 単純に店を出すだけでなく、区画ごとに何かしらこう言った企画が用意されている。より一層の集客をする為の努力という訳である。

「うおすげ、一等、旅行券じゃん」

「入っているかは怪しいがな」

 係員の後ろに並べられた景品達。

 一等として大々的に観光地への旅行チケットが掲げられているが、そんなものを当てさせて、学院祭の集客を目的とするこいつらにはなんの得も無い。

「でも…あれだね。一等の景品、置いてないね」

 そう疑ったのだが…確かに、既に唯一無二の一等は、周りの豪奢に見せる為の飾り付けを除いて肝心の景品、旅行券自体は消えていた。

「まさか、誰か当てたのか?」

「やべー豪運。けどまだアレだな、それ以外はまだそんな減ってないな」

「なんだろ…今のあたしになら良いの当てれる気する…!ハンドパワーあるし!パパがお店出すの当てたし!」

 二等以降の景品が未だろくに数が減っていないと分かると、クーシルが急に昂ぶったように鼻をふんと鳴らす。

 だが、ワッフルがそれを素朴な疑問で止めた。

「でも、クジないですよね?」

 近くの店の壁にこのキャンペーンの貼り紙を見つけて、どういう条件で貰えるのかとクマの耳とサングラスと王冠が小走りで駆け寄る。

「お店で貰えるって書いてますけど…お昼ごはん買った時、貰えませんでしたよね」

「一つのお店で一定金額だって」

 レグがここと言って顔を寄せた場所には、注意事項として『※』の後、口に出したそのままが書いてある。

「お昼ごはん、色んなお店でちょっとずつだったからですかね?」

「そっかー。じゃムリっぽい?」

「店でなんか適当に買ってくっか?」

「んー…欲しくないのにお金出すってのもなぁ…。ムダ使いママに怒られるし…」

 昼食を取ったばかりだ、食事というのは選択にない様子。

 諦める流れになった時、おもむろに担任が笑い出した。

「ふっふっふっ…実は私、持ってたり。ぴったり五枚!」

 軽蔑しながら何事か担任を窺えば、担任の教員用の制服のポケットから、得意げに五枚のクジ券が取り出される。

 求めていた物を取り出した担任におーと歓喜の声を上げる馬鹿共を無視し、クジの出処を訊く。

「何故お前が持ってる」

「クーのお店でお手伝いした後ね、お礼ってことで頂いたの!はい、ひとり一枚!」

 そうか、ここから近いあの店も、クジのキャンペーンの対象店になっている筈だ。

 バイト代として渡す物として適切かは怪しいが、現金は担任が嫌がるだろうし、タダ働きはクーシルの両親が嫌がったのだろう。行き着いた妥協案がこれだったに違いない。

「ありがとね、せんせ!」

「ありがとうございます、せんせー!ぜったい当ててやりますよ…!」

 担任から渡されたクジの券を、各々感謝を言いながら受け取っていく。

「はい、ランケくんも」

「くだらん」

「運試しってことで、ねっ?」

 担任は優しそうに微笑みながら、押し付けるようにして一回限りの運試しを渡してくる。

 運を試したいと思ったことは無い。

 あの男と出会った時点で、俺の運が地を這う程に最悪なのは分かりきっている。

 一番最初に引きに行ったのは、さっきのマジックと父親のクジの話を持ち出して、意味の分からない自信を得たクーシル。

 真剣な面持ちで係員にクジの券を渡すと、抽選機に対して一度手を合わせ祈ってから、取り付いているハンドルをカラカラと回し始める。

 3周回し切ったところで、抽選機の飛び出した口から出た真っ白な玉が、受け皿にからんと音を立てて転がった。

 距離も相まって白い玉を見た係員に何を言われてるか聞こえないが、何も色の塗られていない玉で当たりという訳はあるまい。

 不可解そうな表情で戻ってきたクーシルの手には、白の玉が引き換えた小さな箱型の菓子があった。

「ハズレだった…なんでー?」

「うーし、じゃつぎ俺な。まじでやってくるから、ちょ、これ」

 入れ替わりで緑のサングラスをワッフルに預けたレグが引きに行き、また同じように抽選機を回す。

 が、出てきた玉は、クーシルが出したのと寸分違わず一緒。

「俺もだった…。いける気したんだけどな…」

「わたし、行ってきます!」

 レグにサングラスを返したワッフルが行くが、出てきたのはやはり真っ白な玉。

「ハズレでした…」

 種類の違う三箱の菓子が、馬鹿三人の手に並んだ。

「それじゃあ次、私だね」

 担任がクジを握り、抽選機に歩いていく。

「お、なんか色違くね、あれ」

「いいのですかね…!?」

 どうせあいつも白だろうと見ていたが、ハンドルを3度回して出てきた玉は真っ青な色。馬鹿共は盛り上がっているが、青色で二等三等というのは適切な色の割り振りとは思えない。

