42話目
42話目です
誤字・脱字があったら申し訳ありません
迷子を返した後、昼を迎えて休憩用のテントに戻ってきた。
レグとワッフルが一番に着いていて、二番目が俺と馬鹿、最後がパン屋での手伝いを終えた担任だった。
揃った流れで昼食を買う事になったのだが、近くの出店でほとんど馬鹿共の気の向くままにで選ばれてしまった。
まぁ、こんな祭り事の出店だ、俺に選ぶ権利があったとしても、惹かれるような物は見つからなかっただろう。
買った物を抱えて休憩用のテントに戻り、テーブルに並べて普段よりも軽い調子でいただきますと揃って言うと、馬鹿共は好き勝手に手を伸ばして食べていく。
「…いただきます」
俺も、一拍遅れて同じ言葉を述べてやる。
馬鹿共と同席での食事など嫌悪すべき状況なのだが、外に設けられた食事用のスペースには、昼時とあってかなりの人がいた。
白の制服そのままは論外として、マントを着けていけば、少なからず視線はあれど耐えられない程では無かったのだろうが、着けながらでは単純に食べにくい。
座った椅子に帽子と問題のマントを掛け、美味くもない唐揚げを食べている間、馬鹿共は午前中の事を言い合っていた。
勝手に耳が拾ってしまったが、どうやらレグとワッフルは午前中、配送先を間違えた荷物を本来の宛て先に運ぶのを手伝っていたらしい。
もはや、見回りの仕事というよりは学院祭の雑用係ではないのか。
レグ達の話が終わり、始まったクーシルの迷子の話は、俺のマントの話や担任がパン屋を手伝っていた話を巻き込んで広がっていく。
「6歳だよ?生まれてまだ6年ってえぐくない?」
「俺らが11とか2ん時に生まれたんだもんな。やばいなそれ…」
「まだみんな十代でしょ。そんななんか言うことでもないと思うけどな」
買ってきた紙コップの飲み物をあおったクーシルが、もぐもぐとフライドポテトを食べていた俺の隣の席のワッフルを見る。
「てかそうだ。ワッフル、後でルーロちゃん用に写真撮っとかない?」
「あ、そうですね!」
知りもしない名前が出た話に逸れたのを見て、引き続き無視して食事を進めようとしたが、ワッフルが俺に嬉々とした顔で声を掛けてきた。
「ランケさん、覚えてますか?ランケさんがネカスに来て、最初の実地訓練の時のお人形の子」
「…」
「あの子、ルーロちゃんって言うんですけど、今わたし、文通してるんです!あったこと色々書いてて…」
「……」
楽しげな色で染まる眼鏡の奥のワッフルの瞳が、徐々に俺に向けての疑念でその色を変えていく。
「…なんでずっと無言なんですか」
「お前が何をしていようと興味が無い」
「お人形の子のこと、覚えてますよね?」
「………覚えている」
言い返すとワッフルが椅子に座ったまま、スカートが出した膝を俺に見せるよう身体の向きを変えて、ぴんと人差し指を立てた。
「では、ここで問題です!あの時、わたしが見つけたお人形はなんの動物でしたかっ!」
俺が答えるまでの間、ワッフルは立てた人差し指で自分の眼鏡をくいくいと何度も持ち上げる。
それにうっとおしさを感じながら軽く記憶を振り返り、然るべき答えを宣言する。
「…………ウマ」
「クマですっ!覚えてないじゃないですか!」
「掠りはしてたな、一文字」
余計な外野の言葉を流しながら、責めるようなワッフルの眼差しに対抗する。
「人形のを外したからそれを持っていた人間も覚えていないというのは、あまりに短絡的が過ぎるだろう」
「この調子だと怪しいけどね…顔とか絶対忘れてるって」
「興味が無い事を忘れて何が悪い」
「認めた!…そう言えばまえ言ってたね、余計な事にはーって。アレまじだったんだ…」
俺に対して来る、大体いつも似たような呆れ色の視線を弾きながら食事を進めていく。
程々胃が十分だと感じた所で手を止め「ごちそうさま」と小さく呟いてから、自分が食べ終えた分を纏めて周囲のゴミ箱を探す。
「ゴミ箱なら外あったよ。すぐ近くのあの、ジュース買ったお店のとこ」
俺の行動の目的に気付いた担任が、ゴミ箱の場所を伝えてくる。
捨てに行こうと帽子だけ取って立ち上がると、レグが俺の席を顎で指した。
「マントいらねーの?」
「近くならいい。手間だ」
「ごちそうさまでした。あっランケさん、わたしも行きます!…だっっ!いたいっ!」
「もー、慌てないの」
