第四話
第四話です
誤字・脱字があったら申し訳ありません
王都から南西の海の傍に生まれた、王都にも引けを取らない程の賑わいを見せる、港湾都市ワクレール。
ここが、父が領主を担う土地。
駅に止まった電行車から降り、メイドを引き連れ構内から出て、海の香りを浴びに行く。
蒼の海面に浮かんだ、大量の貨物を乗せた電行船。行き先は、昔から親しくしているライドラ侯爵家辺りだろうか。
と、そんな推理は無意味だと言うように、黒塗りの箱を連れた馬が目の前で止まった。
これもまた、父が用意した迎え。
久しぶりの街、変わったところの散策も興味あったが、それは現実逃避の一種だったのかもしれない。
諦めて、馬車に乗り込んだ。
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冠の装飾の様に、三階層の屋敷の頭に付けられた天使がテーマの石像。
我が家の玄関の前で、馬車は止まった。
ワクレールの街からは、程々外れた場所。
海風の香りもここまで来ると薄く、ほとんどただの背中を押す風になっていた。
執事やメイドの出迎えを受けながら、家の中へと入っていく。
帽子も、そろそろ外しておかねば。
前に帰った時と中の景色は変わらず、帽子を脱げば、大きな電結晶のシャンデリアが煌々と天井で輝いているのが瞳に描かれる。
と、二階の方。
それも俺と妹の部屋がある方向から、メイドが忙しげに反対の方へととたとた駆けていく。
そう言えば、出迎えのメイドと執事の人数が今までより少なかったような。疑問に足が囚われる。
立ち止まっていると一階の右手の奥から、俺が生まれる前からこの家に雇われていた、歳の割に背筋が綺麗に伸びた白髪の老執事が靴音静かに歩いてきた。
「お帰りなさいませ、ランケ様。グランドル様が奥の部屋でお呼びです」
他の執事やメイドよりも、折り目の正しい一礼。
「なにやら騒がしいようだが?」
「それについては、グランドル様から。レトリー、お荷物をランケ様に。あなたは二階の手伝いに回ってください」
「え、あっ…わ、分かりました」
執事に言われ、学院から持ってきた荷物がメイドから戸惑ったような表情で渡される。
これが一介の執事の発言であれば何故そんな事をと理由を問い詰めたが、この執事は昔から長く父の側に仕えている人間。
その発言は、父の意と取っても過言ではない。しかし、そうだとしても父は一体、何を考えて…?
今回の失態と二階の忙しなさ、その繋がりを結びつけることが出来ない。
「それでは、私はこれで」
手が空いたメイドは、いまいち事態を把握していなさそうな顔で俺から離れ、言われた通りに二階への階段を上がっていく。横目でそれを数秒見てから、視線を前に戻した。
「では、行きましょう」
そう言って歩き出した執事の後を付いていく。
自分の荷物なぞろくに持ったことがないが、学院から持ってきたのは精々、家にはない気を抜いた衣服程度。
士官科の訓練もやるコルファに席を置く身からすれば、まぁ、それほどの重さではない。
広い屋敷を執事を斜め前に進んでいると、遠くに一人の影が見えた。
足が丸々隠れる、長いスカート。
しかしそれはメイドの服ではなく、それよりも数段立派で可愛らしい、フリルのあしらわれたピンクのドレス。
幼さのある顔に垂れる透き通った金の髪は、実に俺とよく似ていた。
「お兄様…」
「数ヶ月ぶりだな、ミア」
久しぶりの姿に、こんな状況ではあるがほとんど勝手に兄の顔になる。
社交界デビューもまだな、俺から歳を6つ離した妹。
てっきりミアもいつもみたく晴れやかな、妹の顔で出迎えてくれるかと思っていたが、表情を染めたのは不安のような暗い色。
咲き誇った花のように鮮やかなピンクの瞳には、暗い影が差し込まれていた。
「どうした?そんな顔をして」
問うが、妹は金の髪を横にひらひらと揺らした。
「…いいえ。それよりもお兄様?髪型、お変えになったんですわね?あ、もしかして…」
やはり、妹にも話はいっていたか…。
不安の色が顔にあったのも、それで心配させてしまったからかもしれない。
「い、いや違うぞ?これは…まぁ…その、新しい学年が始まったからな、気分転換だ」
切られた髪を隠そうと、自分の手が額に伸びる。
そんな俺を見て、ミアはくすと笑った。
「そうでしたか。ふふ、もう少しきちんと整えた方が、お兄様にはお似合いになりますわよ?」
「そ、そうか。あぁ、後で直しとく」
「えぇ。あ…わたくし、行きますわね」