 近くに置かれているベルを鳴らさない辺り、ハズレではないが、大したアタリでも無いのではないだろうか。

 戻ってきた担任の手のチケットのようなものに、クーシルが期待の色を目に塗った。

「なにそれ!?」

「ここら辺で使える商品券だって」

「ふつーに良いやつっすね」

 担任の手のチケットには商品券の金額が書いてあるが、見る限り、少し買えばほとんど消える程度の少額でしかない。

 こんなものなのかなと担任は取り出した財布にその商品券を仕舞い、最後の一枚がある俺に引いてきたらと眼差しを向けてきた。

「引いても引かなくても大して何も変わらないと思うが」

「それなら、引いといた方がいいんじゃないかな?」

 馬鹿共と担任の視線に押され、抽選機の前まで向かう。

 券を渡すと係員がどうぞと言い、クジを引くよう慣れきった笑顔で促してくる。

 ハンドルをゆっくり回し出すと、抽選機の中にある無数の玉が、ジャラジャラと(うごめ)く振動が伝わってくる。

 しかし、そんなものを気にしても何かが変わる訳でもない。

 考えも無しに数回回すと、カランと玉の出てきた音がした。

 受け皿に落ちた玉は、光沢のある銅色。

 銅色を係員が認識した途端、慣れた笑顔を驚きに変え、置かれていたベルをカランカランと鳴らし出した。

「あ…?」

「おめでとうございます!三等ですっ!」

 三等を祝うベルの音が、俺の背中に好奇心の眼差しを周囲から一気に呼び寄せる。

 想定していなかった結果に思考を困らせながら、景品を取りに下がった係員を待つ。

「はいっ、それではこちらをどうぞ!」

 後ろに下がった係員はすぐに前に出てきて、俺に景品を笑顔で渡してくる。

「…これを」

 なんとも言えない言葉が、口を突いて出た。

 伏せの体勢をする、割としっかりとした重さのある茶色の身体(からだ)に、やる気のなさそうな、寝ているのか開いているのか判断できないデフォルメされたデザインの目。

 本当のものと大差ないようなサイズ感の割に、あまりにも短い手足と丸いしっぽ、それなりに肌触りは良い毛質。

 ひとまずこの背中に刺さる無数の視線を払おうと、共に渡された紙袋に仕舞う前に景品の胴体部分に腕を回して脇に抱え、馬鹿共の所に下がる。

 すると四人の内の誰かしらが、吹き出すようにふっと笑った。

「どうしたんすか?そのたぬき」

「狩ってきたんじゃね」

「すごっ」

「…ふざけるな」

 一連のを見ていたというのに、クーシルがにやついた顔で半笑いの声で、わざとらしく俺に訊いてくる。

 レグがにやついて乗っかると、更にそこにクーシルが被さる。

「ずんぐりむっくりで…ふふっ、かわいい」

「うらやましいですっ!」

 残りの馬鹿二人の言葉も受けながら、周囲を軽く見回し、直ぐ側にゴミ箱を見つける。

「ちっ」

 こんな物、部屋に置いてやる理由はない。

 ゴミ箱に向かって三等として渡されたたぬきの人形と紙袋を片手で一緒くたに投げ捨てると、ゴミ箱の中に着地する前に、ワッフルが慌てた顔で思い切り飛び付いた。

「ちょ、なにしてるんですか…!?」

「こんなのいるか。なんだこれは。商品券とかの方がまだいっそまともだったではないか」

「捨てるまでの判断早すぎるだろ…」

「部屋置けばいいじゃん。かわいそうに」

 紙袋と共にワッフルに抱き抱えられ、晴れ空を見上げるたぬきの顔を、クーシルが慰めるように数回叩く。

「なんの為に」

「癒やし効果あるじゃん」

「こんな物でお前らへの疲れがどうにかなる訳ないだろう」

 言い合っていると、担任までも馬鹿共の(がわ)に付いてくる。

「でもランケくんの部屋、殺風景なんだし、もうちょっと色々、物とかあってもいいんじゃない?」

「せんせーの部屋とかめっちゃ本あるもんね。時々、ゴミとかそのままだし」

「あれは…忙しくてっ!いっつもそうってわけじゃないよ…!?」

 今まで感じたことなどないが、教師として威厳でも失うのが嫌なのか必死に弁明してくる担任。

 俺からしてみれば、担任の部屋がどういうのであっても興味はない。

 唯一興味のある、俺の部屋…と呼ばれたくはないが、いま使っているあの場所について、ワッフルが置かれている物を数える。

「今のランケさんの部屋、お花だけですもんね」

「それだけ聞くとめっちゃファンシーだな」

「あとあれ!パズルだよね」

 ともすれば挙げ損ないそうになったクーシルしか知らない部屋の物に、他の馬鹿が目を向ける。

「パズル?廊下に飾ってるの?」

「じゃなくて、新しいの。あたし達やっちゃったから、なんかもう一個買ってきたんだよね。あれ進んだ?」

「…まだだ」

 進めていた所にワクレールでの実地訓練が入り込み、そこでのあのローゼットの言葉に悩み、クーシルが知ったあの日以降、パズルはクローゼットの中に仕舞ったきり、一切として手を付けられていない。