俺に付いて自分のゴミを捨てに行こうとしたワッフルだったが、立ち上がって寄ってくるまでに、テーブルの脚に膝を打って体勢を崩す。
手に持っていたゴミは散らばらなかったが、涙目でうぅ…と自分の膝を撫でる。
今の内にとテントから外に出た。
こちらを覗いてくる目を端々に感じながら、自分に少しの間だと耐えさせてゴミ箱を探す。
担任の言っていた店の脇には、前々問題になった学院祭中のゴミ対策に設置されたゴミ箱があり、そこに持ってきたのを纏めて投げ捨てる。
「あ。やぁ、灼熱」
さっさとテントに戻ろうと思ったその時、聞くだけで苛立ちを呼ぶ声が、加えて苛立つ名前を呼んできた。
「シルバレード…」
見てくれの良さが勝手に招いてくる周囲の小さなざわめきを背中に、陽の光で輝く銀の髪、そして泣きぼくろを片側に添えた目が、俺の憎むような眼差しとは反対に作り物染みた形で笑む。
「一人でわざわざなんの用だ」
傍に付けている執事が今日は見当たらない。
学院祭を回る時は邪魔になるからと、どこかしらに置いてきたのだろうか。
「偶然とは思わないんだね」
「貴様と巡り合わせがあるなど嫌だからな」
シルバレードは「僕もだよ」とくすっと笑った後、細い指を折り曲げて提げていた箱を、自分の白の制服の胸の前まで持ち上げた。
「差し入れ、持ってきたんだ。学院祭の見回りしてるんだって?」
前にこの女に付き合わされて行う事になった実地訓練の最後、お礼と言って出された菓子の店である『マクリーナム』の文字が、あの時と同じ金色で箱に刻まれていた。王都の二号店で買ってきたのだろう。
「…それだけの為にか?」
「あぁ。君も嫌がるし、クー達だって喜んでくれる。十分な理由だろう?」
「あれっ!?シルバレードさんっ!」
ワッフルの声が耳に届く。
痛みはもう引いたのだろう、ゴミを持ってこちらまで大急ぎで駆けてくる。
「久しぶりだね、ワッフル」
声を聞いて本物だと確信でもしたのか、煌々と輝いた目で銀色の髪と俺の金色の髪を交互に見てくる。
「ラ、ランケさん!ど、どうしたんですか!?どうしてシルバレードさんがっ!?」
「どうしてかな?」
「自分で言え」
遊んでいるのか、俺に説明を言うよう勧めてくるシルバレードを睨むと、シルバレードの銀の瞳はワッフルを写す。
「実地訓練やってるって聞いて。ケーキ、どうかなって思って持ってきたんだ」
シルバレードはそう言って、またケーキの箱を胸の前にまで持ち上げる。
見たことのある金色の文字に、ワッフルの口が喉の奥まで見えそうなほど間抜けに開いた。
「マクリーのですか…!?い、いいんですか!?また食べちゃっても!?」
ケーキに哀れなまでに食いついたワッフルに、シルバレードも誘うようにふふっと小さく口元を緩める。
「うん、いいんじゃない?」
「行きましょう!こっちです!」
「お前は、一つのことしか頭に入れておけないんだな」
来た方向に素早く靴の先を向け、テントに案内しようとするワッフルだが、その手には捨て忘れたゴミ。持ち帰るつもりなのか。
「あ…ゴミ!ちょっと待っててください!」
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テントに戻ってくると、入り口になった幕の間から担任の声が聞こえてきた。
「ふははははー!…なんて。ど、どう?」
俺が椅子に残していったマントを勝手に着込んだ担任が、ひつじみたいな髪の毛とマントを共にふわりと靡かせて、調子に乗った高笑いを上げていた。
一頻り終えると照れくさそうにマントを抱き、目の前の二人に感想を求める。
「かっけー!」
「かわいー!」
「はははー!…はっ!?」
二人におだてられて更に調子に乗る担任だったが、俺達の事が視界の端に写ったのだろう、びくりと身体を跳ねさせこちらを見ると、みるみる顔を赤くしていく。
「シ、シルバレードさん…!?」
「あれー!シルバレードじゃん!え、なんで!?来てくれたの!?」
クーシルが椅子からがたりと立ち上がり、急いでシルバレードまで距離を詰める。
「随分楽しそうだね」
「…騒々しいと言うんだ、これは」
シルバレードがケーキを差し入れに来たのだと言うと、テントの隅の方に置かれていた椅子を一つ、クーシルがばたばたと持ってきて、テーブルを取り囲む席は六つになった。