ミアの視線の先が俺の後ろへと移る。
気になって追いかけてみれば、俺とミア両方とお揃いの色の髪を持つ母が、そこに静かに立っていた。
こちらの話に混ざるつもりはないのか、遠巻きからミアの事を見つめている。
「あぁ、また後で話そう」
「…えぇ、そう…ですわね。また絶対にお話しましょう、お兄様」
ミアは練習中の淑やかさ半分、年相応の無邪気さ半分の足運びで母の元へと向かっていく。
去り際に送られた笑顔。
またすぐに会えるというのに、それはまるで、長い別れでも悲しむような物に見えた気がした。
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父の執務室の前。
執事が三回、こつこつと扉を手の背で叩く。
「入れ」
その声を聞いてから、執事はぎぃと重い音を立てて扉を開ける。
「お連れしました」
「…失礼します」
執務室の奥、そこに構えられた椅子に父は座っていた。
俺が部屋のおおよそ真ん中にまで歩いた所で、冷たい表情の父は執事に目を向ける。
「お前は出ていけ」
「承知しました」
執事の絨毯を踏み締める靴の音が遠ざかっていき、扉の音と共にそれは完全に消える。
厳かな空気が、胸を締め付けた。
仕事の為にと座る父の椅子が、王の腰掛ける玉座の様にすら見える。それ程までに、空気は鋭く張り詰めていた。
「学院から事の顛末は聞いた。編入生に決闘を挑み、無様に負けたらしいな」
「い、いえ、それは………はい」
認めたくない事実。
しかし、父の前では認めなければならない。
「モノセの恥だな」
「…返す言葉がありません」
「聞くが、お前が負けた相手、本当に5つの魔力を持っていたのか?」
学院からの連絡で、同時に渡ったのだろうか。コルファに入るのであれば、級長の父にもミヤシロの力について話が行っていても不思議はない。
「…はい。自分が見たのは2つだけでしたが、確かにそうであってもおかしくない、尋常で無い物を感じました」
すると父は顔をわずかに伏せ、何か、考えるような間を流す。
が、それもそう長くはなかった。
「…その決闘中、電気を止める道具を使ったらしいが」
「そ、それは…。…あ、あいつが、商人の息子が使えと…!」
が、父は「あり得ん嘘だな」とすぐに見抜いて、重苦しいため息をこぼす。
「あれを学院で見せびらかすとは…余計なことをしてくれたものだ…」
「…申し訳、ありません」
深く、身体を半分に折って頭を下げる。
だがそれでも、父の声から怒りは取り除かれなかった。
「謝って済む話ではない」
「かっ、必ず、あの男を倒してみせます!」
言葉を強く発しようとして、足が勝手に一歩、前に進む。
父は、冷静に俺を見据えていた。
「一撃として与えられなかった人間がか?大層な夢だな」
「……」
「ここまで育ててやったというのに…」
ぎしと、父の椅子が鳴った。
「お前がここに来るまでに一度、家族で話をした。お前のようなモノセの泥、この家に置いて果たして意味があるのか、とな?」
「ど、どういう事…でしょうか?」
嫌な予感は、父が言う前に胸を突いていた。
「今日で、お前との縁を切る。お前はもう、この家の人間ではない」
「なっ…!そ、それは…!?と、取り返します!必ず!だ、だからっ……!」
廃嫡の宣言。
いやもしかしたらそれ以上の事に、続けて言葉を出さなければ、声の存在を忘れてしまいそうになっていた。
「既に決めたことだ、覆す気は無い。今、メイド達に部屋を片付けさせている。学院の方の部屋もそろそろだろう」
表情を冷たいままから一切変えることなく、父は俺から目を逸らし、執事の名前を呼ぶ。後ろで、扉が開く音がした。
「どっ、どうかっ!お願いします!必ず取り返します!」
あり得ない…こんな事…。
恥なんて、どうでも良かった。
絨毯に額を押し付け土下座までしたが、父はそんな懇願する俺を見ている気配すらなく、執事に淡々とした口調で命令を送る。
「こいつを外に。メイド達にも以降関わりは持つなと伝えておけ」
「…承知しました。ランケ様…お立ちを」
「っ…邪魔だっ!」
執事が肩に添えてきた手を振り払い、バンッと父の机に叩くように手を置く。
衝撃で、書類や黒のペン立て、机にある物の一部ががたがたと散らばり、もしくは机の奥へと落ちていく。
「父上っ!どうか…どうかっ…!」
「…醜い顔だ」
父と呼ばれることを、心の底から嫌ったような軽蔑の眼差し。
何かが崩れ落ちるような音がした。