「難しかったら言ってくださいね。わたし達、お手伝いしますから!」

 自分がやりたいだけのクマの耳を見下ろし、逸れた話を元に戻す。

「…今なんの話をしてるんだ」

「人形だな」

「別に置いて呪われるとかじゃ無いんだし、ふつーに貰えばよくない?」

「ということで、はい、飼い主さんですよ」

 ワッフルから俺の腕にしれっと渡ってきた、紙袋とそしてたぬきの人形。

 気力も何も感じられない目と向き合っていると、シャッター音が眼前で鳴る。

「…送るなよ」

「んふー♪」

 今日のカメラの目的は、レビーテの子供とやらに送る為。

 撮られた以上そこに含めないよう忠告するが、否定も肯定もない誤魔化しの吐息を吐きながら、馬鹿はカメラが捉えた俺の写真を、守るかのように大事そうに胸に寄せる。

 もう一度ゴミ箱に投げ捨ててやるかと考えながら紙袋にがさりとたぬきを押し込んだ時、馬鹿共の背後の人混みを縫って、見覚えのあるような女が姿を現し、担任に後ろから抱きついた。

「ミーミ」

「わっ…カガミちゃん!」

 ぼやけていた記憶が、担任の驚きながら呼んだ名前で多少なり晴れた。俺の髪を担当した美容師の女か。

「…ミミ、眼鏡だ。良い」

「カガミちゃん、ひさしぶりー!」

「ん、クーも」

 美容室に行き損ねていたクーシルがやかましく声を上げながら、嬉しそうに王冠の嵌まったサイドテールをゆらゆらと揺らす。

「これからみんな居るってテント行くつもりだったんだけど、なんか音して見たら、そこの、金髪がいて」

「俺を顎で指すな、雑に呼ぶな」

「そっか、入れ違いになっちゃうとこだったね」

 クジのベルの音が無ければ危なかったと、尚も後ろから抱き着くカガミの手に担任が自分の手を重ねて嬉しそうに微笑む。すると、カガミも幸せそうにほんのわずかばかり口の端を綻ばせる。

 カガミは視線を馬鹿共や俺の格好に向けると、口の端を更に綻ばせた。

「楽しんでんね」

「楽しんでます!」

「お店ダメになったって聞いたから、けっこう落ち込んでるかと思ってた」

「ま、ちょっと残念とは思ってるけど…」

 それでもこうした時間があるから大丈夫だと、馬鹿共は顔を見合わせてにひっと笑い合う。

 俺にも向いてきはしたが、馬鹿共と笑顔を交わすなど拒絶の思いで真反対に顔を逸す。

「そうだ。ランケくんの髪、ありがとね」

 そんな俺を見て思い出したのか、担任が礼を言う。

「ん、切るのは別に。相手するのがあれだったけど…」

 俺に否があるかのような事を口にするカガミだが、悪いのは間違いなくこの女だ。

「貴様が余計に時間を使っていたからだろう」

 俺のその物言いをカガミは無視し、担任に「ね」と顔を向ける。

「ミミ、これから一緒にいたいんだけど…いい?」

「うん、いいよ」

 担任がカガミと二人で回る事を決めると、クーシルが俺達を見やる。

「それじゃ、あたしら四人で回ろっか」

「時間、過ぎないようにね」

 担任の忠告に、馬鹿共が「はーい」と重なった声で返事をする。

「じゃ、ミミもらってくから」

「わー」

 分かれる事が決定すると、カガミは担任に抱きついたまま、往来の激しい人混みに溶け込んでいく。

 あそこまで身を寄せて歩きにくそうとしか思わないが、笑顔の担任からは楽しげで間抜けな声がこぼれていた。

「やっぱミーせんせーといると嬉しそうだよね、カガミちゃん」

「ミーせんせーもですね」

「んで、こっからどこ行く?適当のまんま?」

 完全に見えなくなるまで見送りそうな馬鹿二人に、四人なったのであればとレグが行き先をどうするか尋ねる。

 向き直ったワッフルが、好奇心に満ちた声を発した。

「あの、わたしさっき見つけたんですけど、お化け屋敷、あるらしいんですよ!」

「まじ!?あるの!?」

「はいっ!クジの隣のポスターにありました!あっちです!」

「行くしかねーな!」

「ランケさん、行きましょう!」

 ワッフルが俺に呼び掛けてから一足先に歩き出すと、クーシルとレグも伝染したように興奮した様子で、俺に手招きで早くと急かしてから駆け足で付いていく。

 四人と(くく)りの中に含まれた以上、付いていかねば連れ回されるに決まっている。

 マントを軽く着直し、帽子を深く被り直す。

 連れ回そうと馬鹿共がこちらに戻ってくる前に、俺もうねりのような往来の中に溶け込んだ。

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