それぞれ目の前にはケーキが紙皿を下にして並び、クーシルとワッフルが揃って一番に食べると、それきり恍惚の表情に染まる。
「うまぁ…!やっぱちょー美味しい…!」
「はー…甘いです…」
「…んな」
遅れて食べたレグも、ため息のように感想を漏らす。
真に美味しいものに適した言葉を未だ知らないのだろう、感想を言う馬鹿共の口は、適当な言葉の羅列で済ませてしまうのを恐れるかのように少なくしか動いていない。
この場に居座ったシルバレードはそんな馬鹿共を見て安心でもしたかのような吐息を机の縁の辺りに向けてふっとこぼすと、用意していた自分の分のケーキにフォークを下ろす。
…こいつらを餌付けなどして、こいつになんの得があるのだろうか。
「そうだね…美味しいね…」
「お前はいつまで人のを着てるつもりだ」
まだ一口も食べていないというのに感想を呟く担任の肩には、尚もマントが下がっている。
痴態を、主にシルバレードに見られた事への恥ずかしさでいたたまれなくしながらも、担任はマントを脱ぎ、四隅を綺麗に揃えて畳んでから俺に返してくる。
担任と俺とのやり取りに、特に感動もなさげにケーキを食べていたシルバレードが首を興味で斜めにする。
「それ、なに?」
「それね…ん、ちょと待って」
ケーキを食べたばかりで口を抑えながらも喋ろうとするクーシルだったが、マナー違反だと思ったらしく言うのをすぐに止め、ごくりと飲み込んでからまた喋り出す。
「それ、しゃくが自分で買ったの。ほら、制服白で目立つから」
「選んだのはお前だ。こんな物、俺は買うつもりなど無かった」
同じ白を身に纏ったシルバレードはあぁと事情を理解したようだったが、ここが俺に針を刺す隙だと判断したのだろう、途端に、にやりとしたわざとらしい笑みに表情を作り変える。
「だったら、蒼の着ればいいじゃないか。今の君にはとってもお似合いだと思うけど。あ、でも前髪は、前のばっさり切られてた方が僕としては見てて好きかな」
「だとしたらそれは貴様の審美眼の問題だ。ようやく自覚したか」
「んー?」
「あー?」
自分がどれくらいの傷を付けたかでも確かめるかのような下からの眼差しに、顎を上げ、シルバレードを見下ろす形で睨み付ける。
「すーぐケンカの空気じゃん…。それよりさシルバレード、今年の院祭ってコルファ何してるの?」
睨み合っていると、クーシルが知っても大して意味が無い質問で割り入ってくる。
シルバレードが先に俺から目を離したのを確認してから、俺もシルバレードから目を外し、ケーキにフォークを運んだ。
「今年は特にしてないよ」
「あ、そうなの?」
「やらないとか選択肢であんだなー」
「コルファはむしろ、そっちの方が多かったらしいよ。…そうそうミヤシロくんだけど、ラーコちゃんの手伝いしてるんだってさ、しゃく」
「俺は何も訊いていない。…しれっと呼び方を馬鹿と合わせるな」
反応を求めたつつくような流し目に、無関心な声音を返す。
だがそれでも、声音の底に滲んでしまった苛立ちで満足させてしまったのか、流し目がにやりと細められた。
…全員がケーキを食べ終えると、馬鹿共との雑談に耽っていたシルバレードがふと首を回して周囲を見回す。
それからどうしたの?と尋ねてきた担任に、あのと声を掛けた。
「今、時間って…」
「あ…えと、もうちょっとで1時だね」
「じゃあ、そろそろ行かないと」
自分の手首の腕時計を見て担任が時間を伝えると、シルバレードが席を引いて立ちあがる。
俺の心境と馬鹿共の心境は当然一致せず、悲しげな馬鹿共の視線はそんなシルバレードを引き止めようとする。
「えー、もう時間?」
「もうちょっと一緒にいたいです…」
「コルファで何もしないって言っても、完全に自由ってわけじゃないんだ」
学院祭には来賓の人間がかなり来る。
王国の中枢の部分の人間も視察で来れば、寄付金を出している貴族が来る場合もある。
学院生として在籍しているのであれば、挨拶周りは責務である。
引き止める馬鹿共に小さな笑みを送ってから、じゃあねと言ってシルバレードが出ていく。
馬鹿共はそれを、テントから道に顔を出してまで執拗に見送る。
俺としては、去るあいつの銀の髪一本として見たくない。
顔を出入り口とは真反対の位置の、真っ白なテントの幕に向けた。




